第十八話 君が泣いている。

 そうですか、と藍大将軍は言った。

 表情は歪んではいないが、顔色が悪そうだ。よく見ると、胸あたりを掴んでいる。心臓が悪いのかもしれない、と思った。藍大将軍のお年を考えれば、当然だ。


「医者を呼びましょうか」

「いや、結構。少々、夜風を浴びて参ります」


 そう言って、少し均衡を崩しながらも、しっかりとした足取りで歩いていく。

 その間際、彼はこう言った。

「崔どの。……きっとこれから、陛下には数々の困難が待ち受けていると思いますが」

 振り向くことは無かったけれど、確かに彼は頭を下げた。

「どうか陛下をよろしくお願いします」








 ……なんだろう。認められた、ってことなのかな。

 藍大将軍に対して、自分はどんな感情を抱いていたか、わからなくなる。あまりの不条理に怒りを感じることも、能吏として尊敬していた部分もある。

 そのごちゃごちゃとした感情に、何となく頬が熱くなって、隠すようにまた盃に口をつける。


 その途端。

 ぐらり、と視界が傾いた。


 人の笑い声や音楽が止まったかのように、静かになる。

 なんだろうこれ。代わりにやたらと、脈がバクバク聞こえる。舌も痺れてきた。

 誰かの声が聞こえる。聴こえているのに、何を言っているのか聞き取れない。あれ? 僕、どんなに早口でも、全部記せる自信があったんだけどな。


 なんでだろう。

 美雨メイユーが、泣いている気がする。

 どうしたんだろう。泣いて欲しくないんだけどな。手を伸ばしたいんだけど、全然動かないや。


 なんか、

 くるし、い。



 ■


 ツァイハオ。字は秀明シュゥミン

 二十一歳を迎えた正月に、死去。諡は哀侯。

 

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