お地蔵さまとなった”爆弾岩”はそっと少女の様子を見ている

TEKKON

第1話 ”失敗作”が見る夢

”あぁ、今日は満月なんだ。とてもキレイだ”



 雲の隙間から現れた光る月が表面の青いクリスタルを照らす。

 ここはルマルの村の近くにある森の中だが、少し離れたここからでも村の光が見えてくる。


 月の光を受けて光るクリスタルの一部はドス黒い岩石となっていて、形も従来と少し変わってしまいゴツゴツしていた。そして、クリスタルと岩の境目から光る赤いモノが僕を苦しめている。


 それはいわば”呪いの痕跡” であり、いわば聖と邪のせめぎあいだ。望んでそんな身体になった訳ではない。それなのに、なぜこうなってしまったのだろうか。


「アァ、ドウシテ……」


 ルマルの村を見ながら一人の少女を思い出し、僕はゴツゴツとした動かしにくい口を動かして独り言をしてしまう。

 あの子は明日もここに来るのだろうか。何故ここに来るのかは正直わからない。しかし、これはどう考えても良い事ではない。


 今の僕は人間に見られてはいけない存在だ。いや、むしろここにいる事自体がおかしいのだ。

 それなのに僕はまだここに残っている。ただ、こうやってルマルの村を見ているだけで良かったのに……



 そう。僕は魔王によって製造された

 岩石生体爆弾兵器、ボムロック試作強化型。



その失敗作だ。



――――――――――――――

お地蔵さまとなった”爆弾岩”は

そっと少女の様子を見ている

――――――――――――――



 僕がここで目を覚ましたのは数十年前の話だ。

 人間達がここで収穫祭の儀式を行い、巫女様と言われる人間が僕のすぐ前に座って儀式を行っていた。


 その儀式の内容を見る限り、どうやら僕は” 聖なる柱”と呼ばれるとても大きく美しいクリスタルの中にいるらしい。

 そして、同時に人間には見えない意識のようなモノだという事も理解した。



 僕という存在を生み出したのはここにいるルマルの村の人達、そして儀式をしていた”巫女様”なのは間違いないだろう。

 だから僕はあの村に恩義があるし、ずっと”聖なる柱”としてあの村を見守っていこうと心に決め長い時を過ごしていた。



 しかしその安息な日々は

 数週間前、突然崩される事になる。


……

………


 いつものようにルマルの様子を見ていると、突然大柄のモンスター達が現れた。

 ひと目でこの森にいるモンスターとはまったく違う力と恐ろしさを感じ取る。こいつらは魔王直属の “本物のモンスター"だ。


 そしてモンスター達は2メートルはある僕を力任せに地面から引き抜き、そのまま魔王の城に運んでいき、連れていかれた大部屋には様々な岩や石が並べられている。

 それらは全て普通とは異なっていて光っていたり、不思議な形をしていたり、魔力を帯びていたりと様々だった。


“やぁ。君もここに連れてこられたんだね"


 隣に置かれていた赤い岩が僕に話しかけてきた。ここにある不思議な岩、石の中には僕と同じく意識を持つモノも多かった。

 詳しく話を聞いたら、僕らは人間やモンスターには認識の出来ない“精霊“と呼ばれる存在らしい。


“僕達はどうなってしまうの?”

“ここのオーラで気が変になりそうだ!"

“怖い……誰か助けて……"


 という声がそこかしこから聴こえてくるが、その声を一瞬で打ち消すかのようにこの大部屋に魔王が現れた。


“ヒィッ!"

“こいつが、魔王……!"


 今までとは比べられないドス黒い邪悪なオーラに僕達は圧倒された。生き物では無い僕達にでもわかる底知れぬ力と恐ろしさ、そして邪悪さ。

 ここまで来ると生き物とすら思えない。そう。まさに地獄を体現した存在だ。


「ふむ……」


 魔王は集められた物を一通り見渡した後、配下達に指示を出して何かの準備を始めた。


「始めるぞ」


 それから僕達の地獄が始まった。


 魔王は配下が目の前に運んできた岩にゆっくり手を添えて、一気に大量の魔力を注入すると中の精霊が絶叫を上げた。

 それと同時に身体の輝きが奪われ、代わりにドス黒い岩石が身体の中から生えてくる。


 遂には彼は忌まわしい岩石だけの身体に成り果て、ニタニタとおぞましい笑顔を浮かべながらこちらをじっと見つめていた。


"……!?“


 この光景を見ていた僕達はただただ戦慄していた。


"あれは……“

“ボムロックだ!“


 ボムロック。それは岩石で出来た生体爆弾。衝撃等により大爆発を起こして相対しているパーティーに大ダメージを与えるモンスターだ。

 勿論、ボムロック自身も爆散してしまう為生きられない。人間からは畏怖を込めて”爆弾岩”と呼ばれているがまさに爆弾兵器だ。


“しかし変だ。あれは俺の 知ってるボムロックではない“


 彼が言うには、一般的なボムロックとは色や大きさが異なり、おそらく爆発力も桁違いだろうとの事だ。つまり、特殊な岩や石を使った強化型ボムロックを作るのが、魔王達の目的なのだと精霊達は理解した。


 ある意味死ぬより酷い最悪の結末を迎えてしまう。


 それからは阿鼻叫喚だった。モンスター達には聞こえない叫びや号泣、憎悪、絶望が大部屋の中で響き渡る。


 一部の岩はそのまま死んでしまい、大半がボムロックに成り果てる。段々と大部屋の中におぞましい大小のボムロックがうごめく地獄絵図。


 さっき話しかけてきた赤い岩の彼も、醜いボムロックになってしまった。ついに僕の番だ。


 配下のモンスターに運ばれて魔王と対峙する。手を添えられる前でもこの圧迫感。これは抵抗不可能だと諦めたくもなるが、それでも僕は最後まで抵抗したい。

 例え死ぬ事になったとしても、モンスターでは無く僕は僕のままで…… 


そして死刑執行されるように、ゆっくりと魔王の手が僕の身体に添えられる。



“!!!!”



 想像を絶する痛みが体中を駆け巡る。まるでマグマの中に入れられたようだ。更に魔王の魔力は精神まで侵食してきた。今まで体験した事の無い強い不快感に思わず悲鳴を上げる。


 魂の中に刻まれてゆく魔王の呪い。例えるなら怒り、怨念、哀しみの結晶。この世界を憎まずにはいられない狂気。きっと、この怒りや悲しみが爆発エネルギーの根源なのだろう。


 少しずつ消えてゆく意識。でも、僕は最後まで抵抗する。僕自身の為、そしてルマルの皆の為。僕はルマルの村を見守らないといけない。聖なる柱として、そして僕を生んでくれたあの巫女様にもう一度会いたい。


もう一度あの人の笑顔を見たい。


 そして、頭の中が焼き切れる寸前、どこからかあの人の声が聞こえた気がした。


「神の祝福と光あれ」


 僕はその言葉を意識を失うまで頭の中で繰り返していた。


……

………


 そして、どれ程の時が経過したのだろう。気がつけば僕は夜空の下、元の森の中にいた。

 周りにはモンスターもおらず穏やかな空気が流れている。まるで長い悪夢を見ていたかの様だ。しかし、残念ながらあれは夢ではないと身体中の痛みが訴えてくる。


 身体の所々から見える今まで無かった鈍く光る赤い筋がまるでにじみ出る血の様でありジリジリと火傷のように身体を痛めつけてくる。まるで、何かの境界線のようだ。


 そして、一番の大きな変化は極めて感覚的なモノで、見えている世界、聞こえてくる音、におい、触感全てが今までとは異なり” ダイレクトに”感じる事が出来ている。


 この感覚は間違いない。今までの意識という存在ではなく、現実の物質として存在している。


 つまり僕はモンスターとして”受肉"している。


 何故、途中で変態が止まり完全なボムロックにならなかったのか。

 何故、魔王から解放されて元の場所に戻ってこれたのか。


 それはわからないが、いずれにせよ” 僕のまま”でまたここに戻れた事を素直に喜ぶべきだろう。モンスターとなった僕は動きにくい身体を頑張って動かして綺麗な夜空を見上げた。



……

………


 そうして今に至る訳だが、この穏やかな日がいつまで続くのか、僕は不安だった。


…………


 次の日の午後、いつものように少女はここにやってきて、楽しそうに持ってきた皿に白い団子をのせていく。


「バクちゃん。ママが作ってくれた特製だんごだよ。食べて!」


 まだ幼さが残る笑顔と長い髪が印象的な少女の名前はトコという。9歳前後だろうか。


 そしてバクとは僕の事らしい。


“爆弾岩?ならお地蔵様さまの名前はバクちゃんだね!”


 勝手に名前なんてつけられても正直困ってしまう。僕は僕だ。元々名前なんて無いのだから。



「そう言えば、バクちゃんはどんな食べ物が好きなの?」


 トコは僕の顔をじっと見つめながら笑顔のまま問いかけてくる。


「ボクハ、ナニモタベナイ」


 食べるという行動を起こさない上に食欲というモノも一切わからない。ただ、人間というモノは生きるのに食事が必要な事、そして食べるという行為に楽しみと幸せを感じているのは知っている。


「そうなんだ。ママのお団子はとっても美味しいんだよっ! 食べてみて!」


 それを僕にも共有させようという気持ち。その事だけはとても嬉しい。しかし、今となってはその気持ちすらも苦しみに感じるし、この少女にはもうここには来て欲しくないのだ。僕はまた少女に問いかける。



「キミハ、ボクガ、コワクナイノ?」


「へっ?」



 だってそうだろう? 僕はもう村のみんなが愛する”聖なる柱”では無く、あの頃とは程遠い姿になっている。元のクリスタルとどす黒い岩石が入り混じった歪な岩であり、更に醜いモンスターの顔まで浮き出ているのだ。


 普通、人間がこの姿を見たら一目散に逃げ出すだろう。


 しかし、この少女は初対面の時でもそんな素振りを欠片も見せず、

「あなたはお地蔵さまね。こんにちは!」と挨拶をして、僕の経緯を告げた時も気にする様子を見せず

「爆弾岩?だったらお地蔵さまの名前はバクちゃんだね。よろしくね。バクちゃん!」とまで言ってきたのだ。


 僕はこの子の考えがさっぱりわからない。


……


 先ほどの質問の後、少しの沈黙の後に少女は話しだした。


「あのね? おばあちゃんが言ってたよ? モンスターの中には優しくて良いモンスターも沢山いるんだって」


 トコは僕の顔を見つめながら話を続ける。


「普通のモンスターは魔王の邪悪なオーラで凶暴化させられているけど、たまにそのオーラが効かないのもいて、そのモンスターは私達人間と仲良くなれるんだよ? バクちゃんみたいにね」


 ……この少女は何を言っているのだろう。この僕が?体内に強力な爆弾を埋め込まれていつ大爆発するかもわからないのに。


「それに私はわかるの。バクちゃんは悪いモンスターなんかじゃないって」


 そして満面の笑顔を見せながらトコは楽しそうに言った。

 

「バクちゃんは私達の村を見守ってくれる立派なお地蔵さまで、私の大切なお友達!」


 ……なんだろう。トコの言葉を聞いていると身体中の痛みが引いていくような気がする。僕はここにいても良いのかもしれない。そんな事すら考えてしまう。


「おばあちゃんは最期まで人とモンスター。ううん。この世界に住むみんなが仲良くなれる日が来る事を願ってた」


「……」


「私もおばあちゃんと同じように生きたい。だって私はおばあちゃんの孫なんだもん」


 トコはそう言いながらゆっくりと手を伸ばして僕に触ろうとする。予想外の行動に思わずウッと声を出したが、トコは構わず小さな手で触れてきた。


「アッ……」


 その手からトコの体温を感じる。鼓動を感じる。これが生きてるって事なんだと初めて実感した。


「やっぱり、バクちゃんの身体って 冷たくて気持ちいいね」


 僕は受肉した事に対して初めて感謝をした。


……

………


 それからもトコは僕の所に遊びに来た。とは言っても僕が喋る事はあまりなく、トコが一人で喋っているのを黙って聞くという少し不思議な時間だった。

 それでもトコは笑顔を絶やさず、僕はその顔を見て癒される。こんな時間が永遠に続けば良いのに…… とモンスターが望んではいけない事をつい望んでしまう。


 しかし。今日のトコはいつもと様子が少し違う事に気づいた。


「……トコ?」


「何?バクちゃん」


「ダイジョウブ?ナニカヘンダヨ?」


「そ、そうかな?」



 心なしか笑顔もぎこちない気がする。大丈夫かなと思った瞬間、一瞬意識が落ちたかの様にトコはフラフラと座り込んでしまう。


「トコ!?」


 トコは僕の声に反応する事も出来ず、苦しそうに肩を上げ下げして呼吸をするのが精一杯だ。

 僕は人間の身体の事はわからない。わからないけど今のトコが普通じゃない事はわかる。

 

 少し休んだら回復するかもしれないけど、ずっとここにいさせる訳にはいかない。この森はモンスターが出なくとも、それでも夜になったら弱いモンスターか出てくる可能性も0では無い。


 そもそも苦しんでいるトコを一刻も早く人間の所に連れて行く事が、重要なんだと感じている。なら、僕がすべき事は決まっている。


「……トコ。ボクニツカマッテ」

「……えっ?」


 トコは苦しそうにしながらも、僕の言葉に驚いて顔を上げた。


「ボクニ……ツカマッテ」


ズッ…

ズズッ…

ズズズッ……


 僕は、この身体を引きずるように動かして、トコのすぐそばまで近づいた。


「バクちゃん……歩けるの……?」


 本当は一歩も動くつもりは無かった。モンスターになる前と変わらずにずっとこの場所にいようと決めていた。

 いつ僕の身体が変化して完全なモンスターになるかはわからないけど、それでも1日でも長くここで村を見守っていたかった。

 でも、それより僕はトコを助けたい。早く家に帰したい。その為なら……


「オウチヘカエロウ」


「……う、うん」


 トコはまだ立つ事は出来ず、身体を引きずるようにしながら必死に僕の身体に掴まってくる。姿勢が安定したのを確認した後、なるべく揺らさないように丁寧に村に向かって歩き出した。


「ガマン、シテネ」


「……うん」


 ちゃんとした足があるのならもっと速く歩けて、もっと早くトコを家に連れて行って楽に出来るのに。初めて足の無い事を恨んだ。


「……バクちゃん」


 トコは苦しそうな声で話しかけてきた。


「ごめんね、バクちゃん。村の人には絶対見られたくないって言ってたのに……」


 泣きそうな声も混ざりながら、ごめんねという言葉を繰り返した。


「……」


 そう。僕が一番恐れていたのは、村の皆にこの醜くなった姿を見られる事だった。魔王の手によって汚された” 聖なる岩”を村の皆はどんな目で見てくるのだろうか。


 それを考えただけでも恐ろしい。

 もしかしたら捉えられてそのまま退治されるかもしれないが、それでも構わなかった。トコを助けられるのなら。


「ダイジョウブ。イインダヨ」


トコはその言葉を聞いて安心したのか、ごめんねと呟くのを止めた。


「バクちゃん、冷たくて気持ちいい。そして、暖かい……」


 僕はその言葉を聞きながら、ルマルの村に向かって歩き続けた。


……

………


 日も暮れてくる中、段々ルマルの村に近づいてきた。当然ここに来るのは初めてで

、森から見るのと近くで見るのでは随分違うんだなと感じていた。


 特に村の中央にある巨大な建物 「薬品製造所」は圧巻だ。


 ここ、ルマルの村は城から遠く離れた村であり、弱いモンスターが少ししかいない僻地だ。

 しかし、この村は定期的に城から偉い人が視察に来るくらい、国にとって重要な村となっている。


 その理由はここにしかない貴重なモノが沢山あるからだ。


 遠い昔、この辺は冷たい火を吐く火山だったとも言われており、その影響からかここでしか生えない薬草が大量にあり、その草を使って様々な薬を作っている。

 ここで作る薬は効能も効果も他とは段違いで、まさに国の生命線だとも言えた。


 更に、ここには珍しい鉱石も多く存在していて、商人や武器職人も頻繁にやってくる。

 僕が”聖なる柱”として年に一度人が集まり、収穫祭が行われるのもこの土地ならではだろう。


 そのルマルの村なら間違いなくトコを元気にする事が出来るし、また遊ぶ事も出来る。そう信じて僕はここまでやってきたんだ。

 揺らさないよう気をつけながら動かしにくい身体を引きずって歩く。そして入り口がハッキリ見えた時、そこにいた門番が大きな声を出した。



「モンスターだ! モンスターが来たぞ!!」



 その声に反応したかのように村中に鐘が鳴り響き、武器を持った人達が門に集まってくる。


「チ。チガウ。チガウンダ……」


 予想された展開だったとはいえ、実際に目のあたりにしたらとても悲しい。とても辛い。とても…… とても……


 身体の中からバキバキと音を立てて、何かが”造られる”ような、とても不快な感情が芽生えていく。

 その時、トコが村の人達に向かって、どこにこんな力があるんだと思うくらい大きな声をだして訴えた。


「違うもん! バクちゃんはモンスターじゃないもん!」


 その声を聞いて一番強そうな人が反応した。


「トコ!」


「パパ!」


 パパ? この人がトコのお父さんなんだ。そっか。良かった。家族が来ているなら

もう心配しなくて良い。僕の役割はもう終わったんだ。


「トコ。モウダイジョウブダネ」


 僕はトコに降りるように優しく促した。


「バクちゃん……」


「ハヤクゲンキニナッテネ」


 僕はトコから離れて、森へ帰ろうと後ろを向いた時、トコが泣きながら言った。


「バクちゃん、ありがとう! また遊ぼうね。きっとだよ!」


 僕はトコの言葉を聞いてこれからも遊びたいと強く思った。しかし、同時にその願いは叶うのか?とも感じていた。

 この一件で家族や村の皆に止められて、トコはもう森に来る事は無いかもしれない。そもそも僕がこのまま森にいる事すら出来るかどうかさえ怪しい。


 いずれにせよ、村人にこの姿を晒してしまった事で今までの穏やかな日々は終わってしまうだろう。

 だから、僕はトコに何を言う事も出来ず、そのままゆっくりと森へ向かって歩いた。


……

………


あれから数日。


 この前のドタバタが嘘のように、いつもの場所でのどかな日常を過ごしていた。

 村へ延々と続く地面を引きずった一本の線が、あの出来事は夢ではないという事を伝えている。


 いつもならそろそろトコが来る時間だな。と思った時、遠くから人の気配を感じた。

 一瞬、トコ!? と期待したけど、すぐにそれは違う事を悟ってしまう。それは大人の集団だったからだ。


「ほ、本当に聖なる柱だったのか……!」


 毎年、収穫祭に来てくれる村長さんが現実を嘆くように呟き、周りにいる人が先頭を歩いていた村長さんを後ろに下げた。

 代わりに先頭に立ったのは見た事のない人達。おそらく調査の為に国から派遣された専属パーティーなのだろう。

 見るからに立派な剣や鎧を装備している時点で、楽観できる状況でない事は明らかだ。


 そして、村長さんの横には同じく武器を装備している、トコのお父さんも同伴していた。


「ト、トコハ……」


 一番気になっていたトコの様子を知りたくて、僕はお父さんに話かけた。


「トコは大丈夫だ。当分は安静が必要だが、あと数日もすれば元気になるだろう」


その言葉を聞いて心底ホッとした。


「ヨカッタ……」


「私はトコの父親でラヒムという。もし君が娘を運んでくれなかったら深刻な状態になっていたかもしれない」


「ウン」


「だからお礼を言わさせてくれ。娘を助けてくれて本当にありがとう」


「ラヒム……」


 少しだけ場の雰囲気が穏やかになった気がした。しかし、気を抜く事は一切出来ない。目の前にいる専属パーティーの存在がそれを許さない。

 身体の痛みが強くなってる事、そして体内からのバキバキという音が、それをハッキリ伝えている。


「な、何よこの底知れない魔力は…‥ こいつただの爆弾岩じゃないわ!」


 僕の変化を感じ取ったのだろうか。僧侶だと思われる女性は怯えた表情を見せながら後ずさり、その言葉を聞いたパーティーは、更に僕への敵意を露わにして遂に剣を抜いてしまった。


 それにより緊迫度が一気に跳ね上がり、同時に僕の痛みも増大していく。


「ボ、ボクニテキイヲムケルノハ、ヤメテクレ」


 ボムロックになってわかった事は、物理的な衝撃だけが爆発の条件ではなく、敵意や憎悪、殺意が一定量を超えた時も条件の一つだという事だ。

 バキバキといいう音が更に大きくなり、周りにも聞こえてしまうと思った時、村長さんが間に入ってきた。


「ちょっと待ってください!」


「村長! 危険です!」


「あなた方は知らないでしょうが、元の”聖なる柱”は遠い昔、大飢饉や病から私達を救ってくれた伝説もあるんです!」


「し、しかし!」


「実際に彼は村の子供を救ってくれた。あなた方もトコの話を聞いたでしょう!?

彼はただのモンスターではありません!」


 村長の説得を聞いて、渋々剣を収めるパーティー。


「バクと言ったな 今までの事を全て教えてくれ」


 今まで村長の傍で傍観していたラヒムが訪ねてきた。


「ウン」


 僕を爆弾岩ではなくバクと呼んでくれた事を嬉しく感じながら、たどたどしくも一生懸命に今までの事を話した。


……

………


「そんな事があったとは」


「酷い。酷すぎる……!」


 共感してくれた村長さんとラヒム。


「……」


 一方、パーティーは僕の事を強力なモンスターと断定して、鋭い視線を変える事は無かった。


「お前の言う事が全て本当であったとしても、我々の、そして国の脅威である事には変わらない。お前は排除しなければいけない存在だ」


「待ってください!」


「しかし、村側の意思を尊重する必要もある」


「……」


「従って今は処分しない。しないが、お前の状態に異変が発生した場合、そして今度お前が村に来た時は、我々は容赦なく全力でお前を排除する」


 異議は認めないという強い口調でリーダーは告げた。僕は元から何を言う事も出来ないが、これが良い落とし所、むしろ寛大な処置だとも感じていた。


「無論、少女とも会う事は許さない」


「!?」


「これからもここでひっそりと見守るがいい」


 専属パーティー、そして村のみんなは振り返り、今来た道を戻っていく。僕は突き付けられたこの現実を、ただ受け止めるしかなかった。



……………



 それから更に数日が経過した。僕は変わらずここからルマルの村を見守っている。これは僕にとってリラックス出来る大好きな時間であり、欠かせない” 日課”でもあった。

 しかし、以前とは少し違った気持ちで見守っている事に戸惑いも感じていた。それは、今まで無かった “寂しい” という感情が生まれつつある事が原因だろう。


 今まで知識でしか知らなかった感情が実体となって僕を包んでいる。それはこの世界で” 受肉”してしまったから?人間と話をして今までとは違う時の過ごし方を知ってしまったから?


 それとも、トコと出会ってしまったからだろうか……



クェーッ!

クェーッ!


 その時、遠くから聞きなれない鳴き声が聞こえた気がして、まさかと僕は空を睨んでいると少しして一体の鳥型モンスターがゆったりと空を飛んでくる。


 …… こんな所にまでやってくるなんて。


 僕はボムロックになった事で他のモンスターの気配にとても敏感になっているようだ。


 奴は何度か辺りを旋回した後、元々いる場所に戻っていったが、モンスターの出没が増えている事がとても気掛かりだ。

 昼は今まで通りの穏やかな場所だが、深夜になるとどこからともなくモンスターの気配がするようになっている。

 もっとも、奴らから攻撃の意思や敵意は感じられないから、むやみに人を襲ったりする事は無いだろう。


 しかし、それなら何故こんなテリトリーから外れた僻地に来るのだろうか? という別の疑問が生まれてしまう。

 まるで、ルマルの村の事を調べているような計画的、組織的な動きに胸騒ぎがする。近い内、何かが起こるのは間違いない。


 そして、それはきっと……


「あっ。いた!」


 その時、向こうからこの重い空気を吹き飛ばすように知ってる声が聞こえてくる。もう聞く事はないかもしれないと思った声。そして、一番聞きたかった声。


「トコーッ!」


 僕は今までで一番大きな声でトコの名前を呼び、トコもその声に答えるように僕の名前を言ってくれた。


「バクちゃーん!」


 手を大きく振りながらトコが笑顔を見せながら走って来るのを見ながらふと思った。

 魔王の城につれられたあの日から今日まで色々な事があったし、その殆どが辛く、苦しく、そして悲しい事だった。


 でも、道に迷った一人の少女と出会えた事、そのあと仲良くなった事、そしてこうやって一緒に笑いあえる事がとても愛しく、かけがえのない宝物なんだ。


 あの日、動けないトコをおぶって村に行って本当に良かった。時が戻ったかのような穏やかで幸せな雰囲気に包まれながら、僕はこの時が永遠に続けば良いのにと強く願った。


………


 それから、あの日から今日までの話を聞いた。やはり村では僕の事で大騒ぎになっていたらしい。


「あれは危険過ぎる! 排除すべきだ!」

「モンスターなら人助けをする訳がない」

「聖なる柱を敬うべきだ!」


 と意見が真っ二つになり、最終的には国に事情を説明した上で専属パーティーを呼んだ。その結果が今の状況になる訳か…… やはり今の僕は忌避されるような恐ろしい存在なのかと少し悲しくなった。


 泣き声になりながらもトコは話を続ける。


「……それでね? 私もバクちゃんとは収穫祭以外会ったらダメだと言われて、とても悲しくなって……」


「ソレデ、ココニキタンダネ?」


 トコはこくんと頷く。


 僕達のような精霊と違って人間の一生はあまりにも短い。更にまだ子供のトコにとっては1年に1度しか会えないというのはとても耐えられないだろう。


「私、こんなのイヤだよぅ」


 僕に触れるトコの手が震えている。やはり人間とモンスターは友達にはなれないのだろうか。そして、僕達はこれからどうなっていくのだろうか……

 そう考えていた時、別の声が聞こえてきた。


「やはりここにいたのかトコ」


「パパ!?」


 ラヒムはとても険しい顔で僕らを見ている。

 しかし、武器や防具は持っておらず、私服のまま来ている事が嬉しくもあった。


「こんな所を村の皆に見られたらどうなるかわかっているのか?」


「で、でもパパ!バクちゃんはとても良いお地蔵さまで、命の恩人で、私の友達で……!」


「そんな事はわかっている。それでも今は会ってはいけないんだ。それに……」


 そう言いながらラヒムは僕の方を向き、とても鋭い目で睨んできた。


「……ッ!」


「バクに聞かなければいけない事がある」


 身体の痛みが一瞬強くなるのを感じる。彼が話してきた事は、最近感じていた懸念、不安と同じだった。


「最近、村の近くでモンスターの目撃談が急増している。それはお前の存在と関係するのか?」


「……」


 勿論、僕が意識してモンスターを呼んだり集めたりは一切していない。

 しかし、話を聞くと目撃談が増えだしたのは僕がボムロックになった時期と被っている事、更に気が付けば魔王の城からここに戻っていた事実がどうしても一つの疑惑を生んでしまう。


 意識せず魔王に利用されていた可能性。そして今も利用されている可能性を。


 僕は知っている事を全てラヒムに教えた。こちらでもモンスターの急増を確認している事やモンスターの気配を感じる体質の事。そして、モンスターがルマルの村を襲撃する可能性がとても高い事を。


 「えっ!?」と驚くトコと「やはりそうか」と唇をかむラヒム。

 

 ラヒムが懸念していたのは村の中央にある製造所の存在が魔王に知られてしまう事だった。


 実際に最近似た事があったらしく、希少金属が掘れる鉱山町がモンスターの大集団に襲われて壊滅的な打撃を受けたらしい。


 魔王は攻勢を強めて一刻も早くこの世界を手中に収めようと目論んでいる。そう考えたらボムロックの強化版を作ろうとしているのも当然の事なのかもしれない。


 それを聞いて僕は覚悟を決めてラヒムに今すべき事を伝えた。僕の話を伝えて大至急戦力を増強する事。モンスターに入り込まれた時の為に村人の避難の方法と経路を決めておく事。偵察により村の戦力はバレてるので城にも増援を要請する事。


 そして……


「トコ。ラヒムトハナシガシタイ」


「へっ?」


「……トコ。もうお家に帰りなさい」


 ラヒムは僕の意図を察してトコに帰るように促したが、首を横に振ってそれを拒否した。


「ねぇ。バクちゃん。答えて。もしかして変な事考えてない?」


「……」


 その問いに何も答える事が出来ず黙り込んでしまう。


「やっぱりそうなんだ。そんなのダメ!絶対ダメだからね!」


「トコ……」

 

 こんなに怒っているトコは初めて見た。


「ボムロックだか爆弾岩だか知らないけど、だからって死んでいい事にはならないんだよ!」


 大粒の涙をポロポロと流しながら話を続ける。


「バクちゃん約束して。死なないって」


 トコは真剣な顔で僕の目を見る。そんな目で見つめられたら嘘をつけない。ついてはいけない。でも……


「ボクハシナナイ。ズットイッショダヨ」


 ごめん。それでも僕は嘘をつくよ。自分の命なんかより村の皆の、そしてトコの命がずっと大事なんだ。


「……きっとまた遊ぼうね。絶対だよ!」


 そう言いながらトコは表情を一切緩めずにそのまま村に向かって歩き出した。


「トコ……」


 その後ろ姿を見て心が引き裂かれそうになる。しかし、それでも僕は……


「……」


「……」


 そして、残った僕とラヒムは無言でお互いの顔を見ている。


「それでも本当にする気なのか?」


「ウン」


 先に口を開けたラヒムに対し、僕もその言葉にハッキリと答える。


 これから戦力増強しても急場しのぎだろうし、今から離れた城へ増援を要請したとしても間に合うかどうかは微妙だ。だとしたら、僕も戦わないといけない。そして僕が戦うという事は……


「……わかった。しかしこれは最後の手段だ。 我々人間だけでルマルは守ってみせる。バクは村を見守ってくれるだけでいい。トコと一緒にいてやってくれ」


 そう言ってもらえるだけでも嬉しい。


………


 それから作戦の打ち合わせを始める。これは人間側との連携が一番肝要で、些細なミスで台無しになってしまうのだ。


 大まかな作戦が出来上がった頃、不意にラヒムは表情を緩めた。


「そっか。やはりお前は聖なる柱なんだな」

「ン?」


 予想外の言葉に僕は少し戸惑ってしまう。


「トコから聞いてるかもしれないが、私の母は遠い昔巫女をやっていてな、よく言っていたんだよ」


「……エッ?」


「聖なる柱の中にはとても強くて優しい神様が住んでいるのよと。だから、村のみんなはずっとこの柱を大切にしないといけないのよ、と……」


 ラヒムは少しだけ声を震わせながら話を続ける。 その話を聞いて僕は全てがわかった。トコの強さ、優しさがどこから来ていたのか。そして、どうしてトコの事をかけがえのない人だと思ったか。


 岩石の瞳から流れる筈の無い、一筋の青い光が流れ落ちる。


「ソウダッタンダ」


 あの巫女様はトコとなって僕に会いにきたんだ。一緒に会いに来てくれたんだ。

今流れている涙は僕を僕でいさせてくれた巫女様へのお礼。そして今まで生きてきた証だ。


………


 それから更に数日が経過した。モンスターの気配は日増しに増えていき、ついに昼間でも感じるようになってしまった。

 そして、気配と共に奴らから殺意も感じ始めている。もうすぐ奴らは動き出すだろう。


 もう少し時間があれば城からの大規模な増援が間に合ったかもしれないし、女子供の隣町への避難も出来たかもしれない。しかし、この僅かな時間でも出来る事はたくさんあった筈だ。


 僕は長い間ここで人間の逞しさや優しさ、そしてみんなが協力して問題を解決していく強さをよく知っている。だから大丈夫。きっと大丈夫だ。僕はそう思いながら村を見守っていた。


 そしてその日の深夜、運命は動き出した。


 大小合わせて数十体のモンスターがいくつかの集団になり、ルマルの村に一直線で突っ込んでいくのを感じる。村一つ襲撃するには多すぎる数で、集団というより軍隊とすら思える。


「……コレホドトハ」


 奴らの”圧”に思わず声を出してしまう。まるで” 暴力の濁流”だ。そしてモンスターとはここまで組織的に動けるものなのかと恐怖していた。


 おそらく奴らを率いている幹部クラスのモンスターがいるのだろう。ここまで本気で攻め込んでくるという事はこの村の価値が知られてしまったのだろうか。

 その原因を作ったのは僕かもしれない。もしそれが事実だとするのなら一人も死んでほしくない。


いや、死なせない。


 その為ならこの命を投げ出しても構わない。村のみんなを救う為なら喜んで投げ出せる。


「……ラヒム」


 だから僕は友人からの合図を待つ。全てのモンスターじゃなくてかまわない。数を半減させる事が出来たら、あとは村に滞在しているあの専属パーティーが何とかしてくれる。僕は彼らの力を、そして村のみんなの力を信じている。


…………


 一方、ルマル村のラヒムは深夜にも関わらず急ピッチで防衛の準備を整えつつあった。警戒の鐘が鳴り響く中、武器を持つ者は最前線で襲来に備え、その他の男は既に構築してあった陣地で投石器の準備を進め、戦えない女性や老人、子供は安全な所に避難を始めた。


 その光景を見てパーティーのリーダーはラヒムの手際の良さに感心すると共に、村の人があの爆弾岩、いや” 聖なる柱”をどれだけ信仰していたかを痛感していた。


 もし、村人達がバクの言う事を疑って対策をしない、もしくは決定に時間がかかってしまっていたら、深夜の襲撃で大混乱したまま蹂躙されていただろう。確かに色々ありはしたものの、やはりルマル村にとって聖なる柱は大切な存在なのだ。


 城からの増援は間に合わなかったものの、隣町からの武器、支援物資の調達と一部の人ながら村外退避も間に合った。限りある時間を有効に使い、今出来る事を全てやった結果だ。


「ここまでは予定通り。あとは魔王軍がどれだけの規模で来るかだが、もし監視兵の言う通り鉱山町襲撃並だとしたら……」


 最後まで持ちこたえられない。 口に出すのも恐ろしい結末を予想してしまう。

 その時、遠くからモンスター達が突進してくる地響きのような音と咆哮が聞こえ、同時に監視兵から悲痛な声が飛び込んでくる。


「大型モンスター発見!正面と左右の橋から合わせて…… 20体以上!」


 20!?


 鉱山町襲撃を上回る最悪の数字を聞いて、戦い慣れていない村民達は狼狽えてしまう。


「恐れるな!奴らは烏合の衆だ!ここには俺達がいるんだぞ!」


 場を落ち着かせようと叱咤するリーダーを横目に、ラヒムはバクがいる森を見ながら一人呟く。


「……すまん」



………………



「アッ!」


 戦いが始まった。とうとう始まってしまった。


 ここは村から離れているから細かい様子を見る事は出来ないが、村の雰囲気と感じてくるモンスターの様子で大体の予想は出来る。

 

三方向から一気に突っ込んでいくモンスター達に対して正面から食い止めるラヒム達、そして罠や大型の投石器で援護する村の人達。


 モンスター達は想定外の抵抗によりたじろいているのを感じるが、今は優勢だとしても元々の戦力差は大きい。時間が経過すればする程人間側が不利になっていくだろう。


 だから動くとするなら今だ。一気にこちらに押し込んでくれたら被害を最小限に食い止めながら全てを終わらせる事が出来る。ラヒムにその事は伝えているし長期戦が出来ない今の状況も理解している筈だ。


 僕を戦わせないようにしてくれるのは嬉しい。でも、そんか事より人を死なせない事が遥かに重要なんだ。


「ラヒムー!」


 僕は聞こえないとわかってても、叫ばずにはいられなかった、が。


………ドンッ


 その声が届いたかのように村の方角から何かが打ち上げられた音がして、その数秒後に季節外れの一発の花火が炸裂した。その花火は村と森の周辺を明るく照らし、僕はそれを見てゆっくり頷く。


「ソウ、ラヒム。ソレデイインダ。アリガトウ」


 これこそが事前に決めていた作戦開始の合図だ。

合図の後、村の方では総力を持ってモンスター達を一気にこの森まで押し込むように動き、可能な限り誘導したと判断した時、次の合図が来ることになっている。それから僕の出番だ。


「……」


 本当はもっとこの村を見ていたかった。トコやラヒム、村長さん、村の人達全てを

見ていたかった。だからこのような事になった事がとても悔しく、辛く、そして悲しい。しかし、それはあのモンスター達に捕まった時点で到底叶わぬ夢だったのだ。


 今はまだ大丈夫だとしても、いつの日にか完全なモンスターとなって人に危害を与える事になっていただろう。それくらいこの “呪い”が強力で恐ろしい物なのを今も味わっている。


 なら、このタイミングで死ぬのがベストだ。どうせ死ぬなら人の役に立って死にたい。


「……トコ」


“きっとまた遊ぼうね。 絶対だよ!”


 という最後にトコと交わした約束は残念ながら果たされないけれど、大人になったら許してくれるよね? トコは強くて優しい子だから。


…………


「ぬおおおおおぉ!」

「今度は向こうから来る!」

「早く石弾を準備してくれ!」


 一方、ラヒム達は無数に押し寄せてくるモンスター達を上からの投石や罠で動きを封じたり、時には真っ正面から力で抑えて村に入れるのを防いでいた。守るだけなら当分は持ちそうだが、それは敵が人間側の予想外の抵抗で戸惑っているだけだ。


 このままだと突破されるのは時間の問題という事実は変わらない。だから、その事実を変える為に私達は村から外に出る。” 数分だけ森まで後退させる”為に持っている戦力を全て投入するのだ。


 陣地という地の利を捨てて戦うのはとても危険なのはわかりきっているが、私達はやらないといけない。それがバクとの約束なのだから。


「いくぞ!俺達に続け!」


 パーティーは先頭に立って外にいるモンスターに向かって攻撃を仕掛ける。強力な呪文が魔法使いの手から放たれて目の前の中型モンスター数体を吹っ飛ばし、リーダーの剣が大型モンスターの腕を豪快に切り落とす。


「うおおおおお!」


 ラヒム達もその横から現れる無数のモンスターに対して攻撃をしかけていった。



……………



ドドドド……


 最初の花火が上がってから数分が経過して、少しずつこちらに向かって来る足音が大きくなってきた。


「ラヒム、ガンバッテ」


 あれだけの数のモンスターを押し返して、一時的にも大きく後退させるのは並大抵なことでは無い。今、沢山の人間が死力を尽くしてモンスターと戦っている。僕はその決死の行為に答えなければいけない。僕は改めて覚悟を決めた。


……………


 一方、ラヒム達はただがむしゃらにモンスター達に向かって攻撃を繰り返していた。マジックパワーや薬草も一切出し惜しみをしないこの戦い方は、すぐに攻勢限界点を迎えるのはわかっているが、今はただ、ゴリ押しで目の前のモンスターを後退させる事だけを考える。


「もう少しで目的ラインに到達出来る。そうすれば……!」

「右から新たな大型モンスターの集団が!」

「何っ!?」

「予備戦力の投入…… いや、敵のリーダーと直衛モンスターか!」


 このタイミングでの増援は非常にまずい、少しでも攻勢が崩れたら総崩れする可能性すらある。


「どうすれば……!」


 悩むラヒムの元にリーダーがやってきた。


「怯むな。 これが最後の踏ん張りどころだ! 奴らは俺達が何とかする。20秒だけ食い止めてくれ!」


 そう言うと、パーティーは向かってくる新手の前に立ちはだかり、リーダーと魔法使いは長文の呪文詠唱を始めると二人の周りを巨大な魔法陣が包む。


「こ、この呪文は…… まさか伝説の!?」

「これで俺達のマジックパワーはスッカラカンだ。まさか、これを使う羽目になるとはな!」


リーダーと魔法使いが同時に叫ぶ。


『超級電撃天驚弾(ファイナルローリングサンダー)!!』


 その瞬間、二人の腕から強力な雷撃が広範囲に放たれ、敵の援軍を半分無力化する事が出来た。更にこの威力に気圧されたか他のモンスター達も動揺している。


「今だ! 一気に目標ラインまで押し込め!」


 ラヒムはこの機を逃さないと檄を飛ばし、悲鳴を上げる身体にムチを打って更に前進を続けた。


……

………


 そして、激闘の末に大半のモンスターを目標のラインまで後退させる事に成功する。


「火をつけろ!」


 ここで人間とモンスターの間に多量の火薬や引火性の液体を散布して、そこに魔法使いが火球をぶつけ大火災を巻き起こす。

 無論、モンスターをせん滅するほどの量は無く、あくまで足止めを目的としたものであり、更に数分しか持たない一時しのぎだ。しかし、今回はそれで構わない。


「よし、作戦終了だ。バクに合図を送れ!」


 あとはバクに任せてここから一刻も早く退却する事だけを考えよう。これがあいつの望みなのだから。


「……バク。 もっとお前と話をしたかったし、母やトコの今までの話もお前に聞かせてやりたかった。とても残念だ」


 ラヒムは走りながらも流れる涙を抑えきれない。



……………



ドドドドド!



 そうしている内にも音は急速に大きくなり、僕の目でもモンスターの実体が視認出来るようになった。


「アッ!アイツダ!」


 僕はその中に見た事のある大型モンスターを発見した。恐らく指揮をとっているであろうあのモンスターは、間違いなく僕を魔王の城へと運んだ奴だ。


 それを見た瞬間に、身体の中からバキッ!と大きな音がした。 身体中の痛みも赤い光も強くなり、高揚感すら感じ始めている。この初めての違和感、そして恐怖。間違いない。


 “僕の中で何かが蠢いている“


 そうハッキリ認識した瞬間、空に向かっていく無数の光が見えた。そして、それはとても大きな音で鳴り響き、綺麗な夜空に大量の大輪の輪を咲かせてゆく。


「ミンナ……」


 それを見て僕はとても嬉しくなった。予定されていた2回目の合図は1回目と同じく花火一発の筈なのに、実際は数え切れない程の花火が打ちあがった。 これの意味する事はただ一つ。



ありがとう

さようなら



 という人間からの最後のメッセージに他ならない。

 これは最高の"お別れの言葉"だ。


 パラパラと花火が散り、空が元に戻ると同時に、今度は森の一角から出る赤い光が辺りをゆっくり包み始めた。言うまでも無くなくその光は僕の身体から発する怨念の光。広範囲に死を撒き散らす絶望のカウントダウンだ。


 爆発を封じるタイミングは既に過ぎている。ようやく僕の存在を知ったモンスターが、人間側の目論みに気づいてももう遅い。使えない失敗作だと無造作に捨てた爆弾岩、いやボムロックをずっと放置していたお前らの最大の敗因だ。


 これは魔王への“なめるな!” というメッセージだ。人間や僕達精霊を簡単に滅ぼす事が出来ると思ったら大間違いだという事を思い知るがいい。


 身体から赤い光が溢れ出し、クリスタルの美しい身体は醜くドス黒い岩石へ塗り替えられていく。身体が猛烈に熱い。頭が焼き切れそうなくらい痛い。そして心がドス黒く染まっていくのが恐ろしい。 今、僕を動かしているのは怒りと憎しみ。お前らモンスターや魔王への憎悪だ。


 幹部モンスターが僕を睨みつけて「貴様……!」と殺意を込めて呟く。

 その反吐が出るような顔を見ていると段々と口角が上がっていく。おそらく今の僕は魔王の城でボムロックとなった仲間と同じ表情をしているだろう。


 意識が薄れていく。心がドス黒い呪いに包まれていく。そして呪いの底から” 何か”が生まれてくる。この世界すら焼き尽くしてしまいそうな“何か”を。


「……うおおおおおおぉ!」


 もう逃げられないと悟った幹部モンスター達は、大爆発する前に僕を殺そうと一直線に向かってくる。


「オマエヲ、コロス!!」


 最後の力でそう叫んだ瞬間、身体の中で何かが弾けた。そして、それは急速に広がり周りを包んでいく。


………………


 これで、終わる。僕の短すぎる生涯も、人間との穏やかな日々も。


 決して人間と交わる事のない精霊として生まれながらも、受肉した事により交流が生まれて、最終的にはこの手で人間を救う事すら出来た。

 そっか。そうなんだ。僕は幸せ者だったんだ。


 でも、トコに会えないのが心残りだし、あの別れ方が最後というのは本当に悲しい。もう一度会いたい。話したい。あの温かい手で触れてほしい。


「トコ…… ごめん」



 そう思った時、どこからか「大丈夫よ」と、巫女様の声が聞こえた気がした。


……

………


ゴゴゴゴゴゴゴ!



 モンスターを森に足止めさせて、村に戻る途中のラヒム達の後ろから今まで見た事のない強烈な光と衝撃、そして激しい振動が遅いかかってきた。


「な、何だ!?」

「うわああああ!!!」

「キャアッ!」


 その衝撃に立つ事すら出来ず、地面に這いつくばる。


「い、一体…… グアッ!!」


 リーダーがその態勢のまま後ろを振り返った瞬間、今度は煙や土砂が襲いかかる。


「これが奴の爆発だってのか!」

「そ、空を見ろよ、オイ」

「あ、あれは……!」

「夜中の夜明け……?」


 夜中だというのにわずかの間、空がほのかに光っているように見えた。この異常現象による恐怖と混乱が人々を包み、モンスターも恐れをなして一目散に逃げ出していく。


「バク、お前はやってくれたんだな」


 ラヒムは想像を遥か超える爆発に驚きはしたものの、特別な恐怖は感じていない。これはバクによって起こされた事である以上、恐れる理由は一切無いのだ。


「本当にありがとう。そして……」


 ラヒムは涙を流しながら黙とうをするようにゆっくりと目を閉じた。


……


 一方、村の方にも同じく強烈な音と衝撃と振動が村を襲う。老朽化していた建物の一部が損壊して飛んできた土砂や破片で怪我する者も多く、あまりもの光景に思わず死を覚悟する者もいた。


 その後も不思議な事は続く。爆発の余波も収まってようやく状況が落ち着いた頃、今度はキラキラとした青い光の欠片が辺りに降り注いだのである。その光景を見た人々はそれぞれ別の印象を抱いた。


「今度は一体なんだ!」

「大丈夫なの!?」

「綺麗。星が降ってくるみたい……」

「……」


 度重なる謎の現象にみんなが動揺している中、トコだけはその光の正体を知っている。製造所の中に避難していたトコは、窓から見えた青い光を見た瞬間、部屋から飛び出して建物の外で立ち尽くす。


「バ、バクちゃあぁぁん!」


 空を見上げるトコの涙は止まらない。


「バクちゃぁぁあん!こんなの嫌だよ。どうしてよ。バクちゃぁぁあああん!!」


 青く美しい光が降り注ぐ幻想的な空の下、一人の少女はずっと泣き続けた。


……

………



”……大丈夫だよ。トコ”


 その時、誰かが”聞こえない声で”少女に話しかけてきた。


「へっ?」


 空から親指大の青いクリスタルが、意思を持ったかのようにトコの近くにゆっくり舞い降りてゆく。


「バクちゃん!」

“トコ!”


 爆発により魔王の呪いから解き放たれた汚れの一切無い清らかなクリスタルは、大好きな少女の手の平に包まれる。


“これからはずっと一緒だね”

「うんっ!」


 他の人には聞こえない声を聞きながら嬉しそうに少女は笑い、クリスタルは月の光を受けて優しく光る。その光はとても喜んでいるように見えた。



……………


 一方、悪夢の夜が明けて、森の様子を目のあたりにした時人々は恐怖していた。たった一体のモンスターにより森の一部が吹き飛んでいたからだ。

 従来の爆弾岩とは比較にならない圧倒的な破壊力を持つモンスターの出現により、今までの戦いが一変するという事を突き付けられている。


「さて、これからどうしようか」


「まずは城に戻って報告しないといけないな」


 リーダーとラヒムは爆発の痕を確認をしながら淡々と話しているが、それは疲れ切った身体を早く休めたいという気持ちが勝っているからだろう。

 20体以上のモンスターによる襲撃という、過去にない戦いに勝利した事はとても大きな意味を持つ。


 しかし、それはあの爆弾岩がいたからだ。もし彼がいなかったら今頃ここはモンスターにより廃墟と化していただろう。そう。バクがいなければ……


 その時。ラヒムの元にトコがやってきて、信じられない事を言いだした。


「パパ!バクちゃんが帰ってきたよ!」


「なんだって!?」


「……ほらっ!」


 トコがゆっくり両手を広げると、そこには青く輝くクリスタルがあった。


「これが、あのバクだって……?」


「うんっ!」


 トコ以外誰も声を聞く事も出来ない、この小さなクリスタルが生きているとは信じがたいが、良く見ると僅かに光り方が時々変わっているのがわかる。おそらく気分や感情でかわるのだろう。


「バクちゃんが『村を救ってくれてありがとう』 だって!」


 トコのその言葉で、バクの話は本当だと確信した。バクはそういう奴なのだと知っているからだ。


 これから世界がどうなっていくのかはまだわからない。しかし、今はただこのルマル村がモンスターの脅威を退けられた事を聖なる柱、いや、バクに感謝しよう。



ー これからもずっと、このルマルの村を見守ってくれますように ー




----- 完 ----

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お地蔵さまとなった”爆弾岩”はそっと少女の様子を見ている TEKKON @TEKKON

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