第52話 あたしが次期聖女と呼ばれていた頃 10


 その夜、あたしはシャーロットたちがぶち込まれた牢屋に来ていた。

 もちろん侯爵とチャールズには内緒だ。そういうの、多分二人は凄く嫌がるだろうから。


「見つかったら俺が怒られるんだろうな」


 黒いマントで顔を隠しながら、ギルバートはやれやれといった様子で肩を竦めた。


「いいじゃあないですか。侯爵ってば一刻も早く安心安全な神殿に守って貰おう!って感じでしたし、この勢いだと明日には出発させられてるかもしれませんよ?」

「……そうだな」


 いっそこのまま二人で逃げ出しますか、と言おうとして、やめた。

 それは軽い調子で言うようなことでは、もうないような気がしたから。


 牢番にこっそり話しを通して牢の前に来ると、シャーロットはこんな夜遅くなのにまだ起きていた。

 まあ、当然か。寝られる訳ないだろう。

 あたしを見て、彼女はキッと眉を吊り上げた。


「……何よ。笑いに来たわけ?」

「半分はそれ」

「ハッ、本当性格悪いんだから」

「あんたも似たようなもんでしょ? で、もう半分は、あんたの意見を聞いてみたくなって」


 一体何を考えているのかわからない、というように、シャーロットは怪訝そうに顔を顰めた。


「今もまだ、聖女の力がほしいと思う?」


 あたしの問いに、シャーロットは「はあ?」と眉を吊り上げた。


「当たり前でしょそんなこと!! 聖女の力さえあればあたしは愛される。大事にされる。お養父様もチャールズも、皆があたしを大切にしてくれるのよ!?」

「そんなのわからなくない? 意外に窮屈な生活かもよ? 聖女だからって何でも手に入るかは――――」

「入るわよ。あんたにはわからないでしょうね。チャールズが、お養父様が、どれだけ聖女を大切に想っていたか待ち望んでいたか……失ったことを後悔していたか! 二人は聖女を望んでいる。私の幸せは、待ち望まれた聖女になることなのよ!!!」


 ぎらぎら燃える目は、まるで「貴女になりたかった」とでも言っているように見えた。


 あたしは静かに感動した。

 なんて力強い意志だろう。どんなに頑張ったって、仮に聖女の力を得たって、それはあの二人が望んでいる聖女とは違うだろう。力を得たとて、正直彼女の望む未来が訪れるとは思えない。その意志は間違っているようにしか見えない。


 なのに、羨ましいと思えた。そんなに強い信念のようなものを持っていることに。

 同時に、不思議な心地になった。あたしは、彼女がほしいものをどうやら全部持っているらしい。


「私は、私の幸せのために生きるわ。この先もずっと、貴女の力を付け狙ってやる……!!」


 力強い宣言に、あたしは思わず笑みを返した。


「おお怖い怖い。そんな無駄なことに労力割くより、もっと賢い方法があるんじゃない?」

「煩い!! 何でも持ってる貴方に何がわかるのよ。皆に愛されて大事にされて、そのくせ化けて出てまた愛情を独り占めするなんて……!! ほんっっと浅ましいったら!!」


 この様子だと、裁判でもキャンキャン騒いで重罪になりそう。

 男爵邸内で人攫いってのはそりゃ充分重罪だけど、しおらしい反応してたら少しは軽くなる可能性もあるのに。……この子は、とことん生きづらい性格をしているらしい。


「きーめた」

「あ?」

「じゃあね、シャーロット。裁判頑張って」

「な、何よ。何を決めたの? ねえ、ちょっと! おい!」


 あたしはシャーロットを無視して牢を出た。

 何だか身も心も軽くなった気分だった。今、一番未来に希望を持てている、気がする。ワクワクするって言うんだろうか。


 星空の下でふわっとターンすると、綺麗に決まった。よし。


「ご機嫌だな、ラビ」

「へへっ、どうするか決めました。そしたら何だか楽しみになって」

「……そうか」

「あんなに自由に生きられるのっていいですよねえ。忘れてました。あたしもあっち側の人間だったのに、いつの間にか聖女の役目だか何だかでがんじがらめになって。楽しくもない未来を想像してたなんて、ほんと馬鹿らしいですね。あたしは幸せになれる条件を、こんなにたくさん持っているのに」


 あたしは、ギルバートに手を差し出した。

 ダンスに誘うように。



「ねえ、ギルバート」 



 歌うように、彼の名前を口にする。



「あたしと一緒に、地獄に堕ちてくれますか?」



 黄金色の瞳をじっと見つめると、彼は迷う素振りもなく、あたしの手を取った。


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