第10話 招集

 外国人の姿を見るのがまだ珍しいこの時代、目立つ二人のドイツ人を連れている帯刀は、同乗している人々の好奇の目を防ぐことに苦労した。話しかけられはしないものの終始視線を感じ、鬱陶しい事この上なかった。

二人のドイツ人がその人々の反応をおもしろがっているのがせめてもの幸いだった。

長旅の中、時には絡んでくるチンピラもいたが殺気を込めた視線を三人で向けることで撃退することに成功した。一度方法論さえ確立してしまえばあとは同様の対応で問題なかった。こうやって三人は東京への長旅を過ごした。

明石平八郎は東京都下の地下に造られたシェルターに身を置いていた。やんごとなき方が米軍の空襲を逃れるために設置されたとの噂もあったが終戦を迎えてしまえばもはや無用の長物である。だが、異星人との戦争を想定している百目にとっては未だ重要な拠点であり、異星人に対抗するために結ばれたツングースカ協定を反故にし、その利権を全て手に入れようと画策するアメリカから身を隠すためにも必要な設備であった。そこに二人の外国人が呼び出された。

「戦争が終わってしばらくたつ。そろそろ一度帰国してみるかね?」

フランス人「ダニエル・バロー」「レオン・バラル」である。

「我々に帰るところがないことは、大佐もご存じのはず。それを承知でその言葉。裏がありそうですね」

金髪で長身細身、年若く見える男が答えた。

図星であった。明石は苦笑を押さえて返答した。

「ダニエル、君は相変わらず勘が良いな」

そう答えて続ける言葉に躊躇した。

「じつはここにドイツ兵がやってくる。当面此所で生活することになるだろうから、ドイツの侵攻を受けたフランス人の諸君らは居心地が悪くなるだろうと思ってな。加えてフランスはこれから戦後の復興に向けて優秀な人材が必要になる。君らの力が必要だ」

それに返答しようとするダニエルをレオンは片手をあげ制止し変わって答えた。

レオンは中肉中背30代半ばに見える男で顔には悲哀のような物が浮かんでいた。

「あたしらに変わる人材を入れると言うことでしょうか。あたしらはお払い箱ということで判断してよろしいでしょうか」

卑屈な返答ではあったがそう受け取られてもおかしくない状況ではあった。説明に言葉が足らなかったことを明石は悔いた。

「そうではない。此所に来るドイツ人は人型重機乗りだ。近日予想される戦闘の即戦力だ。そして日本に住んでいる。君ら二人と状況が違うと言うことだ」

レオンはさらに返答した。

「そういうことでしたか。それならばあたしらも人型重機に乗れば良い。それなら此所を離れる理由はなくなるはずです。ドイツ人ごときに出来て我々フランス人に出来ないはずがない。ダニエルもそれで良いな」

そう言って無理矢理明石とダニエルを黙らせレオンは退出した。

明石はやれやれと思いつつも、編成に悩んでいた重機部隊の搭乗員が決まったことには安堵した。あとは隊長候補の帯刀土門中佐の力次第である。

問題は人型重機の数である。最近手に入れた六式重機が四両、アウグストが搭乗した解体寸前のⅢ号が一両、残りは全て整備、部品取りのため解体されている。果たしてⅢ号を完成させ、もう一両を組めるか、それが問題である。ともかくもそれは司令官たる明石が心配する問題ではない。相応の部下に任せるのが筋である。明石はその問題を考えることを辞め、本来考えなければならない問題に戻った。

それは石切場の賢人の目的を計ることである。未だその正体の片鱗すら見えない相手である。その敵の目的を計ることなど不可能に近い困難である。唯一の可能性であった石神鉄鋼の社長が消息を絶ってからその行方はいっこうに知れず、家族も石切場の賢人のことについては何も知らなかった。だがここに来て一つの可能性が浮かび上がった。明石にもたらされた情報が正しければ、の話しであったが。

俗称「シーゴースト」。その石切場の賢人の所有する巨大潜水艦の艦長が百目に接触してきたのである。それ程の立場の人間が接触である。罠という可能性も充分にあったが、仮に本当であれば得られる情報は無限であった。特に石神が最後に残した「プログラム・メギド」この言葉の正体を一刻も早く知らなければならなかった。

だが明石は知らなかった。自分が思いの外石切場の賢人に近づいていることを。

自分が傭っている諜報員、黒葉真風の以前の雇い主が石切場の賢人であることを、この時の明石はまるで気づかずにいたのである。

明石の思惑として国に帰らそうとした二人のフランス人は故国の復興に力を入れさせるためというのは目的の一つにすぎず、もう一つ大きな目的があった。ルーブル美術館の奥底に眠るある物を回収させるためである。

通称「ノストラダムスの預言詩」。それを奪うためである。キリスト教において神の言葉を預かりそれを人々に伝える者を「預言者」という。文字通り、神から言葉を預かるだけの者である。一方で「予言者」は自ら持つ特殊な能力で未来を知ることの出来る者である。

ノストラダムスはその四行詩の中に特殊なアナグラムを用いて、未来を描いたと言われている。だがその実体は単なる詩にすぎず、外国人にはともかく、母国語とするフランス人には一目瞭然であった。

ほとんどの詩については、である。

だがその裏にごくごくわずかではあるが、本物の「預言」が含まれていた。その「預言」の存在を隠すために、百目は後世に「ノストラダムスの大予言」という少し調べればすぐにデタラメとわかる書を発行させ、人々の目をごまかすことに成功する。

後の世の話は別として、現在ここには重大な情報源の存在が明らかになっている。

明石は「ノストラダムスの預言」の出所を先古代文明人、もしくは火星人ではないかと推測していた。明石がツングースカで発見した文書と同等かそれ以上の重要度があるかどうかは別として、未だその正体、規模のハッキリしない敵の情報は少しでも欲しかった。

ともかくも今やるべき事は、「シーゴーストの艦長」「ノストラダムスの預言」の二つの情報を得ることが第一、第二に石切場の賢人との対決であった。

その第一の目的に当てようとした人材を使えない以上は変わりの人材を派遣するしかなかった。その人材に明石は心当たりがあった。「アラン・ポアン・アポア・ルージュ」である。シュナイダー率いるドイツ第7独立部隊に潜入し諜報活動を行っていた人物である。

そして黒葉真風率いる風魔忍者集団である。忍者は潜入はお手者のだが、フランスでは東洋人は目立ちすぎる、加えて言葉の壁もある、一方アランはその行方は知れない、その二点を考えれば先の二名が適任であることは間違いない、となれば答えは一つ。石切場の賢人との戦場をフランスに設定しそこにダニエル、レオンを含んだ人型重機部隊を送り込めば良いだけの話しである。

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