第2話

 わたしが産まれてまもなくの頃の記憶が何故かある。「どうして男の子が産まれなかったのだろう」という記憶。もしかしたら、陰でそういった事が言われていて、それが印象に残り続けていたのかもしれない。もしくは、その後産まれた弟はとてつもない愛情を注がれて後継者になることを期待されていたからかもしれない。とにかく、原罪をもって産まれたらしい。

 その原罪はなかなかに重い罪らしく、幼い頃、赤子にはよくあり、これにかかればまもなく死ぬ、と言われていた熱病に唸らされた。ただ、わたしの原罪は晴らされていないので助かったのである。この村の一番の医者がわたしの脳に「ある手術」を施したという。それ以降、わたしはみるみる回復して後遺症もなく、生きている。ゾーフィと名付けられたわたしはこの病気の完治以降、周りから「奇跡の子」として評判になった。ただ、父と母はどうもわたしが助かったことを喜んでいないようである。医者を呼んだのも村での印象を悪くしないため。とにかく貧乏なのにそういうときには絶対いらない尊厳とプライドだけで生きている。お金がないからわたしには死んでほしかったのだろう。こうして、今だってお金持ちであることを見せるために友だちとは遊ばせてもらえず、家庭教師からの厳しい勉学に励んでいる。

 「なぜ、この世界は遺跡だらけになってしまったのですか。昔はどのような世界だったのですか?」

 「そんな事は考えなくてよろしいのです。女性の勉学とは男性にどれだけよく見られるか。あなたはたしかに賢く、多くのことに疑問を持つ。しかし、疑問にもっても回答にたどり着けないとわかっていることは考えてはならないのです。あなたは男性とお話をする時に

知識を理解しているが出さずに、その知識を応えられる内容で質問して男を喜ばせるために学んでいるのです」

 自分が答えられないことをわたしの心意気が間違っているせいにする無能な家庭教師。恐らく、母からそのように教育するように指導されているんでしょうね。母の女性考は、いい家の貴族と結婚することこそが正しいという認識。父も厳格な村の宗教の教えに従う軍人のため、その考えだ。そして、いくら立派な軍人でもこんな片田舎の村の男と結婚した母は後悔している様子。今でも「私が妹の方だったら今頃〇〇家の妻でもっといい暮らしができるのに」とぼやいている。対して弟は後継者として自由に育てられており。今でも外で自由に遊び回っている。

 わたしは夜になると近くの遺跡からロストテクノロジーの機械を内緒で持って帰っては修理して直している。手鏡、服のような機械、ニンゲンの手みたいなもの・・・。直すと動かして遊ぶのである。

 『ねえね、すごいよね。これ』

 『ええ、すごいです』

 そして、その成果をわたしの頭の中にいる友だちとお話して、肯定してもらう。もちろん、今日の嫌なことがあったら、それの愚痴をこぼして励ましてもらう。そんな本当の友達のいない寂しい日常を過ごしていた。

 ただ、そんな日常が一変する出来事がある。弟がわたしと同じ、病気になったのである。そして、同じ治療を施したものの、わたしのときのように神のお告げをのべなかったため、命は助かったが、半身麻痺となってしまったのである。それを母は、わたしに対して「なぜあなたが助かって、弟が呪いを受けなければならないの! 逆なら良かったのに」といって泣きながらわたしに怒りをぶつけるのである。父はそれをただ黙ってみている。

 わたしはその言葉を聞いて、2階に上がる。悔しくて悔しくて涙を流しながら。ベットで泣きながらわたしの頭の中の友だちに問う。

 『わたしって、産まれてきちゃいけなかったのかな』

 『そんな事はありません』

 『なんでわたしは男の子じゃないの』

 『それは産まれた前に決まりました。たまたまです』

 『弟の代わりにお前が「半身麻痺」になればよかったのに、と言われたのだけど、それは正しいの?』

その質問の瞬間、友だちの様子がおかしくなる。なぜか、頭の中でジージーと音がする。それだけでなく、この世のものとは思えないような機械の音が次々と流れてきて返答がくる。

『そんなこというやつ、人間失格だわ!!』

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 今は夜なのか真っ暗で何も見えない。『暗視機能起動』と頭の中で勝手に反応する。AI機能が動作した。良かった、私死んでないみたい。ふかふかの枕の中で顔を埋めている。身体は動かそうとしても動かない。うーん、うつ伏せの体制にされて寝たのかな。もしかしたら身体がダメになったのかもしれない。もしかしたら、すでに入れ替えられてしまった可能性もある。

 『あの、わたしの頭の中で何が起きましたの?』

 なんか、可愛らしい女の子の声が頭に響く。ん、子どもが助けてくれたのかな。それにしたって、ずっと病室にいるのは変ね。それにわたしの頭の中って発言変だな。

 『えっと、あなたはどなたかしら』

 私はうつ伏せになって聞く。すると、精神反応『?』とでてきた。

 『え、ゾーフィよ。わたしの友だちとしてずっと一緒にいたのに分からないの』

 いよいよ様子がおかしい。友だちとしてずっといた覚えなんてない。私は旦那に身体を奪われかけたのを逃げて、トラックに惹かれたのだ。早くうつ伏せを直さないといけない。しょうがないので、私はゾーフィちゃんに起こしてもらうようにお願いをする。

 『いいですけど、どうされましたの』

 脳内から返答があり、仰向けに「なった」。そこは天井しかないし、病院でもない。どこかの古びた家の木造の天井だ。照明器具もない。というか、ゾーフィちゃんが「脳内」でしか会話してこないのがおかしい。仰向けも自分の意志でなった。いよいよ嫌な予感がしてきた。AIの履歴機能を使用する。2045年、私は死亡。AIは政府に保管されていた。そして、3200年に新たな身体にAIを移植した、と検索結果が出たが・・・これは。つまり、トラックに引かれてからは何が合ったかわからないが、AIは保存されてたことになる。そして、1155年後にゾーフィちゃんにAIが移植された。つまり、今の身体の持ち主は私ではなく、「ゾーフィ」という女の子の物だ。ただ、私という存在はAIに保存されていたのでそれがなにかの拍子に起動して二重人格のような状態になっているのである。

 『機械みたいなのって、どうして入れられたか分かる?』

 『わたしが不治の病の際に、お医者さんが脳を手術して、よくわからないロストテクノロジーを入れたということを聞いたことがある。そして手術後、わたしが神のお告げをいい、それが薬の調合でそれを飲んだら治り、今の健康なわたしがいるわ』

 恐らくその時に私はゾーフィちゃんのAIになったのだ。ちなみにAIには命の危険が起きた時に、身体を守るために様々な機能が起こる。その中のひとつでバイタルをチェックして的確な薬を教えてくれたする。ただそれでも死んでしまったり、そもそも即死するとAIは機能できるけど停止し、何も起こらない。そして、死んだ人のAIは貧しい人のところで新たなAIとして再利用されるのだ。

 そっか、私は別の人間の機械になったのか。そして、この世界は私が生きていた頃のものは殆どなくなって、17世紀くらいの状態になってるんだな。これから、どう生きようか。

 『わたし、今日神様に感謝しているわ。世界で一番つらいことがあったと思ったら、友だちがわたしの意志とは別に意思を持ってくれるなんて。脳に入ってるロストテクノロジーはAIっていうの? 素晴らしいわ。これで原罪を返せるのね。そしてあなたの名前を教えてくれる?』

 とりあえず、分かることは本体の少女の将来をよくすることが私にとってもよい、ということか。名前は「ソア」であることを教えると、彼女は疲れてそのまま眠ってしまい、私も意思が途切れてメンテナンスに入っていた。・・・AIのこの性能はあるとは聞いたけど、まともに復活したのは多分私が初めてだよな。これじゃあ、まるでAIが魂の担い手になったみたいじゃないか。

 とりあえず、彼女の考える原罪は自己肯定感を大幅に下げるので全否定しといた。『日々精進し、立派な人生を歩むんです』と伝えると、彼女は喜んで多くのことを行った。ダンスに音楽に読書に、立派な貴族になるための英才教育を元々優れた地頭を更に鍛えるかごとく、鍛錬した。さらにロストテクノロジーの機械修理も私のAI機能のお陰でみるみる上達する。きっと彼女は「万能」の素質があるんだろう。

 そんな辛いけど、それを研鑽で埋め合わせしていたある日、衝撃の手紙が届いたのである。なんとゾーフィちゃんにキョウルナラ国から皇太子妃になっていただけないか、と手紙が届くのである。母も父もゾーフィちゃんも驚いて有頂天になっている。不幸の後には幸福がくるものものなのだと、すぐに出発の準備が始まったのである。

 ただ、私はこの国の名前を聞き、彼女の皇太子妃になる運命は、とても危険な未来があることを知っている。ゾーフィちゃんには伝えた。

 『この国のことはわかります。私がちゃんと機能していた時代に流行っていたゲームでその国の皇太子は皇帝になります。しかし、その政情に不満を持った皇妃が、クーデターを起こします。それを皇帝の浮気相手が止めるのですが、その際、皇妃を殺してしまうのです』

 ゲーム名はもう子供の時にやったから忘れ、詳細も忘れてしまっているが、「なに、このクソゲー」といった印象で残っていたため国の名前とラストは覚えていたのである。少なくとも今の彼女がそのままその人生を進めば、クーデター時に市内に艦から大砲を放たれて都市まるごと焼け野原。クーデター失敗で都市の人々とともに死ぬのが皇太子妃の運命である。ゲームの世界のため確証はないが、何故かAIはキョウルナラ国という国名に『警告』を出している。そんな、悲惨な最期を自らゾーフィちゃんに歩ませるのは反対である。

 しかし、ゾーフィちゃんは一言。

 『私は女帝を目指すのね。そして、そのゲームでは「大砲さえ撃たれなければ」恐らく成功よ。何も恐れることはないわ。ありがとう。私はこんな女性差別の村と血族におさらばしてキョウルナラ国の女帝になるわ!』

 と言って、むしろ盛り上げてしまったのである。その言葉とともに、AIから彼女の素質が初めて弾き出されたのである。

 「女帝」、と。彼女は生まれながらにして、トップになる器を持つ者だったのである。

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