第9話 あなたのわたし

 お昼前、第二視聴覚室は騒がしくなっていた。


 あの日一緒に演奏した三人が助けに来てくれたのだ。


 春田さんはあの日、すぐにみんなに連絡していて、協力してくれるという返事も来ていたのだという。


 それを伝えてくれなかったことよりLINEグループがあることの方に驚いてしまって、非難する気にならなかった。


「ちゃんと練習したから!」

と、レオくん。


「耳栓するから、大丈夫……」

と、シゲくん。


「やだなー、高校最後の思い出作りみたいでダサいわー」

と、笑いながら先輩。


 王様はやっぱりお休みだった。


 私たちは十四時五十分には体育館に機材を持って到着していた。


 まだ現実味がない。


 「舞台係」という人たちとレオくんが事前に打ち合わせ済みで、彼らに手伝ってもらって準備はすぐに終わった。


 演目終わりの演劇部員が、物珍しさか席に残るのが見えた。


 知り合いかもしれない……。


 私は舞台袖に眼鏡を置いていくことにした。


 緞帳が上がったままの舞台に立って、四人が音合わせする。


 拍手と共に始まるような堅苦しいステージではなくて、彼らはあの第二視聴覚室と同じように、好きな曲を好きなタイミングで掻き鳴らす。


 有名なロックミュージックのサビを好き放題奏でて、客席を盛り上げていく。


 私もいい気になって、ジャンプしたり歌ってみたり、ひとしきり体を温めた。


 きっと大丈夫。


ジャンッ—————!!


と、弦を弾いた春田さんの手が真っ直ぐ上がる。それを合図に照明室が客席の照明を落とした。


 スポットライトは私を照らしている。


 こんな大勢の人前で歌うなんて、半年前には思いもしなかった。

 なのに私は緊張していなかった。


 暗くて客席がほとんど見えないから?

 眼鏡を置いてきたから?

 すぐ横に、彼女がいてくれるから……?


 ゆっくり歌い出す。


 あの日より、ずっと上手くできたと感じた。


 でも、あのとき感じた胸の高鳴り、感動には、決して及ばなかった。


  ◇


「みんな本当にありがとう。もう余計なこと言わないように気をつける!」


 観客の拍手を聞きながら、私は舞台袖でみんなに改めて頭を下げた。


「いいよ、目立つの嫌いじゃないし」

 先輩が笑ってくれて、なんとか救われた気がした。


「来年もやろうよ」なんてレオくんが言って、シゲくんもその気になっている。


 確かに楽しかったな、と、私の中の目立ちたがりが顔を出す。


 スポットライトを浴びて、注目されて、拍手されて、すごく気持ちよかった。


 舞台を降りて出口へ向かう間も、観客だった人たちから「よかったよ」とか「かっこよかったよ」とか声をかけられる。


 そういう注目の処理は率先してレオくんがやってくれるから助かる。


 私は照れ笑いで頭を下げながら、機材を乗せた台車を押す男子三人の後ろに身を隠して、こそこそと体育館から出た。


 さっと陽の光に包まれて、眩しくて目を細める。


 体育館の周りにも中庭にも、楽しそうにはしゃぐたくさんの人。


 ふと、廊下の端に数人のクラスメイトがいるのに気がついた。いつもなら気にも止めず、お互い視線を外しただろうけど、彼女たちは満面の笑みで手を振ってきた。


 歩きながらほとんど自動的に手を振り返して、あ、と思った。


 もしかして舞台を見たのだろうか。


 私の歌声を聞いたのだろうか。


 遅れてきた現実感に、私は全身が熱くなった。


 下を向いて、急いで歩く。


 渡り廊下を越え別館に入ると、そこは別世界だった。急に静かになって耳が痛いくらいだ。


 資材を置いたり、着替えや救護室に使っているからこっちはほとんど人がいない。


 私は、エレベータへ向かう三人に「階段で行くね」と告げて廊下を反対方向へ。


 その背中に、春田さんの気配。


 上履きが廊下を掴む音。


「私だけの……」


 小さな声がすぐ後ろから聞こえて、思わず立ち止まった。


 振り返ると、彼女は二歩後ろで立ち止まっていた。


 何か言ったよね、今。


 なにか大事なこと。


 見つめる彼女の瞳が揺れた。


 もう一回、ちゃんと言って。


 ちゃんと言ってくれたら、答えられるから。


「私だけのじゃ、なくなっちゃった……」


 夕方の長く柔らかい陽射しが、春田さんを包んでる。


 そんな寂しい顔しないで。


「リツのだよ」


 驚いた顔。


 かわいい。


「あなただけのだよ」


 微笑んで手を伸ばしたら、遠慮がちに握られた。


 見つめ合うお互いの目には、お互いしか映ってなくて。


 私は遠慮なく手を繋いだまま歩いた。

 

 きっと来年も、再来年も、ずっと、こうしていられるような予感がした。





end



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作中曲

Nirvana - Smells Like Teen Spirit

Evanescence - Bring Me To Life

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ご高覧いただきありがとうございました。

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あとがき

大昔に携帯小説として発表しようと思って書いてた拙いメモを、なんとか膨らませ、物語としてまとめることができました。そのうえカクヨム様という華々しい舞台をお借りして供養できたこと、とても嬉しく思います。

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女子高生2人の歪な恋『視線』 所クーネル @kaijari_suigyo

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