第4話

 宮殿に滞在して、結婚適齢期になった時、私はイジュンとの結婚式典が祝われた。ソアは結婚しないで、そもそも宮殿にいかないルートを模索していたようだが、この陰湿な集団の宮殿にそんなものはない。私はこの世で一番偉くなりたいと思うし、またこの宮殿も私が自由になることを許さない。あの幼い日々に渡された手紙から確定された運命であるキョウルナラ国の皇太子との結婚、これこそが今後の私のバラ色の人生の第一歩になるのである。

 まず、前日に改宗の儀式を行うこととなった。つまり、今までの学を深めようとする努力や姿が認められ、ここでほんとうの意味で故郷の出身からキョウルナラ国の出身に鞍替えする、ということである。皇室のチャペルの中、ひしめく群衆の前で女帝の衣装に似た銀の緑飾りをした赤いドレスに髪は白いリボンで結んである。反対だったソアでさえ『美しく、華麗だね』と評価する。周りの群衆も深く胸を打たれているのか、泣き出している人もいる。もちろん、母上は号泣状態である。私は今ではすっかり故郷の訛が消えた「キョウルナラ語」で新しい宗教の使徒信経を何も見ず、唱えた。その姿を見て、女帝も涙に暮れている。そして、この日をもって故郷で呼ばれた名前も捨てることになった。ゾーフィ、改めてキョウルナラ国の一貴族としての名は「エリス」となった。儀式が終わり、教会から出ると女帝から宝石の首飾りとブローチを頂戴した。

 翌日の朝は、晴天であり、私が着替えを済ませ、女帝のもとに向かうと女帝と大公の肖像画が宝石で飾られていた。女帝自身は冠をつけ、帝王のマントを肩にかけて迎えていただけた。隊列が組まれて会場である教会に向かう。先頭は八人の将官に銀の天蓋を掲げさせてその下を歩む女帝、そのすぐ後ろに大公と私、その後ろに母上と女帝の家系の貴族で後はおのおの位順で宮廷の貴婦人たちが並んだ。教会に入ると、金ピカの聖職者が君主を迎え、女帝が二人の若者を教会中央に設けられた高座に導いた。

 そして、地獄が始まった。式典は4時間延々と立ちっぱなしで行われたのである。途中で重い冠までかぶることになった。『A,AIなのにきつい』とソアが悲鳴を上げている。私もなんかフラフラする。ただその様子がバレないように指輪交換を行い、それと同時に祝砲がなり、キョウルナラ国中の鐘が鳴り響いたのである。

 式典を無事に終えると、晩餐会だったのだが、母上はガラス張りの衝立で仕切った小室で玉座と向かい合う別席での食事だった。また何かやらかしてしまったのかな、母上。食事の味はいつものことながら美味しくなかった。

 その後は舞踏会。玉座の前に敷かれた絨毯でずっとずっと今回の関係者は踊り続けさせられた。『ごめん、エリス。休止する』といってソアもメンテナンスモードになってしまう。わたしもそれだけ疲れてしまった。

 これら含めて全て祭典。それが終わると次々と女帝からのプレゼントを頂くことになった。宝石や高価な布地、大量の現金ももらってしまった。流石に現金は今回出席を認められなかった父上に届けることにした。弟も病気のため困っているだろう、と思い。そして、宮廷ももらえたのである。これからは宮殿の自分の部屋でも宮廷でもどちらで過ごしても構わない状態となった。その分延臣たちも多くつくことになった。メンテナンスを終えたソアは『子どもを作るように仕向けるための見張りだね』と言っていた。

 これ以降は、今まで急ごしらえだった教育はよりいっそう厳しいものとなった。私は全く苦にならなかったが、大公はダメであった。元々精神年齢に幼いと感じるところが多かった彼は私の前では完全に幼児帰りしてしまっていた。そして、恐ろしいことにそんな彼と私は延臣たちのせいで二人きりで過ごすはめになる。私は教師から進められて本を読んで過ごす方がいいし、それについて語り合いたい人がほしいのに、彼が興味を示すことは、鬼ごっこにとんだり、はねたり、駆けっこと本当に私と同い年で時期皇帝になれるのか、と言った状態である。だからといって、これを粛清しようと思っても無理なのである。ソアも『これは・・・手遅れだね。ゆっくり成長を見守るしかない。しかもエリスも厳しい側に立てば正確は歪みきって手のつけられないことになる』と評価するほど、彼の精神状態は最悪であり、教育者は彼に対して厳しく、接する。大公は何もかも不優秀で常に家庭教師に怒鳴られ、鞭打たれ、居残りさせられている様である。私にも大公に対して厳しくするように、と伝えられたが、「私まで憎まれるようになったら、世界中憎む対象しかなくなり、暴君を育て上げることになります」といって私としても苦しいが、断るしかなかった。

 これで教師からは思い通りにやってくれない悪役令嬢と思われるようになった。

 日々行われる、舞踏会、演劇、社交界にも出席しなければならなかった。大公は相変わらずそういったところでルールを守れず、どこかに行ってしまうことがしょっちゅうで私が代わりに色々と対応をした。ソアがバイタルチェックをしてくれるが周りの反応は「冷ややか」である。元々、大公に会いに来ているのであって、何かができる立場でない私には用がないのだ。とはいえ、少しでも悪役令嬢的な雰囲気から脱却しようと貴族文化も身に着けてきた。その中の一つが、自分への出費だけでなく、相手にも「献上」する文化があることである。特に私は立場が上になるのでその出費に質が「より良く」ないとならない。どういった物を買い続けるか考えているところに『その文化は自己破産にさせる悪魔のような文化だけど、文化ゆえにしょうがない。女帝になったら絶対に変えてよね。私がこの悪しき文化で少しでもうまくいく方法をAIから弾き出したから何とかして実行してほしい。まずは商品一つ一つの文化を調べる調査の許可をもらって』とソアに言われ、それを女帝に相談すれば都市内ならよし、となった。いわゆる特産品に絞ってありとあらゆるキョウルナラ国の自分たちの付近でとれる名産、それを扱う人々に会った。と同時に、ロストテクノロジーの機械も探しては使えそうなものは持ち帰って修理する寄り道もした。この調査が終わり、専門として、一番信頼できる人を決めると、・・・次々とオーナー含め買収し、自分のものにした。これにより、ありとあらゆるものが私のブランドとなり、最も質の高い物を周りに渡すことにつながったのである。これが母上から女帝へ報告されてしまったのである。

 劇場で怒りに満ちた視線を投げかけての呼び出しを受けた。

 「なぜ、私の愛する市民を買収するのです。そして、買収でお金を使いすぎでしょ!」

 と教師も含めて集められ、怒られる。教師は謝っているが、わたしは正直に、

 「多くの人々への献上をする文化でなるべく良いものを一番安く手に入れるため行いました。その方法こそが、私が必要と感じたもの、そしてそれを取り扱う業者で一番信頼できる人の責任者になって、物を斡旋してもらうシステムを構築することでした。大変申し訳ありません。お詫びとして今回、女帝にある特定の期間しか採掘できない宝石をキョウルナラ国で唯一扱える技をもつ技工士に特別に加工してもらったネックレスをお渡しします」

 といってお渡しすると、女帝はキョウルナラ国のシンボルマークの豹の形をした赤い宝石のネックレスをみて大層気に入り、その場でつけてくださった。その後大笑いして、私の教師含めてこう言った。

 「努力の才能、謙虚の才能、ありとあらゆることでひたむきに励むあなたには商人の手腕の素質もあるとは恐れ入るわね。面白いわ。ただ、使いすぎないで必ず1割は貯金しなさいよ。そして、私にもその人たちを紹介なさい」

 その後、エリスによってよりどりみどり集まられた優秀な商人達は皆、市民代表者となり、何かしらの貴族専属人となったのである。そして、あろうことか専属人を使う許可はエリスに委ねられていて市場の操作もエリスができるようになった。あまりの粋の計らいに得た収益の一割は必ず女帝に献上している。

 しかし、この決定が大きな嫉妬につながる。そもそも皇太子妃は政治や裁判には一切介入しないという契約の元、皇太子妃という立場になったのである。周りの貴族は皇太子妃を優遇しすぎていると怒り、日々エリスの物が盗まれたり、宮廷が破壊されたり、ダンスや社交で踊ってくれなくなったりした。母上も立場が逆転したことを不満に思い、エリスを無視するようになって、いろいろな男との浮気と政府転覆の噂が絶えなくなってしまった。それのせいで、周りの視線も「この悪役令嬢が」と冷ややかである。女帝もこの一件以降、「一歩間違えれば私を超える実力がある反逆者」という認識も持つようになったのか、徹底的な服従をするようにと、作法が厳しくなった。

 徐々に徐々に宮殿内では、自分の立場をわきまえない悪役令嬢である、という認識になっていった。

 そして、それが祟り、私は大きな病気となる。発症したら治らないと言われる流行病だ。ただ、ソアが冷静に『エールザ・ラパルス』という薬が必要だと伝えてくれた。AIではじき出して、薬を作るのに必要な細かい照合表を信頼できる薬剤師に渡すと完成し、それを飲んで一命はなんとかとりとめた状態になる。ただ、大きな熱と吐血、喉の痛みと呼吸困難はしばらく続き、周りからは「ざまあ、見ろ」という紙が扉から部屋の中に入ることが多々あった。私はあまりにも悔しく、医師に「なぜキョウルナラ国の言語の先生は来ないのですか? 私は一刻も早く真のキョウルナラ国の国民になりたいのです」と言った。そう伝えると実際に、講師がやってきて授業を行った。

 結果的には一切の後遺症もなく生還を果たしたと同時に、薬学の才能も認められ、医療系の対応も許可が降りた。私は素直にそして紳士に対応してくれた薬剤師を国家薬剤師として推薦し、私がかかった病気の撲滅のために尽力するよう指示した。それに、彼は答えてくれて今年のその病での死亡率は都市部で1割を下回ったのである。国民は「勉強のし過ぎで病気になったひたむきな皇太子妃」となり、宮殿内では「奇跡に救われ、女帝に愛された腹立つ悪役令嬢」と言う評価になっていた。ソアは『女帝になるには国民のための女帝にならないと、ね』と励ましながら、一番の評価をしてくれた。

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