最終章 新刊出来

 開店前の有隣堂伊勢佐木町本店で、細川は黙々と雑誌を片付けていた。人気の無い薄暗い店内にラップ音が響き渡っている。

 店内で一番目立つこの雑誌の棚に、今日から『プリクラ王国へようこそ!』を陳列するのだ。雑誌をどかした棚に日販の段ボール箱から取り出した『プリクラ王国』を並べていく。


「本屋さんのゆるキャラグランプリ」の後、伊勢佐木町にやってきたハヤシは書籍雑誌課係長・細川に平謝りだった。

「まあ、越後屋の社員を総動員すればエチゴローを一位にするなんて簡単だよね」

 細川は淡々と答えた。有隣堂と越後屋では社員数も桁外れに違うのだ。「ゆるキャラグランプリ」の投票会場ではうっかり越後屋の社章を付けたまま投票に現れた者が多数見受けられた。ブッコローは二位だった。


 雑誌コーナーの一角に、仮装した男性が表紙のプリクラ本が並んだ異様な棚が出来上がった。本のタイトルは『プリクラ王国へようこそ!2』とある。

 自分の本が書店の一等地を占拠できると聞いて気を良くした「プリクラ王」は続編を制作した。前作は只々ただただプリクラを並べただけの本だったが、続編はプリクラを四コマ漫画風に仕立てて「プリクラ王」の日常をえがいていた。

「面白いんじゃない?」

『プリこそ2』をパラパラ捲りながら細川は呟いた。


 とは言え、早く十冊売って元の雑誌の棚に戻したい。「ゆうせか」で越後屋との対決を面白おかしく配信し、『プリこそ2』を宣伝した。

 今日は『プリこそ2』発売記念、「プリクラ王」のサイン会が行われる。




 ハヤシが撮影の為に伊勢佐木町本店に到着したのは閉店間際だった。

 細川が棚に並べられた『プリこそ2』を片付けている。


「いや~、終わっちゃって残念だな~」

「プリクラ王」は本が売れて嬉しいやら、棚から本が片付けられて寂しいやら複雑な表情を浮かべていた。

 大勢の「ゆうりんちー」が伊勢佐木町本店に詰め掛け、『プリこそ2』は一日で十冊以上売れた。雑誌の棚はめでたく元に戻された。

 責任を感じていたハヤシは胸を撫で下ろした。


 ――我々は試合に負けて勝負に勝ったのだ。


「続編を作っていただいた『プリクラ王』さんのおかげです。面白いから売れたんですよ」

 勇者は、ひどく赤面した。

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書店戦記 夏野 @natsuno11

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