第26話 エルナVSシャル



 ツヴァイク侯爵家を継いだシャルロッテは、名実ともに北部貴族の顔といえた。

 当然、帝都に来る機会も増えた。

 嫌でも行かざるをえない。

 北部で皇族に協力したとはいえ、根本に根付いた苦手意識は消え去ったりはしない。

 協力したのはアルであって、皇族ではない。

 そんな意識がシャルにはあった。もちろん、そんな本音は表には出さないが。


「疲れたわ……」


 帝都の貴族たちとの社交界に出たシャルは、帰りの馬車の中でぐったりとしていた。

 寄ってくる男性貴族をやんわりと断り、煌びやかなドレスに身を包んだ女性貴族たちの話に愛想笑いを浮かべていた。

 北部で生まれ育ったシャルからすると、帝都の社交界は肌に合わなかった。

 知り合いがいるわけでもない。

 しかし、帝都の貴族はシャルのことを知っている。亡きローエンシュタイン公爵の孫娘。新時代の雷神。

 慣れないうちは疲れてしまう。

 だが、まだシャルには行くべきところがあった。


「シャルロッテ様。つきました」

「ありがとう……」


 北部から付き添ってきた騎士に礼を言いつつ、シャルは馬車を降りる。

 そこは帝都にとって特別な場所だ。帝国にとって特別な場所と言い換えてもいい。

 そこの名は。


「ここが勇爵家の屋敷……」


 大きな屋敷だ。

 歴史と伝統のある屋敷であり、煌びやかではあるが、それだけではない堅実さも兼ね備えている。

 ここに来たのは観光ではない。

 呼び出されたからだ。

 勇爵家の者に。


「わざわざこんな時に呼び出さなくても……」


 呼び出したのはもちろんエルナだ。

 どうせ帝都に来るなら屋敷に寄っていけと言われたのだ。

 疲れているときにエルナの相手は、より疲れる。

 すでにどちらも気ごころが知れた仲とはいえ、疲れているときに会いたい相手ではない。

 億劫だわ、と呟きながらシャルは勇爵家の門をくぐる。

 待っていた騎士たちが一礼し、屋敷の扉が開く。

 そこではエルナが胸を張って待っていた。


「よく来たわね、シャルロッテ」

「お招きに感謝します。エルナ様」

「やめて。北部でお互いに頑張った仲でしょ? エルナでいいわよ」

「それじゃあエルナ。寝室を貸してくれる? 私、疲れてるの」

「なによ、来て早々」


 エルナが眉をしかめるが、シャルはそんなエルナに肩を落とす。

 素直に休ませてくれるわけがないと思っていたが、やっぱり休ませてはくれないらしい。

 困ったことになったと思っていたシャルだが、すぐに姿勢を正す。


「来てくださってありがとう。シャルロッテさん」

「お招きに預かり、光栄です。アムスベルグ夫人」

「アンナでいいわよ。娘の友達を招いただけだから。それにアルにも最大限の助力をと言われているしね」

「アルがそんなことを?」

「そうよ。あの子が頼ってくるなんて珍しいわ。それだけあなたが特別なのね」


 そう言ってアンナは優雅に部屋へ誘う。


「さぁ、部屋へ行きましょう。簡単な食事を用意したわ。あと、明日の予定はすべてキャンセルにしておいたわよ」

「えっ!? ど、どういうことですか……?」

「北部に関する商談よね? 明日、あなたが会う予定の貴族たちには了承するように伝えたわ。北部貴族の代表であるあなたに、これ以上、手間をかけさせたくないもの」

「か、感謝いたします……」


 シャルは深く頭を下げた。

 簡単に言っているが、簡単なわけがない。

 話がまとまらないからシャルがわざわざ帝都に来ているのだ。

 勇爵家の影響力を改めて痛感したシャルは顔をあげて、横を見る。

 そこではドヤ顔のエルナがいた。


「すごいでしょ?」

「あなたが何かしたの?」

「もちろん動いたのはお母さまよ」

「なら、あなたの手柄じゃないでしょ? その顔をやめてもらっていいかしら?」

「お礼を言ってもいいのよ?」

「はぁ……どうしてあんなお母さまに育てられて、あなたみたいになるのかしら?」

「なんですって!?」


 エルナは声を荒げるが、そんなエルナをアンナが一言で抑える。


「エルナ。お客様よ?」

「……はい」

「あなたにも勝てない人がいるのね」

「覚えてなさい……」

「覚えておくわ」


 そう言ってシャルは笑顔でアンナの下へ駆け寄ったのだった。


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