第27話 アルの初恋


「許嫁ですか?」


 俺が十一歳になった頃。

 父上が唐突にそんな話を切り出してきた。

 早いには早いが、皇族なら許嫁くらいいてもおかしくはない。


「なぜ、俺に?」

「お前の将来が心配でな」


 駄目な息子の将来を心配し、将来の妻くらいは見つけてやろうという親心らしい。

 そして、魔法によって精巧に再現された肖像画が三枚。

 俺の前に差し出された。

 どれも名家の令嬢だ。

 二人は俺と年が同じくらい。

 もう一人は少し年上だろうか。

 父上が選んだだけはあり、なかなかに整った顔立ちの少女たちだ。


「ワシの息子の妻となるにふさわしい者たちばかりだ。好きな者を選べ。気に食わんならほかを探そう」

「……」

「どうした? 気に食わんか?」


 気に食わないというか……。

 自分の中にあるモヤモヤをどう表現するべきか、俺は考え込む。

 気に食わないか、気に入っているか。

 どちらかといえば気に食わない。

 けど、この子たちがどうこうではない。

 そもそもが気に食わない。


「許嫁はいりません。申し訳ありませんけど」

「なぜだ? いずれ選ぶことになる。今から親睦を深めておくのは悪いことではないぞ?」

「うーん……遠慮しておきます」


 しばし考えこみ、再度断る。

 それを見て、父上は眉をひそめた。


「理由を言ってみるがよい」

「理由と言われても……許嫁が欲しいとは思いません」

「では、意中の者がいるのか?」

「……」


 再度、しばし考えこむ。

 意中の相手。

 そんな相手、いない。

 そもそも俺は交友関係が広くない。

 けれど、一人だけ。

 身近で年が近い少女がいる。

 家格としても申し分ない。

 むしろ俺のほうが見劣りする少女が。


「いると言ったら……父上はどうするんですか?」

「無理強いはせぬ。ただ……ほかの貴族から色々と言われておる」

「……勇爵家の跡取り娘に俺のような皇子を婿入りさせる気があるのか? ということですか?」

「そうだな」


 意外そうにしながらも父上は頷く。

 いきなり許嫁の話を出したのは、そういうことか。

 仲の良い友人なら許されるが、それ以上は許されない。

 そういうことだろうか。

 ままならないな、とため息を吐いた時。

 扉が開いた。


「息子の許嫁を決めるというのに、母親が参加できないとは、どういうことでしょうか? 陛下」

「み、ミツバ……そ、それはだな……」


 普段とは違って、迫力ある母上が登場した。

 父上はたじたじとなって、視線を逸らす。

 同席させなかったのは、母上なら認めないからだろう。


「情けない。皇帝ともあろう者が貴族から突かれた程度、腰を上げるなど……。子供たちに任せるとなぜ言えないのですか?」

「勇爵家の問題は帝国全体の問題なのだ。軽々しく扱うわけには……」

「私の息子の結婚話は軽く扱ってよいと?」


 いよいよもって、父上は追い詰められた。

 ジッと見つめられて、父上は何度か表情を変える。

 そして。


「……その通りだ! ワシもそう思っていた! ワシも乗る気ではなかったのだ! フランツに諭されてな! すまんすまん!」


 そう言って父上は三枚の肖像画をもって、足早に去っていく。

 それはそれで情けないのでは? と思わなくもないが、相手が母上では仕方ないだろう。


「まったく……」

「ありがとうございます、母上」

「いいのよ。あなたの将来はあなたが決めること。大人が決めることではないわ。ただし……あなたの幼馴染はあなたが思うよりずっと、大変な子よ。いろいろと覚悟が必要だから、その覚悟がないならやめておきなさいな」


 そう言って母上はニッコリと笑って、去っていく。

 そんな母上の後、エルナが息を切らして走ってきた。


「アル! 皇帝陛下に呼び出されたって聞いたわ!? なにをしたの!?」

「なにも」

「そんなわけないでしょ!? またなにかしたわね!? 一緒に謝ってあげるから吐きなさい!!」


 そう言ってエルナは俺の服の襟をつかんで、前後に揺さぶる。

 だんだん気持ち悪くなりながら、三人のうち、誰かを選んでおけばよかったかなぁ、と思うのだった。


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