第28話 あたしが専属メイドと呼ばれていた頃 9



「綺麗だ、本当に。驚いた。世界で一番綺麗だ」

「ッ……やめてください、それ」

「本当のことを言って何が悪い」

「気分が悪いです」

「褒められると気分が悪くなるのか。ああ、照れてるんだな」

「ちっがいます!」


 ギルバートから顔を背けると、にやにやしているメイドたちと目が合った。


 ――――ああクソ。

 反射的にくるっと背中を向ける。もう誰とも目を合わせたくない。


「パーティーに参加しないのに、わざわざこんなことしなくっても……」

「折角買ったんだ。着飾らなくてどうする」

「…………」

「それに、これはこれで悪くない。あの女誑しの従者にお前を見せたくないからな」

「女誑しって……」

「二度とあいつには会わない方がいい。あの男はお前を狙ってる。川に荷物が~とか言っていたが、それもわざとかもな」

「それはないでしょ……」


 あたしはやれやれと椅子に座った。

 ギルバートは、先に本邸に戻ろうとするメイドたちに「俺はもうすぐ向かうと伝えてくれ」とことづけを頼み、部屋にはあたしとギルバート、二人だけになった。


 何か気まずい。そわそわする。彼女たちの視線は嫌いだけれど、それでも今はこの場にいてほしかったような気もする。


「ラビ、パーティーが終わったらすぐ帰る。そしたら二人で酒盛りでもしよう」

「酒……一等いいやつくすねてきてくださいよ。あとつまみ」

「ああ、もちろん。そのために参加するようなものだしな」

「あんまり遅かったら先に寝ますから」

「そう遅くはならないさ。適当に挨拶して適当に食事をして適当に食い物をくすねて、それで終いだ」

「……どうですかねえ」


 貴族のパーティーがそう簡単に終わるはずもない。今夜の主役はギルバートだし、次から次へと人を紹介されてはお綺麗なご令嬢とダンスとか踊って、夜のうちに終わればいいけれど場合によっては朝までって可能性もある。

 まあ、その時は先に寝るか……。夜型の生活は性に合ってるから、朝まで起きるのもできなくはない。


「……ねえギル」

「ん?」

「エイデン侯爵とは仲がよろしいので?」


 あたしの質問に、彼は「いや、別に」と首を傾げた。


「ほんとですか? 昔手紙を送ったでしょ?」

「確かに送ったは送ったが、あれからしばらく返事もなかった。返ってきたのは割と最近の話だ。その流れで誕生日パーティーに招待することになったが……正直、本当に来るとは思わなかったな。男爵家の三男の誕生日パーティーなんて、わざわざ侯爵様が来るものじゃない」


 確かに去年も一昨年も、エイデン侯爵がパーティーに訪れたなんて話は聞いてない。

 何で今更、とは思うけど、案外大した意味はないのだろうか。ふと思い立って手紙を送って、暇だからパーティーに参加してみることにした、とか……。


「あ、もしかしたら借金のお願いかもしれませんね? 最近の貴族って由緒だけは正しくても実は金を持ってないド貧乏が多いって言うじゃないですか。アンカーソン男爵家はその点、爵位はまあまあでもお金はたっぷり持ってますもんねえ」

「エイデン侯爵家の治める地方は裕福だと思うがな。国の宝とも言える聖女を、妻に迎え入れることを許された程の名家だ。そんな家は後にも先にもこの家だけだぞ」

「へえ? 聖女ってのは本来、神殿の奥深くにでも囲われるものなんですか?」

「ああ、本来はな。結婚した聖女はグレイス・エイデンの母親だけだ。……と、俺がかつて調べた時はそう載ってあったが……あれからずっと調べてないからな、記憶は曖昧だ」


 そう言って、彼は懐かしそうに微笑んだ。


 かつて、あたしがギルバートの病気を治したのだと、あたしが聖女の力を継承したのだと、彼は信じて疑わなかった。

 でもあの奇跡はあの時一度きりで、あれ以来あたしがそれらしい力を示したことは一度もない。あたしが嫌がるってのもあって、ギルが話題にすることもずっとなかった。


 もしエイデン侯爵が、ギルバートの病気が突然癒えたことについて話を聞きたがっているのだとしたら……?

 この地方ではあの当時随分話題になったけれど、侯爵の治めている地方は遠いから、そこまで噂が出回っていたとは考えにくい。最近になって偶然それを知って、ギルバートに興味を持った……てことなら、あり得るかもしれない。


「ま、適当に頑張ってくださいよ。何聞かれても知らぬ存ぜぬで」

「わかってる。お前は俺だけの聖女だからな。誰にもやらない」

「なッ……なんすかそれ。頭打ちました?」

「打ってない」


 ギルバートは朗らかに笑うと、ぽんぽんとあたしの頭を撫でた。


「すぐ戻る。良い子にして待ってろよ」

「ギルバートこそ、お行儀良くしてるんですよ」

「言われなくとも」


 そう言って、彼は颯爽と部屋を出て行った。

 屋敷は途端に静かになって、あたしは今まで感じたことのないような寂しさを覚えた。


「……折角、着飾ったのに」


 自分でも信じられない言葉が、ぽつ、と零れる。

 あたしは何だか馬鹿らしくなって、やれやれとバルコニーに出た。パーティーに出たいとは今も思わない。でも、ギルバートともう少し一緒にいたかったなとは……我ながらどうかと思うけど、ちょっと思っている。


 空には星が散りばめられ、月がキラキラ輝いている。

 あたしは煙草を取って、火を付けた。


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