第18話 あたしが解放奴隷と呼ばれていた頃 15



「大丈夫か? 気分が悪いか?」

「いえ……はは、何ですかね、これ。一体全体、何が起こって――――」

「力を使ったんだ、疲れているだろう。部屋を用意させるから、そこでゆっくり眠るといい」

「はは…………は? え? 何の話ですか?」


 思わずギルバートを見ると、彼は当然のように言い放った。


「きっとお前が、グレイス・エイデンの力の継承者なんだろう」


「………………………………はい? は? え?」

「お前が僕の病気を治したんだ。そうとしか考えられない。こんな奇跡が起こせるのは聖女だけだろ」

「いや、あの、何言ってんですか!? あああたしにそんな力がある訳ないでしょう!?」

「お前が気づいていないだけだ。眠りに落ちる直前、僕は銀色の光がお前から溢れるのを見た。見間違いじゃない」

「いや見間違いでしょ。寝る直前だったから意識も朦朧だったんじゃないです? 夢と現実がごっちゃになってたんですよ、どう考えても」


 あたしは声が震えそうなのを抑えながら、手近の椅子に座り込んだ。



 前世のあたしの力が、今世にも残っていた……?

 それを使ったから、ギルバートの病気は治った? そしてあたしは、なぜかグレイス・エイデンの姿に近づいた……? まるで、前世をやり直そうと抗っているかのように。



 ……いや。いやいやいや。おかしいでしょう。こんなのおかしい。

 確かにあたしは神様に祈りを捧げた。昔みたいに。いや、昔よりは多少荒っぽく。

 だからってこんな奇跡が起こるなんて…………違う、あり得ない。あたしは、聖女なんかじゃない。そんなこと、ある訳がない。


 黙り込んだあたしに、ギルバートは暢気に「まあ、お前が動揺するのもわかる」とさっさと話を進めた。


「まさかグレイス・エイデンも、こんな不良メイドに力が引き継がれるとは思っていなかっただろうし」

「……ギルバート、違いますから。あたしじゃない。絶対、あたしじゃないです」

「いいや、間違いなくお前だ、ラビ」

「違いますって! そう信じたいのか何なのか知りませんけど、あたしは何も――――」

「ラビのおかげで、僕は生き延びた」

「だから――――!」

「生き延びたんだ。お前が、お前だけが僕の隣にいてくれた。僕の味方になってくれた。それがどれだけ僕を勇気づけてくれたか、お前にはわからないか? 体が治っただけじゃない。僕は、こんな僕でも生きてていいと思えたんだ、心から」


 ハッとしてギルバートを見ると、彼は酷く穏やかな、幸せそうな顔で私に微笑みかけていた。


「僕は、お前の祈りのおかげで生き延びた。それでいいじゃないか。もし本当にそうだとしても、そうじゃなかったとしても。――――こっちに来てくれ、ラビ。僕は今、堪らなく幸福なんだ」


 昨日まで死にかけだった人間に、そんな顔をされてそんな言葉を掛けられれば、さすがのあたしも拒めない。

 そっと近づいて、彼の手を握った。……滑らかな肌。火傷の痕は、もうどこにもない。


 本当にあたしがこんな奇跡を起こしたのか、それとも違うのか――――わからないことだらけではあるけれど、今はそんな細けえことは置いといて、彼の回復を素直に喜ぶべきかもしれない。



 …………そうだ、喜ぼう。喜びに浸ろう。聖女の力なんてどうでもいい。彼が元気になってくれて、これ以上喜ばしいことはないのだから。



「……細いですねえ。細すぎですよ、ギル。これからもっと肥らなきゃ」

「食って運動すればすぐデカくなる」

「そうですねえ。……まずは何食べたいですか?」

「林檎」

「毎日食べてたじゃないですか、それ」


 小さく噴き出した時だった。

 廊下から騒がしい声が聞こえてきた。



「ああもう! 今日は折角のパーティーだったのに! 葬式なんて最悪だわ! 死ぬにしてももうちょっと空気読んでよね!」

「そこまで言うことはないでしょう母上。僕らなんて試験を休んできたんですよ」

「それこそどうでもいいじゃない!」

「よくありませんよ!」

「そうですよ、大切な試験の最終日に……。クソ、本当は来たくなかったんですよ。でも葬儀には大勢人を呼ぶからお前も来いと、父上に……」

「何か言ったか?」

「いえ、すみません……」



 女の声が一つ、それと若い男の声が二つと、男爵の声が一つ……。

 ギルバートを見ると、彼はにやっと意地悪な笑みを浮かべた。


「見てろよ。腰を抜かすぞ」


 その直後、バン、とけたたましい音とともに扉が開かれる。


「おいメイド!! 貴様は首だ! とっとと出て行――――――」

「おはようございます、父上」

「…………………………………………は?」


 男爵の目が、みるみる丸くなる。ついで顔を出した男爵夫人と、二人の子息も同様に。

 驚愕に固まる四人に、ギルバートはにっこりと柔らかな笑みを向けた。


「気持ちの良い朝ですね。おや、お久しぶりです、母上、兄上も。お揃いでどうしたんですか? 揃いも揃ってそんな変な顔をして。……何か面白いことでもありました?」


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