第5話 壊れた関係

 病院のベッドで横になりながら窓の外を眺めると、一本の木が目に入ってくる。

 あの木の葉っぱが全て落ちた時、きっと僕の命も──なんて、冗談言ってる場合じゃないよね。


 隣には、裕二が難しい顔をしながら、じっとこっちを見つめている。


 観覧車で僕が心臓発作を起こした後は、それはもう大変だったらしい。

 観覧車が下についた時、川井さんは泣きながら、気を失った僕を引きずるように外に出した。そこに、僕たちの様子を伺おうと待機していた裕二がやって来て、すぐに救急車を呼んでくれて、緊急入院。そうして今に至るというわけだ。


 川井さんには簡単な事情を話して帰ってもらって、今病室には僕と裕二の二人だけ。

 すると、今まで黙っていた裕二が、ポツリと呟く。


「もうやめよう、お前にキュンは無理だ」


 そう言った裕二の顔は、今にも泣き出しそうだった。


「お前の心臓、心の変化によって悪くなるんだろ。今回のだって、それが原因だろうって病院の先生が言ってた。俺は、お前が本気でキュンとしたいなら、協力してやろうと思った。例え、それでお前が誰かと付き合うことになったとしても。お前の命が危ないことになったとしても。けどやっぱり無理だ。倒れたお前を見て、怖くなった。協力したことを後悔した。もう二度とあんな思いをするのはごめんだ」


 それは、本気で僕のことを心配しているからこその言葉。それはわかってる。僕のしたことで、裕二をどれだけ不安にさせたかもわかるつもりだ。

 けれど、それでも僕は頷くことはができなかった。


「けど僕は、どうしてもキュンとしたい」

「そんなことになったら、今度こそ死ぬかもしんないんだぞ。だいたい、川井さんがあれだけやってもキュンとならなかったんだ。どうするって言うんだよ」

「それは……」


 観覧車で見た、川井さんの寂しそうな顔が頭をよぎる。あんなに協力してもらったのに、僕はキュンとできなかった。それに、川井さんを傷つけてしまった。これからもキュンを求めるなら、また同じように誰かを傷つけてしまうかもしれない。


 それなら裕二の言う通り、諦めた方がいいのかもしれない。頭ではわかってる。けど……


「それでも、僕はキュンとしたい」


 最初は、ただの興味本位だった。

 だけど、裕二や川井さんに協力してもらって、それでもダメで、川井さんを傷つけた。それで、じゃあ無理だと諦めたら、今までやってきたことは何だったのか。ここまでして得られたものは何も無かったのか。そう思うと、このまま投げ出すのが怖かった。


 それともうひとつ。確かに僕は、まだキュンとすることができてない。けど、裕二を見て、川井さんを見て、何かが掴めそうな気はしているんだ。


 この思い、裕二にもわかってほしかった。今までみたいに、一緒にキュンを探してほしかった。

 だけど、裕二の表情は固いままだ。


「ああそうかよ。じゃあ勝手にやれ。俺はもう協力しねーからな!」


 叫ぶ裕二の声が、肩が、小刻みに震えている。そして目には、薄っすら涙が浮かんでいるように見えた。


 裕二とは、小さい頃からずっと一緒だった。だけど、彼のこんな様子は一度だって見た事ない。

 そして、そうさせたのは僕だ。


 何か言わないと。そう思ったけど、言葉が出てこない。そして裕二は、そんな僕に背を向けると、そのまま病室から出ていってしまった。


「裕二……」


 ズキリと胸が痛む。この痛みは、心臓が悪いから? それとも、別の何か?

 いや、今は理由なんてどうでもよかった。川井さんに続いて、裕二まで傷つけてしまった。その事実が、僕の肩に重くのしかかる。


 やっぱり、キュンとしたいなんて、そんなワガママさっさと捨ててしまえばよかったのかな。

 ついさっき決意したばかりだってのに、早くも気持ちが揺らいでしまう。


 その時だ。傍らに置いてあった僕のスマホが鳴り、メッセージを受信したことを伝える。


 こんな時に誰だろう。ボタンを押して相手を確認すると、そこには少し前まで一緒にいた彼女の名前が表示されていた。


 川井さんの名前が。

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