最終話 ずっと、そばにいる。
藍家の謀反という、前代未聞の事件が起きた年越し。
結局、今年の正月も中止になって、縁起が悪いだのなんだの騒がれることになったが、有能な官吏たちがすぐに動いてくれて、朝廷はなんとか通常通りに運行された。
春めいてくると、ようやく身体も回復してくる。
そして今。
「いやあ、死ぬかと思ったわ」
「死ななくてよかったね、お互い」
毒は塗られていたものの、すぐに毒抜きをされたため、大事には至らなかった。ただ、
『もしかしたら、もう、子どもが生まれないかも……って』
それでもあなたの妻でいていいかしら、と尋ねる前に、僕は彼女を抱きしめた。
「ところで、会いに行ったんだろ? 念願の
どうだった? と僕が尋ねると、
■
その人は、布を被って、私と会ってくれた。
『申し訳ございません。人と会う時は、これが一番落ち着いて』
そう言った彼は、しゃがれた声をしていて、とてもおば様と同じぐらいの歳の人とは思えなかった。
だけど、とても懐かしい声だとも思った。
『どうして、何も出来ない私を助けてくれたの?』
私は、ずっと聞きたかったことを聞いてみた。
この人は、私に皇帝になることを望んで助けたのか。ずっと知りたかった。
けれど、彼から出てきた言葉は、『最初に助けてくれたのは、あなたですよ』という、予想外の言葉だった。
『私は、与えられていた仕事に悩んでおりました。明らかに罪の無い者、罪は犯しても罰が見合わないものを、同僚たちがいたぶる姿。しかし、私には何も出来なかった。
私は我が身可愛さでこの人たちを見捨てていると、ずっと苛まれておりました』
きっとこの病も私への罰でしょうな、と彼は言う。私はすぐに否定した。
『違う。病気は病気だわ。かかる時はかかるの』
その言葉に、
『そんな時です。あなたを牢獄で見つけたのは。
その時はあまりに哀れで、自分でも思わぬ行動に出ました。私は女囚に、乳を与えるよう頼みました』
時間があれば、あなたの様子を見に行って。
時にはおしめも変えて、てんやわんやだったのですが。
そのうち、あなたは私を見る度に、追いかけて微笑んでくれた、と。
『私は、あなたに救われました。陛下。あなたが、私に愛を与えてくれたのです。
出来ることなら、あなたとともに過ごしたかった。あなたの成長を見届けたかった。あなたが嫁がれる姿を見たかった。
……長い間、あなたを暗く、恐ろしいところに置いて言ってしまった。謝罪など、できるはずもございません』
そこまで言って、彼は顔を上げる。
『陛下? 如何されましたか?』
私がなぜ泣いていたかわからなかったのだろう。布越しからでも、その動揺ぶりが伝わった。
私はなんでもないの、と涙をぬぐって、彼にこう頼んだ。
『ねえ。……あなたの顔、見たいわ』
『……それは』
躊躇った様子だが、どうぞ、と彼は言ってくれた。
私はゆっくりと、布を上げる。
彼の目はひとつ取れていて、まるでくしゃりとつまんだ布のような皮膚をしていた。口元は山のように盛り上がっている。
そして――隠しきれない魂と善性の輝きが、そこにあった。
『お久しぶり、
ここにあった。
私の魂は、与えられていた無償の愛は、ここにあった。
これから私は、誰かを愛していける。
ようやく私は、欠けていたものを取り戻せたのだと、思った。
■
「これからも、
そう微笑む
それを察知したのか、
「……なんだよ」
「愛してるわ」
「なんなんだよ恥ずかしいな!」
あれ以来、しょっちゅう
「あ、そうそう。
無くなってたわ、と美雨が言った。
「え、じゃあ悪疾はかかってない?」
「じゃない?」
わからないけど、と
■
ようやく大団円か、と
西から来た不死鳥は、この国を訪れた途端、『鳳凰』と祀られて以来、皇帝の誕生を見守ることになった。今回も、その役は果たせただろう。
夫が毒で死にかけたり、妻が悪疾にかかっていたりと、治療するのに忙しくはあったが。
『お幸せに。中々楽しい日々でしたよ』
see you again.そう呟いて、瑞鳥は虹のような翼を広げて、夏の空を飛んでいった。
■
誰かの声がしたが、振り向いても空だけが広がっていた。気のせいか。
「ねえ、
「前も言っただろ。――ずっとそばにいるよ」
そうして、彼女は嬉しそうに笑うのだった。
僕の妻はその後、素晴らしい政治手腕を称えられ、後の人々に『賢帝』という諡を送られるが。
それは、今を生きる僕たちにとっては、関係の無い話だ。
皇帝になった僕の妻。ー黄河国賢帝遊戯伝ー 肥前ロンズ @misora2222
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