第4話 不謹慎だと気付く。

「正直者は馬鹿を見るってあるじゃないですか」


「ははっ、オレのことだろ?」


「はい。でも私の場合『正直者は』ですよ。テストには出ませんが覚えてください。私の『トリセツ』ですから。フフッ(圭ちゃんかわいい……)」


 圭に『かわいい』と言われて動揺した心がようやく落ち着いた。

 圭的には『かわいい』から『ちゃん付け』しているというなら、そこは素直にうれしい。見た目どおり麻莉亜まりあは素直だ。


(子供扱いされているって思ってた……やっぱ、圭ちゃんは圭ちゃんだ!)


 些細なことでも麻莉亜まりあはうれしいし、幸せを感じる。さすが『良き妻であり賢い母』予備軍だ。今を大事にできる娘なのだ。


 確かに圭は麻莉亜まりあを子供扱いしているが、世間一般に言う『子供扱い』とは少し違っていた。


 自分より年下で女子で幼さが残る麻莉亜まりあを癖でそうしてきたが、それは幼馴染として大事だからという部分が大きい。


 そのことが麻莉亜まりあは理解できたので『ちっちゃな不満』は雲が消えるようになくなり、晴れ晴れとした気持ちになった。気分がいい麻莉亜まりあはおしゃべりになる


「私、地味ですよね!(知らないかも知れませんが!)」


 あっ……自覚あったんだ。けいは密かにホッとした。髪はお下げの三つ編みで前髪で目元を隠し、そのうえ眼鏡だ。


 しかも、眼鏡がそこはかとなく野暮ったい。ピンクのフレームがなんとも子供っぽい。いや、圭としては麻莉亜まりあっぽくていいなんて思っているが、あくまでもこれはフォローだ。


 当然けいとしてはこう言うしかない。


「そんなことないよ」


 幼馴染とはいえ、それほど絡みのなかった麻莉亜まりあにいきなり『そうだな、うん。やっぱ、地味』とは天地がひっくり返っても言えない。


 けいの半分はどこかの医薬品と同じく、優しさと優柔不断さで出来ている。


 しかし意外にも麻莉亜まりあはプクリと膨れた。自分自身で地味だと自覚がある。なのに、この返事はけいが本音を言ってないと思った。


(さっき『正直者は得をする』って言ったばっかりなのに~~わたし地味だもん~~自覚あるもん~~圭ちゃんなんか、ぷいっだ!)


 それと、もしかしたら気を使われているかもと思うと、ほんの少し自尊心が傷付いた。だけど、圭の言葉全部が気を使ったり建前たてまえばかりじゃない。


 眼鏡を外しコンタクトになり、髪をほどいた麻莉亜まりあは『おさな女神』なのだ。地味でしょと問われたら『そんなことないよ』と答えるのは気を使ったからではない。本心だ。


「う〜〜ん、そうだ! 客観視するためにさっきの写真を見ましょう。自撮りした」


 そう言って通りに面した公園の入り口に立ち止まる。手招きされるまま近づくと不意に麻莉亜まりあのシャンプーの匂いがした。次女沙世さよのさっぱり柑橘系の匂いとは違い、甘く優しい匂いだ。


 圭はまるで心臓を鷲掴わしづかみされたような緊張感に生唾を飲む。


「ほら、圭ちゃん。見てください(ちょいちょい)」


 さっき撮ったばかりの自撮りの写真を突き付け、再びぷっくりと膨れる。


「どうですか、思ったことちゃんと言ってください。今度同じこと言ったら私怒りますから(ジト目)」


 圭は生まれて今まで麻莉亜まりあの怒った顔を見たことがない。実のところ麻莉亜まりあは既にほんの少し怒っているのは内緒だ。


 男は外に七人の敵がいるという。少しくらい腹が立ったからと言ってもスマイルがモットーな麻莉亜まりあであった。流石は『良妻賢母』と言いたい。


 いや、と本気で驚いた。それくらい麻莉亜まりあが怒ったところを見たことがない。圭はむしろ『怒られたい』と思った。


「ん……地味というか……」


「はい。思ったことちゃんと言ってください(ドキドキ)」


 麻莉亜まりあの催促に圭は腹を決める。


「妹……かな? 妹とお兄ちゃんって感じ」


 恐る恐る行った言葉にこれまた意外にも、麻莉亜まりあはケラケラと笑った「ホント、それです!」と。


 どうやら笑いのツボに入ったらしい。麻莉亜まりあは散々笑った。目の淵に涙が溜まるほど。


(こんな笑い方するんだぁ)


 思えば麻莉亜まりあの笑い声もそんなに聞いた記憶がない。彼の母親の注文で撮ったツーショットもふたりの初めての写真だ。


 麻莉亜まりあは散々笑った。見せたことない笑顔で、笑い声で、圭の肩まで叩いて笑った。圭は驚いたけど、うれしい誤算だ。


 笑う麻莉亜まりあは姉妹の誰よりもかわいいと思った。



 ***

「あの、圭ちゃん。私聞いちゃったんだ(すん)」


 麻莉亜まりあは公園の入り口でモジモジする。顔を赤らめる幼馴染を圭は直視できない。頑張って「なにを?」と聞き返すのがやっとだ。


「あの日ね、ほらお父さんたち飲み会してたでしょ、ウチで」


『少子化対策ご近所会議』は麻莉亜まりあの家で開催されていた。そこに圭が緊急招集を掛けられたのだ。


 麻莉亜まりあはその時の話をしている。


「圭ちゃん来たの見たんだなぁ……内容もちょっと聞こえちゃってて」


 麻莉亜まりあの顔は真っ赤でパンパンになって照れていた。圭にとってその反応も見たことのない麻莉亜まりあだった。


「聞いてたんだ」


「うん、ごめん。立ち聞き。趣味悪いよね……ごめんなさい(ペコリ)」


 自虐的に笑う麻莉亜まりあに「そんなことない」と慰めてみるが、圭は圭で余裕がない。それが証拠に手汗がびっしょりだ。


「あのね、私地味じゃないですか」


 上目遣いで圭を伺う。自分の顔が真っ赤になってるのを感じながら。


「うん」


 ひとつ忠告するとこんな時は『うん』じゃない『そんなことないよ』がオススメだ。


「もう! ! 圭ちゃん、デリカシー‼」


 ほら……麻莉亜まりあはポコポコと圭の肩を叩く。真っ赤な顔して抗議する『おさな女神』の行動は圭にとってはご褒美でしかない。


 圭は心の底から『おさな女神』にもっと怒られたいと思った。不謹慎な男子だ、ホントに。




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