第12話 彼女との日々(7)


 過去の公園会議を振り返る。


「それにしても――」

 その間、雅人に一つの疑問が浮かんだ。


 なぜ、彼女は死のうとしているのか。

 彼女を見る限り、義母親に耐えているとは思ったが、

 とても怯えている様には見えなかった。

 それに今の彼女からは、死にたいと言う雰囲気は感じない。


「――まあ、死のうとしている僕が言うのは可笑しいか」

 ベンチで息を吐くと、雅人は苦笑いをした。


 僕が言えたものじゃない。

 それに僕が知る彼女は氷山の一角の様なものだろう。


 本当の彼女。

 彼女の本心。

 本当の彼女の声。

 

 欲を言えば、最期に見せて欲しい。



 待ち合わせの十分前。

 詩織が公園へとやって来た。


「お疲れ、神崎」

「ありがとう」

 大きく息を吐くと、詩織は雅人の隣へと座った。


 自然な流れで僕の隣に座る。

 僕が最も愛する存在が僕の隣に。

 夢の様な空間だった。


「塾は夏期講習とかあるの?」

 夏休みは八月に入ってから。

 無論、僕らにその夏休みは来ないけど。

「ある。その前に前期のテストがあるけどね。――八月だけど」

「……そっか」

 彼女も僕と同じことを考えている様だ。

 不思議と嬉しい気持ちが込み上げる。

「佐伯くんはこの時間まで何してたの?」

「さっきまで?」

「ええ。さすがにずっとここにいたわけじゃないでしょう?」

「そうだね。八時過ぎくらいまでゲームセンターにいたよ」

「よく行くの?」

「うん。一時期は毎日行っていたよ」

「そうなの」

 感心する様に詩織はゆっくりと頷く。

「神崎はゲーセン――、ゲームセンターに行くことあるの?」

「うーん、そんなに。誘われれば行くけど」

「あ、そうなんだ」

「あの音が落ち着かなくて」

 嫌と言いたげな顔で詩織は首を横に振るう。

「僕は逆に落ち着くんだよなー」

 彼女との相違。

 僅かばかりの悲しみが込み上げた。

「うるさい方が良いの?」

「んー、うるさい方がと言うか、何かがしっかりと動いている環境が落ち着くだよね」

 自分以外の何か。

 この世界で僕以外の何かが大きく動いているあの音が。

「……そうなのね。今度行きましょう」

 良いことを聞いた。そんな顔で詩織は頷く。

「え?」

「二人で行ってみましょう」

 恥じらいもせず、何食わぬ顔で言う。

「うるさいよ? 良いの?」

 自動ドアが開いた瞬間の騒音に、立ち去る詩織の姿を想像する。

「ええ。あなたが落ち着くなら、今の私も落ち着くかもしれないもの」

「……そっか」

 言葉に表せない納得感。

 確かに今の彼女ならあの騒音は落ち着くかもしれない。


 しばらく、沈黙する。

 二人は静かに夜空を見上げた。


 雲一つ無い。

 月の光に僕らは照らされていた。


「ねえ――佐伯くん。今週の土曜日空いている?」

 見上げていた顔を下げ、どこか不安げな顔をする。

「うん、空いているよ」

 詩織を安心させる様に彼女を見つめ、雅人は頷いた。


 今の僕はすることが特に無い。

 強いて言うなら、その日も一日中ゲームセンターでも行こうと思っていた。

 開店から夜まで。

 微糖の缶コーヒーを飲みながら、競馬のメダルゲームをやる予定だったのだ。


「それじゃあ、出かけましょう?」

「出かける?」


 いったいどこへ――。


 雅人は一瞬、死に場所だと思った。


「ええ。叶えて欲しいの」

 少し顔を赤くして、詩織は答える。

「何を?」

「私の願いを」

 詩織はそう言うと、小さく笑みを浮かべた。


 可愛い。愛おしい。

 自身に浮かび上がるこの感情。


「――うん」

 理由もわからないまま、雅人は頷いた。

 彼女は次の日程を告げると、ベンチから立ち上がる。

「それじゃあ、またね。ま――佐伯くん」

 喜びに満ちた笑顔。

 詩織は軽い足取りで公園を出て行った。


 言葉を言い換える。

 一瞬、彼女が何かを言おうとして、言い換えた様に見えた。

 まさか、彼女は僕のことを雅人と呼ぼうとしたのだろうか。


 ――そんな訳無いだろうけど。


「……叶えるか」

 彼女から知らされた曜日と時刻、それと待ち合わせ場所。


 僕に叶えられるものなのだろうか、その願いとは。

 それに彼女の願いとは何なのか――。


 もう一度、夜空を見上げ、雅人は大きくため息をついた。

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