第五話 禁断の能力を手に入れたようにございまする

 その日も、舞姫まいひめは夕餉の支度を整えると、いつものように夫を呼びに裏庭へと回った。


影雪かげゆき様、お食事が――」


 彼女の言葉が途絶えた。


 地にうずくまる夫の姿を発見したからだ。


「殿!」


 慌てて駆け寄る舞姫。

 悲鳴を聞きつけ、侍女のイズナと小姓の菊之丞きくのじょうも各々の作業を中断し、駆けつけてきた。


「こ、これはいかがなさったのですか!?」

「わからぬ。妾が来た時にはもう……」

 

 うう……と唸る影雪を前に、顔を見合わせる舞姫と菊之丞。

 傍らには、刀が落ちている。

 どうやら、武芸の鍛錬をしているときに、この変事が起こったらしい。


「は、腹が……」


 影雪は、妻を見上げ、小声でもらした。


「腹が…………痛い」

「と、殿!?」


 がっくりうなだれ、下腹部を押さえるように体を丸める。


 そんな彼の様子をじっと観察していたイズナが影雪に問いかけた。


「最後のお通じはいつですコン?」

「と、十日ほど前…………」

「やはり……」

「なにかわかったのかえ?」

「おそらく便秘ですコン」

「なんじゃと?」


 驚きつつも、いくぶんホッとした様子を見せる舞姫だったが、逆に侍女は声を険しくする。


「油断はなりませんコン。便秘で死ぬ人もいるんだから」

「そうなのか!?」


 慌てて夫の案配を確かめてみれば、たしかに額に油汗を浮かべ、尋常ならぬ苦しみ方である。


「兎にも角にも、急ぎ医者を呼ぶべきじゃな」

「いえ、姫様なら、まず影雪様のステータスを確認した方がいいコン」


 舞姫は、「身体改め」と唱え、影雪のステータスを開示した。


「なんじゃこれは……ばっどすてぃたす?」


 いつものステータス表示を上塗りするように、赤文字の表記が浮かび上がっている。


『状態異常: 食物繊維等の不足』


 そう記されていた。


「おそらく、食生活を急激に変えた影響ですコン」


 影雪改造計画も開始から早半年。

 すでに体を絞る段階は終了して、トレーニングは次のステップへと進んでいた。


 筋肉の増強だ。


「筋肉を作るのはタンパク質だから、ここ最近はなるべく肉類を主体にして主食を減らす生活にしていたはずですコン」

「そうじゃ、たしかにそのように献立を組み立てておった」

「たぶん、そのせいですコン」

「ということは以前の献立に戻せばいいのじゃな?」

「それはならぬ!」


 鋭い声が上がった。

 会話に割って入ったのは、他ならぬ影雪自身だ。


「……ここでやめてしまっては、元の木阿弥もくあみ。姫のおかげで仕上がりつつある体が、また以前の物に戻ってしまう」


 言わんとすることは舞姫にも理解できた。

 しかし、現状では、とても鍛錬どころではないだろう。


「まずは殿の御身が大事。いったん中断して、他の手段を講じましょうぞ」

「……姫、残念だが、そのような時間はない。もう御前試合まで、二月ふたつきじゃ……」

 

 相変わらず苦し気な表情を浮かべているが、彼女を見上げる夫の両眼には強い光が灯っていた。

 

「愛しきそなたに赤恥をかかすのだけは嫌なのじゃ……わしの身はどうなろうとも」

「殿…………」


 舞姫としても、夫が悪趣味ななぶりを受け、大怪我を負わされるのだけはなんとしても避けたかった。

 しかし、そのための強化メニューで体を壊しては元も子もない。


 ジレンマに陥った二人は、しばしの間、閉口した。

 

 沈黙を破ったのは、イズナだった。

 

「……仕方がないですコン。こうなったら、奥の手ですコン」

「奥の手?」

「姫様、ステータス画面はまだ開いていますコン?」

「開いておるが」

「一番下に空白の部分があるはずですコン。そこを指でつついてみてくださいコン」


 言われた箇所を、人差し指でタップする舞姫。

 

 すると、空欄だった部分に以下の文字列が浮かび上がった。


『禁忌スキルを取得しますか?  はい/いいえ』


「…………これは?」

「おそらく今の影雪様を救うことができる能力が手に入りますコン。ただ――」


 キツネの侍女は珍しく言い淀む。


「かなりの覚悟が必要ですコン」

「あいわかった!」


 舞姫はためらわず、「はい」をタップした。

 

 すると、さらに文字列が現れる。


『本当によろしいのですか?   はい/いいえ』


 再度、「はい」を選択する彼女。


『これが最後の警告です。いいんですね?』


 ――ええいくどい

 

 舞姫は掌全体で、バシッと「はい」を叩く。


『スキル「禁断の栄養ドリンク生成」を入手しました』


「これは………」


 スキルの説明を読んだ舞姫は、大きく目を見開いた。

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