第三将【あだ情け】









第三将【あだ情け】




















 このまま行けと、僕の中の僕が命じるんだ。

             ゴッホ













 「斎御司さんの処分日?!」

 「え、タカヒサどうやってその情報入手したわけ?むしろ怖い」

 「新ヶ尸がはっぱでもかけたんじゃないのか」

 知らない名前が次々に出てくるが、眞戸部の耳には入らない。

 それよりも一大事なのは、斎御司の処分がすぐそこまで来ている、という点だった。

 そもそも、今回のことは納得がいかないことが多く、(納得のいくことがほとんどないが)将烈の休暇をいいことに、それを利用して2人の処分に踏み切った。

 「いつだって?」

 「猶予はない」

 「いつだ!!!」

 物凄い剣幕で迫ってくる眞戸部を、碧羽は口を半開きにして見る。

 「ゆっきー、口閉じて」

 「5日後」

 「え」

 「処分日は5日後。どんな処分かはまだわからない。それもまあ、俺とタカヒサで随時チェックはする」

 「ああ・・・そうか」

 「早いな」

 「焦ってんな」

 「俺達の動きも視野に入れても即決だろうな。あとは、処分内容を早めに把握して、処分撤回、もしくは軽減を求めよう」

 「俺と龍ちゃんは何する?」

 「俺は盗聴器作る。間に合えばいいけど。お前は上の動きでもチェックしてろ。あとは波幸たち別班との連絡係」

 「こういうとき体力担当は寂しいな」

 「眞戸部」

 「!」

 「時間が無い。お前は巧と一緒に他の奴らとの連携を取れ」

 「わかった」

 「あー、大我がいれば潜りこんでもらうんだけどな」

 「ないものねだりはするな。今ある手札でなんとかする」

 「あいよ」

 「じゃあ、しばらく俺は作業に集中するから邪魔するなよ。近づいたり邪魔したら目玉バーナーで焼くからな」

 「「「はい」」」




 「斎御司さん、おはようございます」

 「ああ、もう昼だがね」

 「あなたの処分の日が決まりました。お知りになりたいですか?」

 「そうだな。一応、自分のことだからな」

 「・・・処分執行は5日後となりました。まだ公にはしておりませんが、決定事項です。処分内容に関しては、まあ、退職となるやもしれませんが」

 「・・・退職?・・・まあ、いた仕方あるまい」

 「しかし、免れる方法があります」

 「何だね」

 「それは、とても簡単なことです」

 「簡単ということに限って難しいものだよ」

 「フッ・・・。そうですね。あなたがここにいられるとすれば、それは・・・。“将烈をここに連れてくること”です」

 「居場所が分からないのにか」

 「居場所が分からないとしても、あの男が戻ってくればいいだけです。どうにかして連絡を取っているんじゃありませんか?」

 「馬鹿を言うな。あいつは日頃から連絡一本寄こさないぞ」

 「私達も探してはいるんですけどね、どいうわけか見つからないんです。余程上手く身を隠しているんでしょうね。それか、協力者でもいるんでしょうか」

 「あいつにそんな友達が出来たなら私は嬉しい限りだ」

 「ああ、言っておりませんでしたが」

 「なんだね」

 「現在将烈の処分内容は“処刑”です」

 「・・・それはまた随分と早急じゃないか。まだあいつは若いぞ」

 「初めは、生死に関わらず捕獲、という形にしようかとも思ったのですが、あの男はとても危険だという見解となりまして。私も大変心苦しいです」

 「刃奈、顔が笑ってるよ」

 「これは失礼」

 斎御司と桃源の会話に、桃源に当たり前のように付いてきている是芳が入る。

 ニコニコと穏やかに話す是芳は、寝ぐせなのかお洒落なのか斎御司には判断出来ないが、そのうねうねした髪の毛を指でいじっている。

 「まあ、簡単な話です。将烈が戻ってくれば、あなたは最悪退職で済みますし、戻って来なければ、代わりに処刑となって・・・これは殉職ですかね?殉職という退職扱いとなります」

 「刃奈、それは退職とは言わない」

 「殉職は退職じゃないなら・・・そうだな。退職は免れる。うん。嘘は吐いていないな」

 「そういうの、屁理屈っていうんだよ。俺は好きだけどね」

 「で、いかがでしょう?このような処分内容で進めていこうと思うのですが」

 「・・・・・・好きにしてくれ。私がどうこう進言したところで何も変わらないのだろう」

 「ご理解が早くて助かります」

 「では、当日またお迎えにあがりますね」

 そう言うと、桃源と是芳は部屋を出ていく。

 同時にまた外へ待機していた監視の男たちが部屋に入ってくる。

 椅子をくるっと回転させて外を眺めると、斎御司はため息を吐く。




 「斎御司さんの処分の件、公表されたぞ」

 「なんだって!?」

 榮志は号外として送られてきたメールの内容を火鷹に見せる。

 パソコン画面を両手で掴んで、これでもかというほど顔を近づけて読んでいるよ、あまりに近づいていたからか榮志に引きはがされる。

 「こんなの!!将さんをおびき寄せるためじゃねえか!!!」

 「だろうな。斎御司さんは将烈さんみたく自分からどんどん動くようなタイプじゃないから、先に将烈さんを、って感じなんだろうな」

 「ダメだ!!!てかなんだよ!!!この文面は!!!将さんのこと悪く書きやがって!!!将さんは目つきと口と態度が悪いだけだからな!!!!」

 「載ってる写真も極悪人のような面してるな。いつのだこれ」

 「これは多分、犯人確保しようとしたら、そいつが将さんが綺麗な顔してるから高値で売れるとかぼそっと言ってて、将さんがキレたときだと思う。将さん耳いいんだよな」

 「・・・・・・それはまあ、なんていうか」

 「それよりもだ!!!そんな話はどうでもいいんだよ!!!」

 「おう」

 「将さんもこれ知ってるかな?」

 「あの人のことだから情報は手に入れてるだろうけど、戻ってくるかというと、微妙なところだろうな」

 「戻って来なかったら斎御司のおっさんが警察辞めることになっちまうのにか?」

 「今後のこと考えたら困るだろうけど、戻ってきたらきたで、今将烈さんが調べようとしてることが出来なくなる」

 「でもよ」

 「天秤では量れない。それに・・・」

 「それに?」

 「俺達は、あの2人の関係性を良く知らない」




 「罠です!」

 「分かってるよ、そんなこと」

 「これは明らかに罠です!将烈さんを捕まえて、公然で悪者扱いする気なんです!」

 「だから分かってるって」

 「炉冀さん!俺、将烈さんを探します!」

 「何処にいるかわかんのか?」

 「・・・・・・」

 「1人で探せるのか?5日、いや、4日か。それで見つけられるのか?当てはあるか?」

 「・・・・・・」

 「大人しくここにいろ。その方が情報が入る。それに、将烈もこのくらいの情報は耳に入れてると思う」

 「じゃあ、戻ってきますか?」

 「それはどうだかな」

 「でも、将烈さんは今までだって必ず戻ってきてくれました!俺達を助けるために、帰ってきました!!!」

 「それはあいつがちゃんと算段付けてたからな。証拠集めて、状況知ってて、相手を追い詰められると確証したからな」

 「でも」

 「碧羽たちから連絡来ただろ?桃源ら、警察から追い出すには証拠も経歴もほとんど役に立たない。っていうかない」

 「暴力とかカツアゲとか」

 「あれは学生時代の頃だし、是芳の暴力に至っては事件として扱われてもいない。今のところ、こっちが圧倒的に不利だ。どうする?」

 「・・・・・・」

 「あいつなら大丈夫だ」

 「・・・こういうとき、痛感します」

 「何を?」

 「権力を敵に回すことの、恐ろしさをです。それと、何も出来ない自分の無力さです」

 「・・・・・・誰にだってある。誰だって感じてる。だから大抵の奴は、希望も夢も信念も捨てて、安全安心安定に生きられる道を選ぶ」

 自分のちっぽけな存在では、何も、誰も、救えないと諦める。

 「あいつだって、あったんだろう。俺達よりも沢山。でもあいつは進み続けた」

 だからこそ、波幸たちのように、将烈を目指す者たちが増えてきた。

 「お、碧羽からだ」

 「今度は何ですか?」

 「・・・斎御司処分の時間だとさ。夕方5時。ちょうど夕暮れ時だな」

 「一応猶予ということでしょうか」

 「フィナーレ飾るって感じだな。胸糞悪ィ」

 「炉冀さん」

 「なんだ」

 「ご飯食べていいですか」

 「食え食え。腹が空くのは生きてる証拠だ」




 「おかしいじゃありませんか」

 「いきなりやってきてなんです?鬧影さん?」

 「斎御司さんの処分の件です。一体どういうことですか」

 「どういうこともなにも、そのままの意味ですよ。将烈という男と手を組み、匿い、何か企んでいる。だからこその処分です」

 「南谷、あなたに聞いているんじゃない。俺は桃源さんと話をしたい」

 「桃源さんも暇じゃないんです。俺で我慢してくださいよ」

 「仮に、2人が何か企んでいたとして、一体それは何ですか?何か証拠があってのことですよね?それを見せていただきたい」

 「鬧影さん、あなたそもそも今休暇中ですよね?あれ?停職中でしたっけ?まあどっちでもいいですけど。これまでの行いが証拠じゃないですか?」

 「これまでの行い?」

 「そうですよ。あの2人のせいで、何人もの優秀な方が辞職、もしくは逮捕されているじゃありませんか」

 「それは罪を犯した方が悪いのでは」

 「その罪とて、2人が結託して作りあげたものでは?半ば強引に捕まった者たちもいるのですよ?」

 「あなた方は犯罪者が身内から出た場合、闇に葬るお心算ですか?」

 「滅相もない。ただ、罪を暴くことだけが仕事ではありませんよね?」

 「それも大事な仕事かと」

 「とにかく、あなたが今何を言おうと、この決定事項は変わりません。もしこれ以上俺達に進言しようとなさるなら、あなたにも処分が下りますよ?」

 「・・・・・・」

 「それは嫌ですよね?折角手に入れた地位や名誉を、人はそう簡単には手放せません」

 「・・・・・・」

 「桃源さん、時間です。会議に参りましょう」

 「だそうだ。悪いな、鬧影」

 桃源と南谷が2人揃って鬧影の横を通り過ぎ、そのまま部屋を出ていく。

 外にいた警備員によって両腕を拘束された鬧影は、抵抗することなく建物の外へと追い出される。

 鬧影はその後、監視の男たちに連れられて自宅へと戻る。




 「・・・・・・」

 その頃、とある場所にて。

 1人の男が黒髪を靡かせながら何かを読んでいた。

 風が強く、少し伸びた前髪が目元を覆う為、それを手で軽く押さえれば、そこから見える瞳は輝いている。

 男は読み終えたそれを、持っていたライターで燃やす。

 動きやすい軍人のようなブーツを動かせば、ぽつぽつと雨が降り出す。

 慌てて家に入る者や傘をさす者、走っている者もいる中、男はフードを被るだけで平然と歩き続ける。

 まるで暗い空に吸い込まれるように、男は消えて行った。




 「・・・・・・」

 「龍ちゃん、さっきから何してんの。ほら早く準備して。今日なんだから!」

 「・・・・・・」

 「紫崎?」

 「・・・・・・」

 両耳にがっつりヘッドフォンをしていた紫崎は、身体を傾け片方のヘッドフォンをずらしながら、何とも言えない顔をしていた。

 すでに斎御司の処分日当日とのことで、とにかくその場へ行こうとしていた眞戸部たちだったが、紫崎の言葉に思わず手を止める。

 「え?今なんて?冗談だよな?」

 「昨日仕掛けた盗聴器から聞こえた」

 「え・・・・・・」

 紫崎がリアルタイムで手に入れた情報は、ほどなくしてタカヒサからも連絡が入ったものと同じで、眞戸部は1人駆けだした。

 「眞戸部!!!」

 「しょうがねえ。俺達もとりあえず行こう。これはもう・・・」

 それはすぐに波幸と火鷹、そして鬧影のもとにも連絡が行き、みな目的の場所へと向かう。

 『炉冀、お前今どこだ?』

 「俺今出たばっかり」

 『櫺太から連絡があって、もうすでに人だかりが出来てるって。行ったところで近づけねえだろうな』

 「その様子だと、火鷹は突っ走っていったか?」

 『あいつが俺と仲良く出かけるはずねぇだろ』

 「紫崎たちも向かってるって」

 『それにしても、当日の新聞にもチラシにもでっかく掲載するって、どういう神経してんのかね』

 「それだけ大勢の前であの2人を潰したいんだろ。世間に印象づければ、それだけ今後活動がしにくくなる」

 『潰すとかのレベルじゃねえだろ』

 「・・・・・・紫崎のことを疑うわけじゃいが、まさか実行するとは思えない」

 『そもそもそっちが狙いだったか?将烈さん餌にして、食いつかせたのは斎御司さんだったとか』

 「どちらにせよ、今は波幸たちが暴走しないよう見張る方が先決かもな」

 『特に眞戸部な』

 炉冀と榮志が話している通り、眞戸部は紫崎たちのことなど構わず、1人向かっていた。

 斎御司の処分まではまだ時間があるが、今朝新聞やニュースでも取り上げられていたため、きっとマスコミも多いだろう。

 長年にわたり悪人と手を組み、その甘い蜜を吸っていたとして反感を買うこととなった斎御司。

 これはきっと、斎御司の家族にも届いている内容だろう。

 例えそれが事実無根だとしても、それが事実かどうかなど関係ない。

 世間がそれを信じ、鵜呑みにし、根も葉も無いことを記事にされ、噂され、事実として遺されてしまうのだ。

 「斎御司さん!!」




 「斎御司さん、そろそろ」

 「ああ」

 「・・・やけに素直ですね」

 「私はいつも素直だが」

 「まだそんなことを言う余裕がありますか。さすがです」

 「ところで、少し外の空気を吸いたいのだが」

 「これから外へ出ますので、思う存分吸えるかと」

 桃源が視線で指示を送ると、伏見が斎御司の両手を後ろ側で拘束する。

 そして咲々原と南谷の2人が斎御司の腕をつかむようにして両脇からがっちり固めると、桃源が一番前、斎御司たち、そして是芳と横瀬と伏見が後ろに並び、階段を歩いて行く。

 石で出来た螺旋階段は、外側に等間隔に顔が入るか入らないかくらいの長方形の隙間があり、そこには動かないよう固定されている蝋燭がある。

 その蝋燭には火が点いているんだが、とはいえ、陽は傾き始めているため、薄暗いことに変わりは無い。

 階段を上りきると、是芳が前に出てきて扉を開ける。

 桃源が先に出ると、入口に立って斎御司に歩くよう促す。

 そこにはずらりと並んだ武装した男たち。

 斎御司はずんずん歩いて行くと、適当なところで左右の腕を引っ張られたため、足を止める。

 ここでようやく咲々原と南谷が斎御司を解放し、桃源のもとへと戻って行く。

 桃源は、入口付近にある、上ってきた階段と似ている石造りの小さな階段を上って行くと、そこでようやく、この場に集まっている者たちに向けて言葉を発する。

 『みなさま、この度は正義の警察である我々の仲間から、犯罪者が出てしまい、大変遺憾であり、申し訳なく思っております』

 桃源が話し出すと、マスコミ各社はアナウンサーが実況を始め、一般人たちも自分たちのカメラでそれを撮り始める。

 建物に垂れ幕のようにぶら下がっている布には、堂々たる桃源が映し出されている。

 斎御司は頬をぽりぽりかきながら、その演説を聞いていた。

 『彼らは罪を犯しました。そしてその罰は受けねばなりません。今後のこの国のため、そして国民のために』

 ワー、と大きな歓声が聞こえて来たかと思うと、桃源がその場から下りてきて、今まで桃源のみを映していたそこには、斎御司も映りこむ。

 すると途端にブーイングが始まり、近くにいた是芳と南谷が沈静するようにこやかに手で指示を出せば、しん、と収まる。

 『彼は私の上司でした』

 「・・・・・・」

 『しかし、彼は罪を犯し、私がそれを罰しなければなりません。非常に辛いことです』

 「・・・・・・」

 『また、彼は同じく罪を犯す者を作ってしまいました。それが、将烈という男です』

 桃源がちらっと横瀬を見れば、何かの機材を使い、将烈の顔を映し出す。

 そこに映る瞳の色に、みなは思わず悲鳴を上げる。

 『そうです。彼は悪魔の子です。悪魔の化身なのです。私の上司であったこの方は、この悪魔を警察へ導き、警察そのものを悪の道へと陥れようとしました』

 これまでにその犠牲になった者、ということで、将烈たちが捕まえてきた者たちが次々に映画のワンシーンのように流れる。

 それは確実に何かの罪を犯した者たちなのだが、まるで罪など無かったかのような桃源の言い方に、斎御司は呆れる。

 『しかしその悪魔の彼は今、逃亡中なのです。我々は彼の罪に気付き断罪しようとしました。それに気付かれ、逃げてしまったのです』

 よくもまあ嘘をすらすら並べられるな、と感心までしてしまう。

 『現在指名手配しておりますので、どうぞみなさま、見つけ次第ご連絡ください。大変危険な人物ですので、近づかず、気付かれないよう我々に連絡してください』

 「すげぇ人で近づけね・・・!」

 この頃、ようやく到着した火鷹は、人ごみに押されに押され、人ごみに入ることすら出来なかった。

 それは同時に波幸や眞戸部、鬧影も同じことだった。

 各所からやってきたのはいいが、互いを確認することも出来ず、かといって建物内に入ることも出来ず、ごった返す人に紛れることも出来ずにいた。

 「あいつら圧死してなきゃいいけど」

 榮志と合流出来た炉冀は、無理に人ごみに入ることはせず、少し離れたところから状況を見ていた。

 「それにしても、大層なことしやがって」

 「紫崎たちもどっかにいるんだろうけど、会わない方がいいよな」

 「あそこは別の意味で目ぇつけられてっからな」

 『さて、ここで発表いたします。この男の処分内容を』

 生中継されているその映像を、斎御司の家族も見て、涙を流していた。

 見なければいいと言われればそうなのかもしれないが、チャンネルを替えることも出来ず、ただただ祈るのだ。

 いるかわかりもしない、神に。




 『多くの罪を犯してきたとはいえ、私の元上司です。初めは、更生していただく道を考えました。・・・しかし、彼からは反省のかけらも感じませんでした』

 そこに映し出される斎御司は、いつも通り、少し眠そうな感じだ。

 またしても激しいブーイングが鳴りだすと、わざとらしい制止が入る。

 『そこで、彼が受けるべき処分を、ずっと重いものにしました』

 少しの間を置いて、端的に。

 『物理的処分』

 きっと、瞬時にその意味を理解出来た者が少なかったんだろう。

 ぽかん、とした顔をした者たちがあちらこちらに見えたが、その意味が徐々に理解出来ると、みな一様に拳を挙げて喜んだ。

 その歓声はしばらく続き、ようやくおさまったのは5分ほどしてからだろうか。

 勝ち誇ったような顔を斎御司に向けた桃源は、両手を広げてこう言う。

 『どうでしょう。最期のひととき、少しお話しでもしませんか?』

 「・・・・・・」

 斎御司としては気乗りなど全くしないが、せざるを得ない状況なのだろう。

 『あなたは優秀だったのでしょう。それがどうして、間違った道へ進んでしまったのですか?』

 「私は、間違えた心算など毛頭ない」

 『今ここで懺悔をすれば、私の気持ちが変わるかもしれませんよ』

 「お前に懺悔することなどない。世間に顔向け出来ぬような、恥じるようなことも断じてしていない」

 『・・・哀れな方だ。自分の罪に向き合うことも出来ず、償うということも出来ない』

 「どちらが哀れかわからんな」

 『あんな男を信じたりするから、こんなことになるんですよ』

 「あんな男?」

 『将烈です。悪魔の男です。我々は、あの男の真の姿を知らなかった。いや、あなたが隠していたんだ。あの男の目を見ましたか?あんな瞳、悪魔以外に何がいますか?』

 「・・・神の子かもしれんぞ」

 『あなたは愚かですね。あの男がそう言ったのですか?それを信じたのですか?あなたともあろうお方が』

 「生憎、私は神や悪魔といったものには疎くてね」

 『我々に拘束されたのも、あの男がここへ来るかもしれないと、そう思ったからですよね?信じて待っていた結果がこれです』

 「・・・・・・」

 『信じれば、それだけ裏切られるリスクがある。そうですよね?あなたとあの男の間にどれだけの信頼関係があるのかはわかりませんが、その結果がこれなんです』

 「信頼関係か・・・」

 『あなたを助けるには、自分が我々のもとへ来ればいいだけのことなんですよ?そうすれば、2人とも無事にもとの生活へ戻れました。それなのに、あの男は自分だけを守った。あなたを見捨てた』

 「・・・・・・」

 『そういうものですよ、人間というのは』

 「・・・お前たちは、何か根本的なことを勘違いしているようだ」

 『勘違い?』

 斎御司は一度赤くなりつつある空を見上げると、目を瞑って深呼吸をする。

 今朝からそれほど強くなかった風さえも、今の時間ではすっかり冷たくなっている。

 再びゆっくりと目を開けその空を仰いだあと、斎御司は桃源の方を見て微笑んだ。

 小さい子をあやす、そんな顔。

 「私と将烈は、確かに信頼関係にある」

 『わかっています』

 「だが、互いを甘やかし、傷を舐め合うためではないのだよ」

 『は?』

 桃源の表情を見て、斎御司はやれやれと顔を左右に小さく揺らす。

 「君は、一体何が気に入らないんだね?」

 『・・・・・・』

 「君の言動を見ていると、まるで、小さい子が遊んでくれと駄々をこねているように見える」

 『なにを』

 「玩具が欲しいのか?友達が欲しいのか?それともお腹が空いたか?親が恋しいか?」

 『・・・!!!』

 「桃源」

 桃源が斎御司の胸倉に掴みかかりそうになったため、慌てて伏見が止める。

 ここで斎御司を殴ってしまっては、今度は桃源たちが批難されてしまう。

 桃源は伏見の腕を解き、少し乱れてしまった自分のスーツをぴしっと正すと、ふう、と一呼吸を置いてから斎御司に向き直す。

 「落ち着いたか?」

 『あなたの策略に乗ってしまうところでした』

 「そんな心算はなかったんだがな」

 『この期に及んで。そんなに私を道連れにしたいのですか?』

 「君の考えていることはだいたいわかるさ」

 『何を仰っているんです?』

 「私を囮にして将烈をまきこんだのか、それとも将烈を囮にして私を陥れたのか、それはこの際どちらでもいい」

 『囮などするはずありません』

 「君の目的は、そもそも私だ。将烈に狙いを定めたこともあるのかもしれないが、あいつはあの性格だ。何をしても上手くいかなかったんだろう」

 『・・・・・・』

 「そこで、君は考えた。将烈が無理なら、将烈が好きに動けている原因でもある私から片づけようと」

 『・・・憶測ですね』

 「将烈の名前を出して私の力を失効させ、あとは私を正々堂々、殺すだけだ」

 『物騒ですね』

 「将烈が何かを調べ始めたことを知った君は、君たちは、動き出した。あいつがいない今なら、上層部も丸めこめると踏んだんだろう。金で解決でもしたのかな」

 『全てあなたの妄想です』

 「そしてあわよくば、ここへ現れたあいつも殺そうとしている」

 『・・・・・・』

 「へ?今、なんて・・・?」

 「嘘だろ?」

 斎御司の妄想は、ちゃんと聞こえている。

 拡声器があちらこちらにあるらしく、斎御司の、それほど張られていない声も、集まっている者たちの耳へ届いていた。

 もちろん、まだ身動きのとれていない波幸と火鷹にもだ。

 「将烈さんを、殺す?」

 「あの野郎!!!」

 押しても引いてもその場から移動することが出来ない2人は、斎御司の言葉を聞くことしか出来ない。

 「・・・聞こえたか?」

 『うん』

 耳元を押さえながら、紫崎が話しかける。

 相手は、現在1人別の場所でこれまでの会話を録音している男だ。

 「斎御司さんの言葉は無駄にしねえ。一言一句、漏らさねえようにな」

 『わかってる。碧羽から緊急だって連絡きたからなんだと思ってたら、なんか大変なことになってんな。道理で、怖い野郎どもがうろうろしてたわけだ』

 「健がいなくなると色々将烈さんも困るだろうから、今回は頼むの止めとこうと思ったんだけどな」

 『構わねえよ。それに、俺は天才だからどこにいたって何でも出来るし』

 ケラケラと笑いながら、その男はおしるこを飲んでいた。

 桃源たちに頼まれて、厳重なセキュリティを作っていたらしいが、それが終わると報酬として休暇を貰っていたそうだ。

 休暇などと言われても、健には一緒に出かけるような友人もいないため、1人せっせとプログラミングをしていたとか。

 今も休暇中らしいが、どうやらタカヒサが旅に出てしまったらしく、碧羽が連絡を取っていたのだ。

 「さすがに将烈さんの居場所はわからないよな」

 『さすがにね。GPSがついてるものを持ち歩いていない人間の居場所はわからないよ。俺はプロファイリングは出来ないし』

 「録音まとめたのは後で俺か碧羽のところ送ってくれ」

 『あいよ』




 『そんな酷いことしませんよ。ここへ来たら、俺は我々で捕え、しっかり罪を償わせます』

 「あいつがなぜ、こんなにも薄汚れた組織に居続けているのか、知りたいか」

 『・・・それは、以前聞かれた質問と同じ答えですか?』

 「ああ。あいつが、ここにいる理由だ」

 『・・・そうですね。あれほどまでに嫌われながらもなぜ居続けるのか、不思議です』

 「私も、不思議だった」

 『あなたが導いたからじゃないんですか?』

 「そんなことだけではあいつは留まらない」

 『では、なぜだと?』

 「一度、あいつに聞いたことがあるんだ。どうしてもいたくないなら、辞めてもいいと。警察に留まるだけが正義ではない。他の道だってあるとな」

 『やはり権力が惜しいということですか?』

 「いや。私は気付けなかったんだが、あいつにはいつの間にか明確な目標というのか、夢があったんだ」

 『・・・はっ。夢?』

 今更そんな綺麗事を言うのかと、桃源たちは斎御司の言葉を笑う。

 咳払いをして笑いを誤魔化すと、斎御司に続きを促す。

 「あいつはな、こう言ったんだ」



 【力の無い者が踏み潰されることのない世界を創る】



 「・・・・・・」

 頬を、涙が伝ったー

 聞いたことなんてなかった、将烈の夢。

 悪人を捕まえることより、世の中を平等にするより、ずっと、ずっと・・・。

 「あいつはな、自分が弱いことも知っている。ちゃんとな。弱い立場の者は、どれだけ必死に生きても、強い立場の者に喰い物にされてしまう。何度も見てきたんだ。それが悔しかったんだろうな。自分の力の無さを感じ、足掻き、もがき、時には諦めそうにもなっただろう」

 溢れ出てくる涙が止まらない。

 いつだって飄々としていて、真っ直ぐに生きている背中だと思って見ていた。

 なんて強い人なんだと、思っていた。

 「それでもあいつが道を誤らずに歩いていられたのは、あいつの姿を見て、あいつを信じ、尊敬し、理解し、認め、共に歩める者たちが出来たからだろうな」

 期待していた、夢に描いていた世界と違っていて、困惑し、落胆し、失望していたとき、奴の存在は良くも悪くも目立ったんだ。

 相手が誰であろうと、決して自分の信念を曲げることは無かった。

 慣れ合いなんて、あいつの辞書には載っていない。

 『・・・ご安心ください』

 「何をだ」

 『それは、我々が代わりに叶えておきましょう』

 将烈の夢を叶えるのだと、桃源は悠悠と答える。

 だが、斎御司はこれを聞いて高らかと笑う。

 まさか斎御司がここまで笑うとは思っていなかった桃源は、いや、桃源だけでなく是芳たちも、驚いていた。

 目元を抑えながらも、口元の笑みは隠せていない。

 「すまない」

 『・・・なぜ笑ったのですか?』

 「いや、君たちには無理だろうと思ったからね」

 『は?』

 目元を覆っていた手を少しずつズラしていくと、その指の間から覗く斎御司の目は、いつになく鋭かった。

 『なぜ無理だと?』

 「わからないかい?」

 『・・・・・・』

 その聞き方が、桃源をいらっとさせる。

 先程のようなことにはなるまいと、桃源はふう、と小さく息を吐く。

 『教えていただけますか?』

 にっこりと、余裕そうにそう斎御司に答えを求めれば、斎御司は平然と告げる。

 「信念と、器が違う」

 『・・・!!!!!』

 それを聞いて、斎御司を睨みつけているのは桃源だけではなく、是芳たちも同じように睨んでいる。

 斎御司にぶつけたい言葉は山ほど出てきたが、これ以上話をしていると、いつかその言葉をぶつけてしまいそうだったため、桃源は手をあげて指示を出す。

 周りでずっと立っていた武装した男たちが、一斉に斎御司に向けて銃を構えたのだ。

 「斎御司さん!!!」

 眞戸部は、なんとか腕を伸ばしてみるが、それは到底斎御司まで届くことはなく、数人前の見知らぬ男の腕が精一杯だった。

 唇を噛みしめながら、眞戸部はそれでも前進していく。

 いつかは辿りつくことを信じて。

 一方、銃を向けられた斎御司は、ふう、とため息を吐いていた。

 首を動かして空を見上げると、すでに遠くの方は暗くなっている。

 夕陽が眩しいが、人影が認識出来ないほどではない。

 遠くの方をじっと眺めながら、斎御司は口を開く。

 「最期に、いいかな」

 『ええ、どうぞ』

 銃口を斎御司に向けたまま、桃源は斎御司の最期の言葉に耳を傾ける。

 眞戸部たちは、1人、1人と押しのけていくが、斎御司たちがいる建物に辿りつくまでにはまだ人が多すぎる。

 もどかしさに揉まれながら、他人の服を掴む。

 「私を殺しても、何も変わらない」

 誰に向けられたものなのかなど、わからない。

 特定の人物にではないのかもしれない。

 それこそ、今まで自分を慕ってくれていた者たち全員へのものなのかもしれない。

 それを確かめようとするも、斎御司は柔らかく微笑む。

 「なあ、そうだろう?」

 風が、吹いた。

 『御苦労さまでした。斎御司さん』

 心地良い風とは言えなかったが、今の斎御司を癒すには十分だ。

 桃源が手をあげた瞬間、斎御司は目を瞑る。

 それと同時に、銃声が鳴り響く。

 銃声しか聞こえない、次々に聞こえてくる銃声は、まるで花火のようだ。

 鳴りやまない銃声の中、人々は再び歓声やら嬌声やらを叫び続け、銃声さえ、喉を枯らした男たちの声でさえ、簡単に掻き消す。

 映し出されるそこには、蜂の巣のように撃たれる男の姿と、流れ出る血。



 『いいか将烈。例えゆるぎない信念を持っていようと、それさえも凌駕してしまうものがある』

 『あ?』

 『それはな、“生への執着”だ』

 『で?』

 『人は必ず後悔する。死ぬときは必ずそれを思い出す。どれだけ死ぬ覚悟を持っていたとしても、何も悔まずに死ねることなどそうはない。だからこそ、瞬時に生きる道を選ぶ』

 『何の話だ?』

 『安らかに死ねるのは、本当に何も後悔がないときか、もしくは・・・』

 『もしくは?』

 『自分の代わりに、その信念を全うしてくれるであろう者がいるときだけだ』

 『・・・・・・』

 『お前の友が、そうであったようにな』



 「       」

 どれだけ叫んでも、届かなかった。

 未だ鳴りやまない銃声に対して、その声たちはあまりにも無力だった。

 まるで弁慶のようにしばらくの間立ったままだった斎御司だが、その後、地面へと倒れて行った。

 桃源が生死を確認するために手をあげて銃を止めさせると、斎御司へと近づいて行くが、すでに足元は血だまりだ。

 死んでいることは明らかだろうが、桃源は斎御司の首筋を軽く触る。

 『・・・ふっ』

 倒れたままの斎御司を横に、桃源は観客たちに言う。

 『みなさま、悪をひとつ、潰すことが出来ました。ありがとうございます』

 パチパチと、公然からは拍手喝采とばかりに、あちこちから祝福の音が聞こえる。

 そんな中、ふーふー、と肩で息をし、桃源のもとへ向かおうとしている男がいた。

 「やめろ」

 「!!!」

 今にも桃源を殺してしまいそうな顔をしている眞戸部を、近くにいた鬧影が止める。

 眞戸部の肩を掴んだまま、踵を返して人ごみから抜けていく。

 その後、斎御司の遺体は家族のもとへ戻ったそうだが、面影などほとんどない、顔も身体も穴だらけだったそうだ。




 ―斎御司視点

 斎御司が撃たれる少し前のこと。

 「!」

 眩しい夕陽を眺めたとき、人影が見えた。

 始めはフードを被っていた人影だが、斎御司が自分に気付いたとわかると、フードを取る。

 そこに見える男に向けて、斎御司は最期の言葉を、託す。

 「私を殺しても何も変わらない」

 自分の代わりに、信念を全うしてくれる者たちがいるから。

 「なあ、そうだろう?」

 安らかに死ねるのは、お前たちのお陰だと。

 銃声が聞こえるその前に、斎御司は思わず笑った。

 その男が、自分に向けて敬礼をしたから。

 最初で最期の、感謝と敬意を込めて。




 雨の中、斎御司の葬儀は行われた。

 とはいっても、参列者はほぼいない。

 葬儀中も赤飯をぶつけられたり、火を点けられそうになったり、いたずら電話があったりと、家族は散々な目に遭った。

 面識のある鬧影と眞戸部は、深々と頭を下げる。

 そして、交代で斎御司の家族を護衛することとなったのだが、人手が足りないため、知り合いの“立花”という人物に依頼をした。

 次は将烈の番だと、みな躍起になり将烈を探しているという。




 男は、1人歩きながら思い出す。

 初めて自分を認め、受け入れてくれた人との時間。

 信頼しろ、頼れ、泣け、喚け、あがけ、もがけ、沢山苦しんで沢山知って沢山見ろと。

 男は一度立ち止まると、壁に寄りかかる。

 背中からズルズルと下がっていきその場に座り込むと、手で目元を覆い隠す。

 それから少しして、男はまた歩き出す。

 その目に、黄金を輝かせながら。

 男の名は、将烈。通称、金目の将烈。

 彼は残虐非道、冷酷な人間だと言われている。

 しかし、彼を知る者はみな一様にこう言う。

 「あの男は希望だ」

 所詮、人の価値観や噂話など当てにならないということだ。




 ある曇りがかった日、斎御司の妻が娘を連れて墓参りに来ると、そこにはすでに新しい綺麗な花が活けられていた。

 「あら。どなたかしら」

 斎御司が好きな和菓子も置いてあり、近しい人が持ってきてくれたのだろうと、思わず涙をこぼす。

 「美乃、どうしたの?」

 ふと、娘の美乃がどこかを見ていたため声をかける。

 「王子様がね、いたの」

 「え?」

 「美乃の王子様!」

 美乃が指差した方には、すでに誰もいなかった。

 誰のことを言っているのかわかった妻は、この花が誰によって活けられたのか理解した。

 「美乃、お家帰ってご飯作ろうか」

 「うん!」

 まだ小さい娘の手を握りながら、妻はそっと、美乃が見ていた方向を見て、小さく微笑むのだ。

 「ありがとう」

 2人には背を向けた方向に歩いていた男は、一度足を止め、振り返る。

 もう二度と戻ることのない、平凡な幸せと時間をまきもどせたらと思いながら。

 自分はただ、歩き続ける他に道はないのだと。




 「あなたがいたから、俺はー」




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