4月2日③/国内情勢について少し

 夕暮れの風を冷たく感じる頃、俺とリリアさんは家に戻った。

 なんと夕食は先生の手料理だった。筋がいいんだとか褒められてヘラヘラしている。

 美人のくせに表情筋の使い方がちょっとおかしい。もしかしたら相手のガードを下げさせる手法なのかもしれないけれど。


 俺とリリアさんの距離は少し縮んでいた。ぐっと仲良くなったという感じじゃない。そこまでじゃない。ただ、秘密を共有しているような不思議な一体感があった。


 借りている家に戻ると、先生は俺をしばらく眺めて、何かメモをつけやがった。

「なんですか」と聞くと、「なんでもない」と返ってきた。腹がたつ。

 そんなことより、とにかく聞きたいことが山ほどある。


「『黄金王』は本当に『世界』を良くしようとしているんですか?」

「ふむ。〝良い〟とは何か……。難しい問題だ」


 今はそんな禅問答みたいなことしたいわけじゃない。


「僕……王様に会えますか?」


 先生はペンを口元にやって、考え込んだ。


「たぶん、会える」

「え、そうなんですか」

「私が会うのに着いてくればいい。それだけだ」

「ああ、そうですね」

「ただし」と、先生は真面目な顔をした「お前が遠い場所の人間だと、知られていいかは判断つかん」


 息を呑んだ。

 死が頭の片隅をよぎる。


「彼とどんな話をした」


 誤解のないよう、この世界の三人称に性差がない。彼とは、リリアさんのことだ。


「僕、約束したんです。この村を攻め込まないと王様に、誓わせるって」


 先生の爆笑は蜥蜴岩村まで届いたかもしれない。


「ひどいです」

「す、すまん。かわいくて」

「なんでそんなこと……」

「泣くな。悪かった」

「怒ってるんです」


 俺は悔しくて涙が出そうだった。まじで。


「攻めるつもりはない。それは本当だ。あの方は戦いが嫌いなんだ。だが平和だけではうまくいかんとわかって、それはそれで難儀している」

「平和いいじゃないですか。平和『サイコー』」

「『サイコー』ね」

「なんですか」


 この人本当にちょいちょい腹立つ。


「どうにも争いたがる者もいるということだ。全員が一斉に戦いをやめ、この村のように生きられればなあ……」

「確かにここの暮らしを全員には……ちょっと無理かも」

「『二手の国』は強欲だ。商船をいくつも持って、海向こうの大陸にも商売をしに行っている」


 他の大陸もあるんかい。


「その隣、『三鋤の国』は勤勉勤労だが素朴すぎるので、ほとんど『二手』の隷属となっている。『三鋤』が作り『二手』が奪う。王が変わればと思ったが……土地がそうさせているのか変化なしだ」

「『七ツ森』の人々はどうなんです?」

「ここの連中は気ままだ。なにしろ森が深すぎて王も国民を把握しきっていない。もしかしたら考えてるよりずっとたくさんの人が暮らしているかもしれん。地の精霊も活発だしな。他と比べてダントツにいい場所だよ」

「精霊?」

「土の人々だ。お前を気に入ってるようだ。これからも仲良くやりなさい」

「は、い…?」


 この話はまた聞くことにしよう。


「黄金王は、どれくらい前に統治を始めたんですか?」

「実は、正確にはわからん」


 なんでも知ってんじゃないのかよ。という心の悪態が聞こえたか、先生はジト目でこっちを伺ってきた。


「彼の噂が我々『知識の塔』の魔導士まで届いたのは、十年前の『七ツ森満月』の頃だった」


 それってもしかして、ひと月ごとに満月の位置が変わるってことか?

 一年が十ヶ月なのかな。


「『知識の塔』は国には属さず、『霧』の上を常に浮遊している」


 あー、それも聞きたかったことです。


「我々は過去の知識を学んでいるが、新しい噂には疎いところがある。地上が酷く揉め始めてからは着陸も困難になり、魔導師の中には地上を捨てた者もいた。それがあるとき、『一岩の国』の岩山で、我々を呼ぶ者がいた」

「それが」

「吟遊詩人だ」

「スカすなあ……」


 俺はベッドに倒れた。今日はとにかく疲れた。もう寝てしまおうか。


「詩人は大陸を歩き回り、すべての国を見ているんだ。素晴らしい情報源だ。我々に伝えたいことが山ほどあると叫ぶので、しかたがない塔に乗せてやると彼はさっそく歌い始めた。まずは『五度谷ごどだにの国』に現れた勇者の話だ」


 俺はうとうとし始めて、ちょっと夢現だった。


「勇者というのは例えだが、その男は、底に着くまでに五回死ぬと言われている谷を越えることに成功したというのだ。風の精霊を従えたんだ。おかげで『六夜』との間に橋を作り直すことができ、途絶えていた国交が回復した。それで『五度谷』の王も勇者を崇めた。もともと『六夜』で賞金稼ぎをしていた人間らしく、『六夜』の王が谷越えに賞金をかけていたことがきっかけだったとか……」

「『クエスト』みたいな……」

「クェーチョ?……まあいい。その後勇者は手に入れた大金を元に仲間を集め、争いの激化していた『八翼はちよくの国』と『九炎山くえんざんの国』の国境を目指したらしい。道中の物語ももちろんあったが、『七ツ森』で地の精霊を仲間にし、どちらの味方にもならず、どちらも抑えたという。大筋はそんなもんだ」

「スゲ〜」

「すげえ、だな。うむ。まさにスゲー、だ。『八翼』も『九炎山』も武力を重んじる。彼らが勇者に従ったのはわかる話だ。ここからは難しい。竜の長子だという誇り高き『一岩』、兄を支え他を統べるという伝説を信じる『二手』その下僕『三鋤』。『四荒河しこうが』の話はしたか? あそこが一番面倒かもしれない」



 頑張って思い出しているけれど、これ以上の記憶が辿れないので、また聞かなくてはならない。





 

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