第十七話 三年目の治世
正月になった。
春節の
元々この地域は内陸のため、米よりも小麦を育てることの方が多かった。今では大河の工事も進み、米の産地である東部地方から運ばれてきているが、それでもこの地域にとって餃子は特別な料理だ。
蒸籠の中に、赤、緑、橙、白、桃色など、色鮮やかな餃子たちが詰められている。花の形を模したもの、魚を模したもの、鶏を模したもの、皮が透明なもの……見た目も美しい。餡も海老や豚など、様々なものが入っている。
「これは、鳳凰を模したものでございます」
食事係が言う通り、目の前には翼を広げた色鮮やかな鶏の絵が、皿を彩っていた。羽の一枚一枚を餃子で表しており、圧巻だ。
鳳凰。
でもこれ、なんか、とっても何かに似ている気が……。
「
毒味係の宦官に声をかけられた。目の前で飲み干すのを確かめてから、僕は盃を差し出す。
盃に椒酒が注がれる。
山椒の実と柏の葉をつけた椒酒を飲むと、その一年病気にならない。
「よくお飲みになりますな」
藍大将軍が声を掛けてきた。
「亡き母の血でしょうか。酒には強いようで」
僕の母は北胡より北方にある異国の民で、その人々は寒さに耐えるために強い酒を飲むらしい。昔、先輩にいびり目的で酒を飲まされたが、逆に先輩が飲み潰れたことがある。
「羨ましいですな、昔は私は酒が飲めなくて、よく無理に注がれておりましたから」
藍大将軍にも、そんな時期があったんだな。その後その恐れ知らずな人たちはどうなったんだろう。
「……今上陛下は、素晴らしい方を伴侶に持ちましたな」
突然の言葉に、僕は目を丸くした。けれど藍大将軍の目は、僕に向けられることなく、皆に
人が遠い、と言っていた
「孝武帝の最初の后は、従妹にあたる西皇后でした。孝武帝は確かに彼女を敬愛しておりました。しかし、十数年もの間、西皇后には子が生まれなかった」
孝武帝は彼女を諦めるしかありませんでした、と藍大将軍は言った。
「西皇后を引き離されたのは孝武帝の母君――皇太后です。後に陛下の高祖母にあたる蔡皇后が入内されました。西皇后は妬み、蔡皇后を呪い殺そうとして処刑されました」
ふう、とため息をついて、藍大将軍は言った。「男とは違い、女は恐ろしいものですね。感情に振り回され、嫉妬ゆえに呪い殺すとは」
「そうでしょうか」僕は思わず反論した。
僕は李太皇太后の、いや、李皇后を見る。傍には、
僕よりも
けれども彼女が、子がおらず、されど女官たちとも世界を共有することが出来ず、苦しんでいたことを知っている。
「愛は、本能ではありません。
僕の言葉に、藍大将軍は目を丸くした。
――じゃなきゃ、
「どんなに大切に思っていても、死の恐怖に晒された時、人は愛情を捨てることがあります。
西皇后は、自分の地位を脅かされたと、追い詰められたのではないでしょうか。それは決して、女は感情的だとか、嫉妬深いという言葉で片付けてはいけないと、思います。彼女をそうさせない
愛情に背く行為は決して、自然の摂理に反していることでは無いのだ。危機的状況に陥った時、猫も犬も、子を捨てて去ることがある。
だから西皇后がどれほど残酷なことをしていても、そこまで彼女を思い詰めたものがあるのだと、李皇后を見て思わざるを得ない。そうなる前に、誰かが助けてあげるべきだった。
「……ご自分はそうでは無いと?」
「私たちは、元は庶民同士。幼なじみの結婚ですから」
それに、二人の間にそういう関係がないのは知ってるし。
李皇后にとって
「彼女を嫌いになれば、私は宮廷を去るでしょう。そうでなければ、そばにいるでしょう。
元々、私には失う権力もありませんし」
父は罪人として宮刑を受け、養母の家はなくなった。
元々は下級役人をやっていた、農作も満足にできないしがない男だ。禄は少ないし、背も低いし、肌は不健康に白く、身体も細く、目元は隈ができている。
――それが好きだと、彼女ははにかんで言ったのだ。
「私たちは、お互いの意思があればいいと思っています」
本当にそれだけでいいんだ。
そばにいる理由なんて、それだけがいいんだ。
だから奪うな。権力も地位もいらない。仕事がなくても、後宮の女官たちより立場がなくてもいい。誰から無視されるような存在で構わないから、僕から、
……なんて夢物語なことを本気で思っているから、本当に立場がないんだよなあ。命を狙われても黙ってるしかないなんて。
それでも、引き下がるつもりは毛頭ない。
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