第41話 あたしが次期聖女と呼ばれていた頃 2



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「はあ……やれやれ。おいラビ、そろそろ起きていいぞ」

「どうも-」


 あたしが気絶したフリをしている間、ギルバートがなんやかんやと侯爵たちを押さえ込み、「ひとまず休ませなければ」と別室に移動させてくれた。

 一つ扉を隔てた向こう側、廊下では侯爵やチャールズやそれに男爵まで、ざわざわと何か話をしている気配がする。


 あたしはベッドの上でうーんと伸びをした後、手近の棚を漁って手鏡を取り、まじまじと自分の顔を観察した。


「うわあ……変わっちまいましたねえ、これ」

「そうだな」

「えげつない美人ですね。ね、ギルバートもこの顔にはさすがにドキドキします?」


 にこ、とお上品な笑みを浮かべてギルを見ると、彼は小さく噴き出した。


「わざとらしい笑顔だな。成る程、確かに中身はラビで間違いないらしい」

「中身があたしじゃげんなりです?」

「違う、逆だ。中身がラビだからいいんだ。外見がどんなにお綺麗だろうと、中身がお前じゃなきゃ意味がない」

「またまたぁ~」

「俺は本気で言っている」


 ギルバートはそう言いながら、疲れた様子で椅子を引っ張り、ベッドサイドに座った。


「すみません、疲れちゃいましたよね。意識ないフリして全部任せちゃって」

「構わない。むしろその方が良かった。あいつらお前の傍から離れまいと必死だったからな。意識があればずっとつきまとわれてたぞ。……まあ、今もしっかり廊下で待機しているが。俺を警戒しているらしい」

「嫌われちゃいましたか」

「少しでも物音がしたら突撃するつもりなんだろ。大事にされてるな、グレイス」

「あたしはラビですけど? やめてくださいよその名前で呼ぶの」


 ギルバートにグレイス呼びされること程そわそわするものもない。何か変な気分。

 彼は小さく微笑み、優しい表情でじっとあたしを見つめた。



「……やっぱり、お前が俺を助けてくれたんだな」

「いや……それは、わかんないですって」



 あたしは苦笑いを浮かべながら、思わず視線を逸らした。



「まだ言うか? お前がグレイス・エイデンの力の継承者だったんだ。その目が何よりの証拠だろ?」

「たまたま見た目が変わっただけです」

「すごいな、銀の花が咲くというのはどういうことかと思っていたが、本当に花が咲いてるみたいだ」

「いや、わかんないですって本当に」

「綺麗だ」


 小さくため息が出たけれど、それ以上はあたしも何も言い返せなかった。

 そりゃ、だって、ここまでグレイスになっちゃったら、何も言えない。


 誰にも力を継承せず転生したあたしには、元から聖女の力があった。そう考えるのが単純で、一番わかりやすいと言えばわかりやすい。

 今世では運良く丈夫な体だったおかげか、とうとう聖女の力に適応したのかはわからないけれど、前世のように病弱にはならずに済んだのは本当に幸いだった。


「ラビ」

「……何ですか」

「生まれ変わりなのか? グレイス・エイデンの」


 いつか聞かれそうだと思っていたことを聞かれて、あたしはただ肩を竦めた。

 ギルバートは何か確信を得たように、言葉を続けた。


「俺は、生まれ変わりだとか前世だとか、そういうものは信じたことがなかった。だけど、もしお前が、グレイス・エイデンの生まれ変わりで、その記憶を持っていたのだとしたら……正直、納得はできる」

「…………」

「ずっと不思議だった。お前は異国の奴隷だったのに、この国の言葉を知っていた。この国の者と遜色なく流暢に話し、しかも本を読むこともできた。難しい本もすらすらと。教養を備えた奴隷もいるというのは後で知ったが、そういう奴らの大半は、子どもの頃は裕福で、没落して奴隷になるものだと。となると子どもの頃から奴隷であったお前が、一体いつそういう知識を身につけたのか、説明がつかない」


 ああ……そう言えば、あたしが本が読めるって知った時のギルバート、ちょっと驚いていたっけ? まん丸になった目が面白かったから、ちょっと覚えている。

 あたしにとっては常識だったけれど、確かに字の読めない平民も普通にいる中で、すらすら文字の読める奴隷ってのは珍しいかもしれない。

 それを売りにして奴隷をやっていれば、もっと待遇が良かったかもしれないなと思うと、あたしは自分で思っているより世渡りが下手くそなのかもしれない。


「グレイス・エイデンや聖女の話になると、いつも不機嫌になってたろ。侯爵たちのことも最初からずっと警戒していた。あいつらが来てから、明らかにおかしくなった。お前に記憶があるんだとすると、全て説明がつく」

「…………もし、仮にそうだとしたら、どう思います?」


 声がちょっと震えた。あたしは咳払いして、続けた。


「気味が悪いですか? 惨めですか? とんだ厄介者ですか?」

「違うな、そのどれもお前には当てはまらない。ただ……悲劇だとは思う。人の為に命を落とした幼い子どもが、記憶を持ったまま奴隷に生まれ変わるなんて、普通は気が狂ったっておかしくない」


 ギルバートは、そっとあたしの手を握った。


「だけど、お前は優しい奴だ」

「……優しくなんか」

「いいや、優しい。俺を救って、侯爵のことも助けた。人を傷つけるようなこともしない、真っ直ぐな、優しい奴だ」

「買いかぶり過ぎです。あたしはそんなんじゃ――――」

「自分を卑下するな、ラビ。お前はもっと自分を認めていい。それだけの価値がある人間だ」

「…………」

「人生を楽しみ尽くすんだろ? だったらもっと欲張っていいはずだ」

「欲張ってますよ、結構。……怠け者だし」

「欲張りが足りないぞ。もっと頑張って欲張れ!」

「……何ですか、それ」


 泣きそうになって思わず目を擦って、それから平気だって顔を彼に向けた。


「な~んか、ギルと話してると何もかもどうでもよくなりますね」

「どうでも……て、それ大丈夫か。自暴自棄になってないだろうな」

「大丈夫です。ははっ、何か、大丈夫だなあって感じがしてきました」


 あたしは、ギルバートの手をぎゅっと握り返して、静かに目を閉じた。

 酷く疲れていた。


「じゃ、ほんとに眠くなってきたんで、寝ます」

「……ああ」

「離さないでくださいよ、ずっとこのままで。離したら怒りますからね」

「ああ」


 ギルの優しい声が、耳に心地いい。


 そのまま、あたしは深い眠りに落ちた。

 ギルバートがいれば、きっと大丈夫。怖いことなんて何もない。うだうだ考える必要もどこにもない。

 そんな確信で胸が不思議と満たされ、いつになく、幸せな心地だった。


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