第13話

 旧女帝エリザが亡くなり、遺体は六週間、ハヤンシジャクで女官と近衛隊の士官に守られ、安置される。それが終わると、都市の隣の町、ピョンドゥンで10日間、安置されるのが決まりである。その間、涙にくれる民衆が壮麗な霊柩台の前に列をなしていた。どれくらい壮麗かといえば、金と宝石と蝋燭がこれでもかと、囲んでいる。正直旧女帝は帝となってから即座に政治への関与を放棄し、浪費、乱暴、無能ぶりをいかんなく振る舞ってきたため国政が悲惨になった。ただ、民衆にとってはそんなことは関係なく、初代皇帝の実の娘である、というだけで偉大な君主なのだ。

 ただ、新皇帝イジュンはそういった考えを許さなかったのである。民衆の考えには軽蔑しかなく、エリザ様には憎悪しか抱いていない。そのうえ、エリザ様からは常に監視をされている状態でもあった。結局、長い間の拘束からやっと開放されたという冒涜的な満足感を隠そうとせず、突然あらゆる禁止を解かれていく。本来なら、旧皇帝が亡くなれば、その安置機関の間は、体現する国家が悲しみに沈んでいるとして、新皇帝は遺骸に付き添い続けなければならない。しかし、イジュンはこれを拒絶し、気まぐれで安置場所に来たと思えば柩に近づいて冗談を言い、渋面を作って僧侶をからかう。喪に伏す期間さえも無視して、晩餐会や観劇会を催す。慣例に従って、貴族、僧侶、軍隊、市民階級と職人団体の代表は新皇帝に忠誠を誓うものだから、当然意向に背かないためにも参加せざるをえない。しかも黒い服は一切禁止して、飲み、笑い、歌う。しかも、皇帝の隣にはエリスでなく、スンアがいるのである。

 「エリス、ここのバカと付き合わないほうがいいよ」

 私は忠告はするが、エリスの立場にとってそういう訳にはいかない。渋々イジュン陛下の催しに参加しつつもさっと用事があるからと言って抜け出す形にした。用事とは旦那に代わって、喪に服すことである。私は6週間と10日間、毎日欠かさずに足を運び、霊柩台の下に頭から爪先まで黒いベールに包まれて何時間も何時間も祈りと涙の時を過ごした。『ルールには従うことこそが、真の帝の第一歩だよね』と私は彼女を励ます。事実、旧女帝の愛でこんな辛い試練を受けたいとは思わない。一般市民、職人、農民、商人、兵士、司祭、乞食、ありとあらゆる階級の人々が混じり合った群衆が続々と列をなして亡くなった女帝にお別れしようと詰めかける。その時、自分が世間にどのようなイメージを与えるのか? きっと、冠も宝石も身に着けぬ新皇后が蝋燭と聖像に囲まれて悲嘆に暮れているように見える。そして、宗教的な飾りつけゆえにエリスこそ、真のキョウルナラ国を体現しているように見えるのである。

 埋葬の日。イジュンの侮辱的な態度は頂点に達し、柩の後ろでしかめっ面をするわ、喪服のマントの長い裾を高官に持たせて、静かに歩むはずの彼が、やおら駆け出して、彼らの手を逃れている。裾が後ろで風にはためくのを見て楽しんでいるのだ。老臣たちが彼に追いつくと今度は行列を乱すため同じところで足踏みをする。葬儀の最中に突然大声を出して笑うこと数回、舌を出して、僧侶が口をつぐむほど大声でしゃべりまくる。正直、皇后はめちゃくちゃ恥ずかしい思いをしてます!

 その上、イジュンの政治はとにかく混迷を極めることばかりだった。軍の度重なるデバブにもめげず、なんと勝利目前まで迫ったロジャ王国との戦争を停戦してしまい、果ては軍にはロジャ王国の軍服を着せる始末。これによって、せっかくの軍の努力は無駄となり、更には精神を侮辱されてしまったのである。そして、訓練も木の兵隊のごとく、一糸乱れぬものでなくてはならないとより厳重化してしまう。その割には本来なら近衛騎兵隊というエリート集団の最高責任は皇帝自らがなるのが習わしなのに関係ない別人にやらせている。挙げ句には、友好国、というよりは特に関係を持っても持たなくても意味のない国であるデイ国に宣戦布告をして、ロジャ王国との戦争で軍費がなく、軍に対する支払いも済んでいない。

 民衆も安心できる日がなくなる。礼砲の数を増やし、朝から晩まで打ち続けるようにしたのである。

 果ては禁忌といえる教会の全財産を没収し、全て皇帝のものとした。その上、進行の自由と平等を説いて異端者には寛容令を出す。

 軍、民衆、宗教、全てに反感を買う行いばかりを行うので皇帝に対する不満は次々に湧き上がる状態だ。ただ、私だけは彼の評価を違ってみていた。

 「義務教育、職業訓練、教師資格創設、国立銀行設立、輸出を促進するためにルーブルの切り下げ、貴族の土地保有独占の廃止、塩税の廃止、遠隔地のインフラ、対外貿易の自由化、教会財産の国有化、教会からの農民解放、宗教的自由、教会の腐敗や不祥事の取締、拷問の禁止、秘密警察の解散、貴族の奉仕義務廃止、政治的に迫害された人の恩赦、辺境地への追放の代わりに懲役、法律書計画命令、被告支援の司法改革、海外旅行と設立の自由、石造りの住居促進、防火対策強化、衛生、医療事業の推進・・・超短い期間でこれだけの正しい内容を決断できるのは割りと政治的才能があるよ。というかキョウルナラ国、どんだけひどい状態だったの今まで」

 あくまで「正しい」ことを判断するのが、私の存在意義である。ただエリスは冷たく、

 「でも、世論が乱れたら意味ないでしょ」

 とだけ一言で反論を済ませてしまった。ま、それもそうか。

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 私は現在、宮殿の一番端の部屋にて、半ば幽閉状態で過ごしている。皇帝の隣にはスンアがいる状態である。ダーコは「エリザ様が亡くなり、あのクソ男が帝になった。なぜ、その瞬間にお姉さまは反旗を翻さないのです」とヒステリックに吠える。いや、まだ機械人形兵が充分じゃないから。ダーコにはまだ、時は来ていないのよ、と慰めつつ女中としてできる限りで情報を手に入れるようにお願いしている。ソアには各所に仕込んだ監視カメラや盗聴器のAIに忍びながら、政治状況を含めて、色々と情報をもらう。クーデターに協力してくれる者の伝達係はソジュンにお願いしている。

 女中の情報はまあひどいもので、スンアの家系の一族の女性が一斉に昇進していて、他が降格を受けたり、クビになったりしているとのこと。ダーコは立場上、スンアの妹なので出世したのである。ただ、結局女中トップしかわからないことがあるのと、スンアの家系が「仕事を放棄」してしまっているので結局元々勤めていた人たちが降格されながら頑張ってる始末である。

 ソアからは私の誕生日をもって、皇后の勲章をスンアに差し出すように命じるのではないか、という情報を受け取った。ソジュンにお願いして、準備の状況を聞き出した。ソジュンの方は、「軍人たちはいつでも対応できる」とのこと。つまり軍隊の買収は完了したのである。対して、遠方のソユルからの報告は「このまま行く場合だと、人形は半分程度しか動かせない、かな。宇宙計画の方針は完了しているよ」とのこと。ソアは『コピーAIを、艦を含めた全武器に仕込むのは完了しているわ。また、インフラ整備の促進は今の皇帝が命じたおかげでよりスピードアップし、あちらこちらにコピーAIがあるから、外の状況は丸裸だよ』とのこと。最悪、武器の制圧だけはできるし、戦場は思いのままというわけか。ついでソアは、『連隊はスンア家系側だけしか残ってないわけだし。そうなれば1連隊よくて2連隊。そもそも完全無血を前提にしなければ絶対に勝てるよ』、と戦況分析を行った。作戦についても移動距離や規模、そして何より起こりうるタイミングが定まっていないのでパターンが掴めない。そのため、毎日、今日起こすとなるとこの行動になる、というのを朝、昼、晩にかけて報告するようにしてもらって、いつでもクーデターが起こせるように準備を整えてもらった。

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