第4話おまけ①【和樹の誕生】



剣導水 弐

おまけ①【和樹の誕生】








 「太一、また見に来たのか?」


 「はい」


 白衣を着た男が、バイタルチェックをしていると、太一が部屋に入ってきた。


 手には仔犬を抱いていて、太一の腕の中が気持ち良いのか、まったく起きる気配がない。


 「沢村さん」


 「んー?」


 沢村と呼ばれた男は、手にバインダーを持ち、何かを書き込んでいた。


 「これは、誰ですか?」


 「・・・誰、か」


 ふと、太一に質問されると、沢村は手を止めて、まだ動かす予定の無いその身体を眺める。


 「まだ名前決めてねぇな。太一決めるか?」


 「名前を、決める?」


 「ああ。なんでもいいぞ。けど一応男だからな。女の名前はつけるなよ?」


 ほらこれ、と言って、赤ちゃんに名前をつけるときに参考にするような本を、太一に手渡した。


 本を受け取った拍子に、片手が動いたためか、仔犬も起きてしまったが、あやせばまたすぐに寝てしまった。


 「そこに座ってゆっくり考えろ。俺ちょっと出るからな。すぐ戻ってくるから」


 「はい」


 ドアが閉まったことを確認すると、太一は沢村が出してくれた椅子に座る。


 仔犬を膝の上に置くと、両手で本を開く。


 「・・・・・・」


 言語に関しても、何冊もの辞書をインプットしているが、難しい。


 そもそも、自分の名前が太一であるのは、確か博士の真一の孫の名前だったからだ。


 この本を読んでいると、名前にも意味があるのだと、初めて知った。


 太一は、ちらっと横たわっている身体を見る。


 目は閉じているが、綺麗な黒髪は緑がかっていて、首には不思議なマークもついている。


 パラパラとめくっていると、何やら知っている漢字を見つけた。


 「和・・・」


 確か、真一は“和”という感じが好きだった。


 どうしてかと聞いたとき、産まれ育った国が、そのような雰囲気だったとか。


 十分くらいで、沢村が帰ってきた。


 「よう太一、決まったか?」


 「これにします」


 「どれどれ・・・ん?」


 太一の指の先を追うと、“和”という文字のみだった。


 「・・・太一、名前につかうなら、あと一文字なんかないか?」


 「これだけだとダメですか」


 「まあなんていうか、変だな」


 「そうですか・・・」


 うーん、と悩んでいると、沢村が、男が寝ている機械をいじりだした。


 「じゃあ、これにします」


 「んー?」


 あちこちいじりながらも、沢村は太一が子供のように指さす場所を見る。


 するとそこには、なぜか樹木の文字が。


 「樹木か・・・」


 「ダメですか?とても落ち着く場所です」


 「悪かねぇけど、じゃあ、和樹ってことにするか」


 「かずき?」


 沢村は紙とペンを持つと、紙にさらさらと文字を書いて太一に見せた。


 同時に、機械がぶぶぶ、と動き出すと、寝ていたその人物が目を開けた。


 「おはよう」


 沢村が声をかけるが、男は何も言わない。


 口元にあてていた透明のマスクを外して、身体についているチューブはそのままに、上半身だけを起こす。


 「こっちは太一だ。お前の名は和樹」


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」


 視線は太一に向いているのに、何も言わない和樹。


 沢村は和樹の胸のあたりを触ったり、目を見たり背中の確認をしている。


 「太一」


 ようやく声に出して発した言葉は、太一の名だった。


 「そ、太一。和樹の名付け親だからな。ちゃんと言う事聞くんだぞ」


 じーっと太一を見ていた和樹は、ゆっくりと首を縦に動かした。


 「よし。今日から第二段階に入るぞ。太一、和樹に研究所内を教えてやってくれ。終わったら三階の研究室Dに連れて来てくれ」


 「わかりました」


 沢村が去って行ったあと、太一は和樹を連れて色々見て回った。


 一階から順に、ここはどういう施設だとか、あれは何だとか、誰だとか。


 仔犬を抱かせてみると、とても興味深そうに観察していた。


 最後に沢村に言われた通り、研究室へと連れて行く。


 「ここです」


 中に入っていくと、そこでは沢村と、数十人の研究者たちが何か準備をしていた。


 「あ、ちょっとそこで待っててくれ」


 待っている間、二人して黙っていた。


 すると、和樹が太一に話かけてきた。


 「俺は、なんだ?」


 「・・・・・・それは、俺にもわかりません。けど」


 自分が動きだしたときにも感じていたもの。


 「きっと、必要とされているんです」


 「・・・必要?」


 「お待たせ。さ、和樹はこっち来て」


 和樹が連れていかれるのを、太一は見ているしかなかった。


 一度シャットダウンされた和樹は、それからなかなか目覚めなかった。








 「和樹、起きるんだ」


 ―誰だ?


 「君を自由にしてあげよう」


 ―自由?


 「さあ、目を覚まして」





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