王昭君と7枚目の肖像画

高円寺猫(空色チューリップ)

第1話

王昭君と7枚目の肖像画


そこのあなた。


そう、あなたよ。ずいぶん長いことその絵を見ているわね。お目が高いわ。


美しいでしょう?


たおやかな肩と首筋の曲線、艶やかな黒髪、薄絹のように透き通る白い肌に桃の花のようにほんのりと色づく頬、そして慈愛に満ちた美しい表情・・・。


こんなに美しい人間が現実に存在するものか。そう思うかもしれないけれど、この絵に描かれている彼女は実際にこのとおり美しかったの。この絵はね、彼女の美しさをそのまま描き出しているのよ。


この絵に描かれている女性の名前は王昭君。聞いたことがあるかしら? そう、元帝の時代に宮廷から西方の匈奴の国に嫁いだ宮女よ。


どうしてこんな美女を元帝が手放して匈奴の王のもとにやったのか不思議に思うかもしれないわね。彼女ほどの美しさがあれば元帝の寵愛も思うままだったはず。でもね、これにはちゃんとした理由があるの。


元帝の後宮には彼のために仕える1000人の宮女がいた。つまり彼にはお妃候補が1000人もいたのよ。当然、その全員に会うことができるはずもない。だから、元帝は宮廷画家に宮女たちの絵を描かせた。そして、その絵を見て実際に会う宮女を選んでいたの。


ある日、匈奴の王が都を訪れて後宮から自分の妃になる者を所望した。元帝は匈奴の王に美しい宮女を差し出すのは惜しいと思ったのね。それで、彼は1000人の宮女の中から一番容姿の醜い者を差し出すことにした。もちろん、元帝が1000人全員の顔を知っているはずはない。彼は手許にある絵を見て、一番醜い宮女を選んだ。それが王昭君だった。


なぜこんな絶世の美女が? そう思うかもしれない。でも、元帝の手許にあった王昭君の絵は本人とは似ても似つかない不器量な女に描かれていたの。元帝は王昭君が後宮を去る日にそのことを知った。


自分が匈奴に差し出した宮女に別れの言葉をかけるために拝謁を許した元帝は、そのとき初めて王昭君の実際の姿を目にした。そして彼女の美しさを見て言葉を失った。彼女は後宮に仕えるどの女性よりも、いいえ、彼がそれまで生きた中で出会った女性の誰よりも、ずっとずっと美しかった。彼女の美しさは空に浮かぶ鳥が飛ぶ力を失って地に落ちてしまうほどだった。


元帝は自分の決断を後悔したでしょうね。できることなら匈奴の王に別の宮女を嫁がせることにしたかったはず。でも遅すぎた。その日は王昭君が輿入れのために西方に旅立つ日。彼女を迎えるために匈奴の使者はもう王宮の門前まで来ていた。彼は王昭君が都を去るのを見送るほかなかった。


元帝の深い後悔は、怒りとなって王昭君の絵を描いた宮廷画家へと向かった。後宮に仕える1000人の宮女の誰よりも美しい彼女を、よりにもよって一番醜く描いたんですから元帝の怒りも当然ね。


元帝はその画家に斬首を言い渡した。「宮廷に仕える画家でありながら賄賂を渡した宮女は美しく、賄賂を渡さなかった宮女は醜く描いた」というのがその罪状よ。つまり、王昭君は他の宮女たちとは違って画家に心付けを渡さなかったから醜く描かれてしまったというわけね。


でも、それは真実ではない。絶世の美女である王昭君。どうして彼女の醜く描かれた肖像画が元帝の手に渡ることになったのか。それには別の理由があったの。少し長くなるけれど、ここまで聞いたからには最後まで付き合ってね。


元帝には彼に仕える宮廷画家が何十人もいた。さっきも話したように宮女の絵を描かせたり、元帝自身の肖像画や四季折々の風物や山河を描かせるためにね。


王昭君の絵を描いたのは宮廷画家の中でも一番の腕前を持つ男だった。まだ若いけれど、彼の描く肖像画はまるで生きているように、描かれた本人の美しさを写し出すことができたの。


後宮に仕える宮女たちの願いは一つ。皇帝の寵愛を受けて妃となること。地方出身の貴族だった王昭君の両親も彼女が元帝の目に留まってその寵愛を受けることを望んだ。彼女の美しさならそれも難しくはなかったはずね。元帝が王昭君を一目見ることさえあれば、彼は彼女に夢中になったでしょうから。だから必要だったのは、1000人の宮女の中から拝謁の機会を与えられるために王昭君の美しさを忠実に表現できる画家に絵を描かせることだった。


王昭君の両親は、だから宮廷画家の中でも一番の腕前を持つその画家に肖像画を描くことを依頼したの。


画家は王昭君の住む後宮の居宅に招かれ、そこで彼女の絵を描いた。後宮は元帝に仕える女たちが暮らすところ。間違いが起こってはいけないから宦官以外の男は立ち入ることは許されない。唯一の例外が宮女の肖像画を描く画家だった。


居宅の中庭に面した静かな一室で、毎日数時間、画家は王昭君と二人きりで彼女の絵を描いた。もちろん部屋のすぐ外では王昭君のお付きの召使いが控えて聴き耳を立てていたけれど。絵を描いている間、その部屋の中には画家と王昭君、二人だけの時間が流れていた。


画家が後宮に通って絵を描き始めてから10日が経った頃、肖像画が完成した。でも、彼の描いた王昭君は彼女本人とは似ても似つかないような絵だったの。


透き通るような彼女の肌は灰色にくすんでいて、それとは対照的に頬は紅を塗り過ぎたみたいに赤が強い。目はやけに大きくて視線が定まっていない。なで肩も強調されすぎている。お世辞にも良い出来とは言えない肖像画だった。


「まあ、これが私?」


自分の美貌を知っていた王昭君はその肖像画を見せられて目を丸くした。でも、その出来があんまりひどいものだから彼女は怒るのではなく思わず笑い出してしまったの。


王昭君がけらけらと笑うのを見て画家は決まりの悪そうに頭をかきながら、


「あなたのあまりの美しさに私の筆も言うことを聞きませんでした。もう10日間だけ私に時間をください。そうすれば必ず美しい肖像画を仕上げて見せます」


と言った。


王昭君は画家を許した。彼女の両親もその画家の腕の良さを知っていたから最初の1枚の出来のひどさは何かの間違いだろうと考えた。それで、画家はもう10日間、王昭君の絵を描く時間を与えられた。


画家はまた同じように毎日後宮に通って王昭君の絵を描いた。画布に筆を走らせながら、画家は王昭君の美しい姿を何時間も見つめる。王昭君もじっと身動きせずに画家の視線を受け止めていた。部屋の中には画家の筆が画布の表面をなでるかすかな音だけが響いていた。


10日が経った。でも、画家が仕上げた2枚目の肖像画は、やはりひどい出来映えだった。1枚目よりはましになったところは確かにあるけれど、それでも王昭君の美しさの一片すらもその絵は写し取ることができていなかった。


「申し訳ございません。あなたの美しさのゆえに画布も色を失ったようです。あと10日ください。次は必ず傑作を描いて見せます」


画家が大真面目な顔で言うのを、王昭君は笑って許した。


そのようにして画家は幾日も幾日も後宮に通って王昭君の絵を描いた。画家は毎日怖いほど真剣な表情で筆を走らせた。でも、10日目に出来上がる肖像画は決まってひどい出来映えだった。


もう10日。そしてまた10日・・・画家は不出来な絵を描き上げるたびに王昭君にそう願い出た。そしてそのたびに王昭君はそれを許した。


「あなたは宮廷一の画家だというのに、私の絵だけは上手に描くことができないのはどうしてなのかしらね」


王昭君はある日そう画家に尋ねた。その顔には悪戯っぽい表情が浮かんでいた。画家は赤面して口ごもる他なかった。


ここまで話せばもうわかるわね。そう、画家は王昭君に恋をしてしまっていたの。彼にとって後宮に通って彼女の絵を描く時間は宝物のように大切なものになっていた。でも、美しい肖像画を描き上げてしまったら彼の役目は終わり。もう二度と後宮に住む彼女に会うことはできない。だから彼はわざと失敗作を描き続けた。


もしかすると王昭君も画家の気持ちを知っていたのかもしれない。知っていて画家が失敗作を描き続けることを許した。しんと静まり返った居室からは、時折、画家の低い声と彼女の笑い声、そして彼女が奏でる琵琶の音色がかすかに響いてくることすらあった。


でも、画家と王昭君のその不思議な逢瀬も永遠に続くものではなかった。最初は画家の名声から鷹揚に構えていた王昭君の両親も、彼が6枚目の失敗作を描き上げたときには最後通牒を突き付ける他なかった。


あと10日間。それが画家に許された王昭君との最後の時間だった。


彼は最後の10日間も今までと同じように彼女の居室に通って、画布に絵筆を走らせた。彼女もそれが画家との最後の10日間になることを知っていた。画布を挟んで、画家と彼女は毎日何時間も見つめ合った。まるで恋人との間で許された最後の時間を過ごすように。


10日目。7枚目に画家が描き上げた王昭君の肖像画は見事だった。その絵の中には紛れもなく彼女自身がいた。


いいえ、ある意味ではそれ以上だったかもしれない。彼女の美しさを余すことなく描き写した上で、絵の中の彼女には現実の誰にも見ることのできない別の美が確かに加えられていた。それは愛する者を見つめる眼差し。描かれていたのは画家の目にだけ映る彼女の姿だった。


画家が最後に描き上げた作品の出来映えに王昭君の両親はそれまでの不信感を帳消しにして手放しで喜んだ。この肖像画が元帝の目に留まれば彼が王昭君との逢瀬を所望することは疑いがない。そして、ひとたび元帝が王昭君を目にすれば、彼女が彼の寵愛を一身に受けることになることもまた約束されていた。両親の労いの言葉に、しかし、画家は沈んだ顔で答えるだけだった。


画家の仕事は終わった。そして、時間はかかりはしたものの彼はそれをきちんとやり遂げた。最後には誰の心をも奪うほど美しい肖像画を描き上げてね。


でも、話はそれで終わりではなかった。彼の描いた7枚目の肖像画は結局元帝の手には渡らなかったの。


画家が描き上げた最後の肖像画が後宮から元帝のもとに送られる日、王昭君はそれをこっそりとすり替えておいたの。画家が描いた失敗作の中でも一番ひどい出来映えの作品とね。


彼女がそんなことをしたのはなぜだったのかしら。画家が自分のために最後に描き上げてくれた美しい肖像画を手許に残しておきたかったからなのか。それとも、彼女のほうも画家に恋をしていて、その自分の気持ちと添い遂げるために元帝との拝謁の機会をあえてなくそうとしたのか。でも、いずれにしてもそれが彼女自身の選択だったことは確かよ。


ここまでなら画家と美しい宮女の淡い恋のお話ね。でも、匈奴の王が妃となる宮女を差し出すことを願い出たこと、そして、元帝が自分の手許にある不出来な肖像画を見て王昭君を匈奴に嫁がせるのを決めたこと。この2つで運命の歯車が大きく狂ってしまった。彼女は匈奴の国に妃として迎えられることになり、彼女の本当の美しさに気付いた元帝は画家に死罪を言い渡した。


賄賂を取る悪い画家なんていなかった。いたのは一人の美しい宮女を愛した男。彼は彼女といられる時間を少しでも長くするためにわざと失敗作を描いた。そして、最後には素晴らしい肖像画を描き上げた。


宮女もその画家の気持ちを受け入れた。そして、自分の行いが誰も傷つけることはないと信じて、彼の傑作と失敗作をすり替えた。画家と宮女のささやかな愛は、でも、宮女を都から何千里と離れた西方の砂漠の国へと追いやり、そして、画家に死をもたらすことになった。


あら、不満そうな顔ね。でも気持ちはわかるわ。画家の立場になって考えても、王昭君の立場に身置いてみても、あまり後味のいい話ではないものね。


そうね、いいわ。この絵をそんなに気に入ってくれて、そして私の話をここまで真剣に聞いてくれたから、もう少しだけお話を続けましょう。ここから先は話半分に聞いてちょうだい。信じるも信じないもあなたの自由。


王昭君の肖像画を描いた画家は斬首を命じられた。もちろん賄賂を取っていたというのは全くの濡れぎぬだったけれど、それはむしろどうでもいいことだった。元帝は自分のものになるはずだった美しい宮女をみすみす匈奴の王にやってしまったことがくやしかったのね。彼にはその怒りをぶつける相手が必要だった。それが画家の男だったの。


画家の処刑の日がやってきた。王昭君が都を去ってからちょうど10日後だった。独房から彼を刑場に引き立てようとやってきた官吏の目に、描き上げられたばかりの一枚の絵が留まった。


画家は斬首を言い渡されて居宅から獄舎へと連行されるとき、画布を一枚と絵筆、絵具を一揃い持って行くことを願い出て許されていた。処刑までの10日間、彼は独房の中でずっと絵を描いていたの。


官吏が見つけたその絵は息を飲むほど美しい女の絵だった。まるで彼女がそこにいて、自分を見つめているような、彼女の息遣いさえも聞こえてきそうなほどの見事な肖像画だった。


そう、その絵に描かれていたのは王昭君だった。


官吏は画家の処刑に先立って、独房から発見した絵を携えて元帝に拝謁した。その絵にはそうせざるを得ないほどの力があったの。


元帝はその絵に描かれた王昭君の姿を見て言葉を失った。それは彼が別れの日にたった一度だけ見た彼女の姿そのままだった。全ての権力を持つ彼が手に入れることができず、遠い砂漠の国へと旅立っていった彼女が絵の中で自分に微笑みかけている。


程なくして、刑場で処刑を待つ画家のもとに王宮からの使者が姿を見せた。そして、画家は縄を解かれた。使者は画家に処刑を一時中止するとの元帝の命令を伝えた。


画家の処刑中止には一つ条件がつけられていた。それは「10日ごとに1枚、王昭君の絵を描くこと」という条件だった。その絵は元帝の心を動かすような素晴らしいものでなければならない。この条件が守られている限り、画家の処刑は猶予する。画家がこの条件をたがえたときは直ちに刑場に引き立てて斬首に処す、と。


そして、その日から毎日、画家は絵を描いた。ほんのひと時だけ自分と過ごしてくれた愛しい女性の絵を――彼のまぶたの裏に焼き付いている彼女の美しい姿を、彼は描き続けた。


10日ごとに彼が描き上げる王昭君の絵はどれも素晴らしかった。一枚たりとも同じものは存在しない。絵の中にいる彼女はどれも異なった表情、しぐさ、そして感情をたたえてそこに存在していた。そのどれもがまるで彼女自身がそこに存在しているように生き生きとして、そして、何よりも美しかった。見た者の心を奪わずにはおかない美がそこにはあった。それは画家の心の中に生き続けている王昭君の姿だった。


画家は元帝の命じた条件を一度たりとも破ることはなかった。結局、彼は80歳まで生きたの。自分の処刑を命じた元帝が崩御し、その子である成帝が即位してからも、彼は10日ごとに王昭君の絵を描き続けた。


処刑を命じられた身でありながら、彼の絵の腕前を尊敬する何人もの画家志望の若者が彼に弟子入りをした。彼は王昭君の絵を描き続けながら、弟子たちを指導した。罪人である彼の名前は決して表舞台に出ることはないけれど、晩年の彼は多くの弟子や、友人たちや、家族に囲まれて心穏やかに暮らしたの。


画家が家族に看取られながら老衰で息を引き取った後、彼の遺体は刑場へと運ばれた。「10日ごとに1枚、王昭君の絵を描く」という条件は彼が死んだことではじめて守られなくなった。だから、先代の皇帝の命じたところに従って、画家の遺体は刑場に連行されたの。死後、その体を斬首するためにね。馬鹿げているけれど、それが法律というものなの。


でも、「死んでしまった男を斬首する」ということが馬鹿げていることは刑場に控えている官吏や処刑執行人たちにもよくわかっていた。何よりも、彼らは画家が多くの傑作を世に生み出し、今や高名な多数の画家を弟子として指導した立派な人物であるということを知っていた。処刑を命じた元帝ももうこの世にはいない。


だから、処刑執行人は刑場の真ん中に安置された画家の遺体の首に斬首用の剣をほんの少し触れるだけで処刑の執行を終えた。彼の遺体は傷一つつけられることはなかった。画家の死に顔はとても安らかだった。そして、彼は家族や友人たちに引き取られて、最後まで丁重に、敬意を持って弔われた。


画家が描いた王昭君の絵は全て王宮の書庫に納められていたけれど、画家の死後、全て元帝の墓に埋められた。それが元帝の遺言だったの。だから、画家が描いた何千枚にものぼる王昭君の肖像画は、もうこの世には残っていない。


これが王昭君を描いた画家の話。そして、多分あなたは匈奴に嫁いだ王昭君がどうなったのかということも気になっているわね。いいわ。それも話してあげましょう。


王昭君は都を去って数千里も離れた西方にある匈奴の国に嫁いだ。匈奴の王は彼女の美しさを生涯かけて愛した。彼女は王との間に子をもうけ、妃としての務めを果たした。


やがて匈奴の王が病死すると、今度は彼女は匈奴の国の慣習に従って、かわって王に即位した前王の義理の息子と結婚した。彼女は新しい匈奴の王との間にも2人の子をもうけた。新しい王も衰えることのない彼女の美しさを愛した。


そして、さらに月日が流れた。王昭君が結婚した新しい匈奴の王も病に倒れ、死去した。今度は彼の弟が匈奴の国を継いだ。


新たな王も美しい王昭君を妻とすることを望んだ。それは匈奴の習俗では義務ではなかったけれど、彼女がそれを受け入れれば妃として安逸に暮らすことが約束される。でも、彼女は新しい王の求めには応じずに故郷に戻ることを選んだの。


新しい王も、匈奴の国の民も、王昭君が国を去ることを悲しんだ。でも、彼女の意思は変わらなかった。王の命を受けて、匈奴の国の兵が国の境までうやうやしく彼女を送り届けた。


その後、彼女がどうなったのかは誰にもわからない。彼女は後宮へは戻らなかった。故郷にある生家にも戻らなかった。彼女の行方はどの国の記録にも記されてはいない。


彼女が匈奴の王に嫁いで都を去ってから約20年の歳月が流れていた。その間、彼女が何を思っていたのか。それを知るすべはない。砂漠の国にある王城から東の空に浮かぶ星を見上げて琵琶を弾く彼女の心の中に誰がいたのか。匈奴の国と漢の国境でたった一人、自由の身になったときに彼女の中にどんな思いが去来したのか。それは、彼女だけが知っている。


これで王昭君と、そして彼女に恋した画家の話は終わり。最後まで聞いてくれてありがとう。


このお話はね、私たちに二つのことを教えてくれていると思うの。


一つは、美は全てのものに打ち勝つ力を秘めているということ。


美は宮廷一の画家にさえ何枚もの失敗作を描かせた。時の皇帝に嫉妬から画家の死を命じさせ、そして、後にその画家自身を死の運命から救い出した。


もう一つは、美は愛という乗り物に乗って運ばれていくということ。


愛ゆえの行動から、絶世の美女は都を遠く離れて西方の砂漠の国の王の妃となった。そして、また彼女を自分の故郷の国へと導いていった。愛は彼女の中に生き続けて、幾年月の時間と、数千里の距離を超えて、彼女という美を乗せて運んでいった。


もちろん私の話を信じるも信じないもあなたの自由。結局のところ、私たちは自分が信じたいと思う物語を信じて、そして生きていくのね。


あら、この絵がほしいですって?


ふふ、そうね、確かにここは画廊だから、ここに飾ってある絵は売り物ばかりなのだけど。


でも、ごめんなさい。この絵だけは売れないの。この絵は父と母、二人が残してくれた、たった一枚だけの形見の絵だから。


「君はこの絵の女性に似ている」ですって? 絶世の美女だった王昭君に似てると言われるのは悪い気はしないわね。私の器量の良さは母親ゆずりなの。琵琶の腕前もね。そして、父からは美しさを見分ける目を受け継いでいる。


美しさはいつでもそこにある。あなたがそれを見つけ出して、愛そうとする気持ちさえあれば、それはいつでもあなたに応えてくれる。


また、いつでもいらしてね。




END

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王昭君と7枚目の肖像画 高円寺猫(空色チューリップ) @koenjineko

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