第25話 あたしが専属メイドと呼ばれていた頃 6



 もしかしてあたしは夢でも見ているんだろうか?

 そんなことを考えてしまう程度には、この状況は酷く現実味がない。 



「うん、よく似合ってますよ。綺麗な蒼い髪によく合っています」


 連れて行かれた先は普通の服屋だった。

 ずぶ濡れだったあたしは、その店の厚意で綺麗さっぱり整えさせてもらった。服を脱いでタオルでしっかり拭いて、汚れたところは井戸の水を使わせてもらって。


 その間に、チャールズは一枚のワンピースを選んだ。


「何でもいいとのことでしたが、折角だったら貴方に合う一枚を選びたくて、随分時間がかかってしまいました」


 嘘臭い笑顔で、チャールズはしれっとそんなことを言っていた。

 爽やかな水色のワンピース。こんな仏頂面には似合わないだろって思うくらい、可愛らしいワンピースだった。


「靴もセットで、どうぞ」

「……何でサイズわかったの」

「少し見れば大体わかりますよ。ぴったりでした?」

「…………気持ち悪いくらい」

「それはよかった」


 男ってのは何でどいつもこいつもこんな気持ち悪い特技を持ってんの……?

 それともあたしがおかしいのか? パッと見てサイズのわからないあたしが異端なのか? いや絶対んなことないと思うんだけど。


 あたしは苛々しながらチャールズを睨み付けた。


「じゃ、もういいでしょ、ありがとさん。もう会うことはないと思うけど――――」

「名前くらい、教えていただけませんか? 折角のご縁ですから」


 にっこり微笑みながら、また嘘臭い笑顔でそいつは言いやがった。


「嫌だね気持ち悪い」

「気持ち悪い、ですか……。それは申し訳ありませ――――」

「あと、その敬語もやめろよ、気持ち悪いから」

「……女性にこんなに気持ち悪いを連発されたのは初めてだな」


 少し驚いたように目を丸くして、チャールズは肩を竦めた。

 その顔がまた苛つく。あたしはそっぽを向いて、さっさと店を出た。慌てた様子で、チャールズが後に付いてくる。


「気味悪いんだよ。嘘臭い笑顔で嘘臭いことばっか言いやがって。あんたの言葉は全部嘘っぱちに聞こえる」

「嘘っぱち、ですか……」

「敬語やめろってば。どうせいいとこの従者様か何かだろ。底辺の人間にそんな言葉遣いしなくていい」

「底辺? 貴方は奇妙なことを言う。他人の荷物をわざわざ川に潜ってまで拾ってくれる心優しい人が、底辺だなんて」


 別に心優しい訳じゃない。弁償になったら面倒だから、仕方なくああしただけ。

 あたしなんて所詮その程度に人間だし、そもそもチャールズのだってわかっていれば絶対拾ったりしなかった。さっさとあの場を離れて逃げていた。


「もうついてくんなってば。あたしは――――」

「そう言えば煙草を吸うんだよね? 買ってくるよ」

「は? いや――――」

「ちょっと待ってて」


 チャールズはくるっと体の向きを変えて、近くの何でも屋みたいなところに入って行った。

 姿が見えなくなって、ほっと安心すると同時に、すごく悪いことをしているような気分になる。……いや、別にあたしは何も悪いことはしてない。しつこいチャールズが悪いんだし……て言うか、チャールズってあんなにしつこかったっけ? もっとさらっとした、淡泊な感じだと思っていたんだけど。


 まあいい。とにかくこのまま逃げよう。


 そう思って、反対方向に一歩踏み出した。――――のに、そこからなかなか体が動かない。


 何を迷っているんだ? あたしは。

 まさか運命の再会だとでも思ってないだろうな? 思ってるんだとしたらとんだ勘違い女だ気持ち悪い。


 あれはただの過去。あれはただの黒歴史。

 チャールズはグレイス・エイデンを憎んでいた。役立たずの聖女だと。

 私は、それに気づかず、彼に好かれたいと必死だった。



 馬鹿な女の子だった。




「――――――待たせてごめん!」



 その時、背後から彼の声が届いた。

 小さく振り返ると、チャールズが駆けてきたところだった。「これ、もしよかったらどうぞ」と、煙草の箱を差し出す。

 あたしのいつも吸っている銘柄だった。


「君が持ってたのと同じ箱を探したんだけど、合ってるかな?」

「…………合ってる」


 ポケットからずぶ濡れの煙草の箱を取りだした時、か。

 ちらっとしか見ていないはずなのに、よくもまあ。


「買っといてなんだけど、煙草は控えめにね。あまり体に良くないんだから」

「……うっさい」

「ははっ、ごめんごめん。口煩くて――――」



「――――――――ラビ?」



 その声にハッと顔を上げた直後、酷く焦った様子のギルバートの顔が、視界に映った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る