第2話おのぞみとあらば



剣導水

おのぞみとあらば



何のために意味なんか求めるんだ?


人生は願望だ、意味じゃない。


        チャップリン








 「はー、腹いっぱい」


 「良く耐えた、俺」


 「・・・・・・」


 信達は、無事に空腹を満たすことが出来た。


 信達が辿りついたのは、炎と水の街と言われている、ガナル街だ。


 なぜそんな名がついたのかわからないほど、とても質素な感じだ。


 「お兄ちゃんたち、旅の人?」


 「うん。君たちは小さいのに働いて、偉いね」


 「こっちはアダムっていうの」


 「親は?此処に来てから大人を見てないんだけど、どこかにいるんでしょ?」


 「・・・わかんないの」


 「え?」


 ガナル街に来て、最初に思ったこと。


 大人が一人もいなく、子供だらけで生活をしているようだ。


 だからといって、決して貧相な生活はしていないため、大人が絡んでいるのは確かのはずだ。


 「わからないって、いないの?」


 「わかんない」


 「ごめんなさい。僕たちもわからないんです。親がどこにいるのか」


 嘘をついているようには見えず、信は会計をして、店を出た。


 外で待っていた和樹と亜緋人も、近くを散策していたようだが、これといった発見はなかったようだ。


 「それにしても、アダムとイヴなんて、運命みたいな名前だな」


 そんなことを亜緋人が言っていたが、信はその話を知らなかった。


 それに驚いた亜緋人は、簡単に説明をするが、信は興味無さそうに、街を歩きだす。


 「本当に子供しかいないな」


 「どうなってんだ?」


 店を見ても、歩いていても、民家を覗いてみても、大人の姿はない。


 街は広いため、まだ全ての場所を調べたわけではないが、民家が密集している場所にいなければ、どこにいるのだろう。


 信たちはそれからも、特に意味もなく大人を探したが、見つからなかった。


 「ま、今日はどっかに泊めてもらうか」


 「そうだな。俺腹減ったし」


 「お前は常に腹減ってるな」


 亜緋人が、お腹を押さえながら笑っている。


 小さな民宿を見つけ、そこにも子供しかいなかったが、泊めてもらうことにした。


 「それにしても、民宿があることの方が驚きだな。子供しかいないのに」


 「建物が古いから、きっと大人が経営してた頃のものだろう」


 「なるほどね」


 浴衣も用意してあり、亜緋人は興味深そうに見ていたが、着方がわからなかったため、諦めろと信に言われた。


 気付くと和樹がおらず、少しして戻ってきた和樹は頬が赤くなっていた。


 どこに行っていたのか聞くと、「温泉」とだけ答えた。


 「なんで俺達を誘わねぇんだよ!」


 「どうして誘う必要がある。こういうとこにはだいたい温泉があるだろう」


 「あるとことないとこがあるだろ!俺は温泉って良く知らねえけどなんか心惹かれるから、ちゃんと誘え!」


 「五月蠅い奴だ」


 「まあまあ」


 温泉に入ったことのない亜緋人は、和樹が先に入ってしまったことに対し、子供のようにぶつぶつ文句を言っていた。


 満月にはまだなっていない月を眺めていると、ドンドン、と誰かがドアを叩いた。


 「あれ、確か」


 そこには、昼間出会った少年がいた。


 「あ、アダム!それより、イヴ見なかった!?」


 「あの女の子?いや、見てないけど、どうかしたの?」


 アダムによると、ずっとイヴと木の実取りや駆けっこなどをして遊んでいたようだ。


 かくれんぼを始めたときのこと。


 「じゃあ、今度はイヴが隠れて」


 「うん!わかった!」


 アダムが木に向かい、両腕を目の位置に置いて目を隠すと、数え始める。


 「ひゃーく!イヴ!探すよ!」


 陽も傾き始め、アダムはイヴを急いで探し始めた。


 だが、なかなか見つからない。


 いつもならば、木の影とか草木の間とか、誰も済んでいない家に隠れているとか。


 それなのに、今日は全く見つからない。


 「イヴ!もう降参!出てきて!」


 そう叫び続けても、イヴは全く見つからなかった。


 「それで、家にも帰ってないの?」


 「うん。いつもご飯も一緒にイヴと食べてるんだけど、イヴ、帰って来ないし」


 「そうか」


 膝を折ってアダムと目線を合わせていた信は、うーんと考えた。


 そんな信の肩をぽん、と叩くと、亜緋人も膝を曲げてアダムの目線の高さに合わせると、ニカッと笑った。


 「じゃ、探しに行くか!」


 「・・・もう外暗いぞ」


 窓の方をちらっと見て、和樹がぼそっと言うが、よいしょ、と亜緋人は立ち上がると、和樹の肩に腕を回した。


 顔を近くに寄せられ、和樹は迷惑そうだ。


 「こうして出会ったのもなにかの運ってな。探してやるのが人情ってもんだろ?」


 「そうか?」


 「そうそう。そういうことにしておけ」


 腕をパッと放すと、亜緋人はアダムを肩車して、部屋から出て行く。


 その後を信と和樹が着いていく。


 「てか、暗っ!」


 「だから言ったろうが」


 「こんなに暗いなんて思わなかったんだよ。ライターとかないの?」


 「誰も煙草なんて吸わないだろ」


 和樹にも信にもツッコまれ、亜緋人は一人、拗ねたように唇を尖らせる。


 真っ暗な森の中、慣れてきた目のみを頼りに歩いていた。


 かれこれ一時間ほど歩き続けたころ、四人の前に時計塔が見えた。


 「なんだ?あれ」


 亜緋人が、肩に乗っているアダムに聞くと、アダムも首を傾げた。


 「初めて見た」


 とりあえず近くまで寄ってみると、首が痛くなるほど見上げる必要があった。


 高さとしては十メートル以上あるだろう。


 その倍はあるだろう高さの時計塔は、すでに機能していないのか、動いてはいなかった。


 信が、入口である木の扉に手をかけると、亜緋人が信の手首を掴んだ。


 「タイム。開けるつもり?行くつもり?入るつもり?」


 「・・・覗くつもり」


 「そういうのいらねぇから!まじやめてくれる!?俺ここで待機してるよ!?」


 「ふん」


 「え?今鼻で笑った?」


 すでに扉を開けようとしている信に、亜緋人を笑う和樹。


 「じゃあ亜緋人はここで待ってろよ。俺と和樹で探してくるから」


 「それだとなんか、俺が臆病者みたいじゃねぇか!」


 「お前、面倒臭ぇ奴だな。行くのか行かないのか、行きたくないのか行こうとしてるのか、行きたいのか、はっきりしろ」


 「選択肢が思ったより多いな」


 はあ、とため息を吐くと、亜緋人は肩に乗せていたアダムを下ろし、少し離れたところで待っているように伝えた。


 「別に待ってても良かったんだぞ」


 にやっと笑いながら言ってきた信に、亜緋人は肘で脇腹を突いた。


 螺旋階段になっており、そこをぐーるぐーる回りながらあがって行く。


 「まだ着かねぇ?」


 幾つかの部屋があり、食事をする部屋や、着替えが置いてある部屋、本がただ並べられている部屋。


 足も徐々に疲れてきたころ、また一つの部屋を見つけた。


 今までの部屋とは、なんだか雰囲気が違うその部屋を開けると、三人は驚愕した。


 そこには、大人達がいた。


 そして、女性たちは横に長いベッドのようなものに、一列になって横になっており、男たちも同じようにして並んでいた。


 何よりも驚いたのは、みな裸であることだ。


 信たちを見ると、ざわざわとしだす。


 「なんだ、これ!?」


 産まれたばかりの赤子もいるが、男たちはただ無心に、女性の身体に覆いかぶさる。


 孕ませられたお腹の出ている女性でさえ、また男の相手をしている。


 一人の老婆が信たちの元に近づいてきて、口を開いた。


 「見ぬ顔じゃの。旅人かえ?」


 「あんたたち、何してんだ!?子供だけを街に住まわせて、何してんだよ!」


 「ちと、冷静になってくれんかのう」


 冷静になれるはずがないのだが、和樹だけは壁に寄りかかり、腕組をした。


 部屋の片隅に連れて行かれると、老婆は胡坐をかいて座る。


 「旅人ならば、見なかったことにして、ここから立ち去ってくだされ」


 老婆の言葉に、信は喰いかかる。


 「一体何をしてるんですか!?子供をほったらかしにしているだけではなく、こんなところに集まって!」


 「何、と言われましても。子を作っているとしか、言い様がないのう」


 悪びれた様子も一切なく、老婆は呆れたようにため息まで吐いた。


 一糸まとわぬ姿の男女が、時計塔などに籠って子作り。


 そんなこと、受け入れられなかった。


 「そなたらには関係ないこと故、何も言わずにここから出て行ってはくれませぬか」


 「!」


 関係ないと言われてしまえば、確かにそうだ。


 だが、見てしまった以上、黙っているわけにもいかない。


 信が口を噤んでしまうと、今度は亜緋人が老婆に尋ねる。


 「子供ならもう結構いると思うけど、それでも作り続ける理由は何かくらい、教えてもらっても、罰は当たらないと思うけどな」


 にこっと笑いながら老婆にそう言うと、少し黙った後、ゆっくりと語りだした。








 「古の習わしじゃ。この街は双子によって守られておるのじゃ」


 「双子?」


 「同性であって異性であっても、双子ということがなによりも重要なのじゃ。双子は生贄として神に捧げられ、それによってこの街は災害や人災から守られると言われておる。もしも双子を捧げなければ、一生、街には子が出来ぬと言われておる」


 「生贄って、今でもあんの?」


 そんなの昔のことだろ、と亜緋人が顔をしかめながら話す。


 「羊なんかの動物とか、アルビノの人間を生贄にするって話しは聞いたことあるけど、双子は初めて聞いたな」


 いつの時代とも言えない、どこの世界とも言えない。


 それでも確実に、そういった習慣は今でも根付いているのだろう。


 「この街には、もう二十年以上、双子が生まれておらぬ」


 「まあ、そう簡単に産まれるもんじゃないだろ」


 「それで、双子を産むためだけに、こうして大人が集まって、双子を作るために必死に子作りしてるってか」


 やってらんねぇな、と亜緋人は首をコキコキ鳴らし、その横で信は顎に手をつける。


 和樹は目を瞑ったまま、ぴくりとも動かない。


 老婆が言うには、食料などは、大人が別の街に調達しに行き、それを夜中、子供たちが寝静まったころに届けに行くとか。


 また、その子供たちさえ、大事な子供を産み出すものだと、街から逃げ出さないようにするため、中毒性の強い葉を食料の中に混ぜているという。


 そうやって、知らぬ間に依存させられてしまった子供たちは、この街を抜けるという考えを持たなくなるらしい。


 「腐ってやがる」


 「じゃが、それしか方法がないのじゃ」


 「てかさー、古だか何だか知らねえけど、そんなもの信じて今まで生きてきたわけ?双子がいねぇとどうこうなんて、馬鹿らしいだろ」


 「双子座とかじゃダメかな」


 「え、信、それマジで言ってる?」


 「・・・冗談だよ」


 「旅人さんよ。若そうじゃのう」


 「あ?もちろん!若いに決まってんだろ!ぴっちぴちだぜ!」


 「ぴちぴちというほどの歳じゃぁないけどな」


 自身たっぷりに、腰に手を当ててえっへん、としている亜緋人だったが、こう答えてしまったことに、後悔することになる。


 「そうかい」


 ふんふん、と老婆はゆっくりと立ち上がると、亜緋人を観察し、その後信、そして最後に目を瞑っている和樹を見つめた。


 なんだか嫌な予感しかせず、信はゆっくり後ずさり、和樹の傍による。


 「腹筋も割れておるのかのう」


 「あったぼーよ!鍛えてるからな!この歳でお腹ぶよぶよじゃあ、女が寄って来ないだろ!」


 空気を感じ取れていないのか、亜緋人は老婆に自慢気に答える。


 そして、老婆が何も言わなくなると、亜緋人もなんだろう、と目をぱちくりさせる。


 「ならば、その若さ。子作りに使ってもらおうかのう」


 「・・・・・・へ?」


 ガシッと、亜緋人は両腕をがっしりと男たちに掴まれてしまった。


 瞬間、顔を真っ青にして引き攣らせ、信に助けを求めようとしたが、横にはすでに信はいなかった。


 顔を後ろへと向けると、そこには、和樹の横で、哀れむような目を向けている信と和樹がいた。


 「おいこら助けろよ!」


 「きっとお前が一番体力あるよ」


 「そういうこったねえよ!まじか!これまじなやつか!ヘルプミ―!!!」


 ドナドナ―、と歌い出しそうな二人に見送られ、亜緋人は一人の女性の前に連れて行かれる。


 「いやいやまじで御免なさい。俺こう見えても結構一途な方で、好きになった女しか相手にしないって決めてるからさ。いやこれホント。それにきっと信の方が優しいんじゃないかなーなんて。へへ。いやいや!まじだから!俺嘘なんか吐くけど、たまにだから!いつもいつもじゃないから!」


 必死に抵抗を続けている亜緋人は、脱がせられそうになったズボンを脱がすまいと、暴れに暴れる。


 数人がかりで取り押さえているが、大人しくならない。


 「助けろよてめぇら!くそが!」


 「いや、こっちもピンチだから」


 気付けば、信と和樹の方にも男たちが寄ってきていて、和樹が銃で威嚇している。


 ああ、こんなとき、飛び道具っていいな、なんて思っていた亜緋人。


 信も刀を抜き、構えている。


 ふと、そんな時、余裕があったわけではないが、亜緋人の視界に一人の人物が見えた。


 「いやだよぉぉ・・・。おじさん、やめてよぉ・・・!」


 か細い声を、なんとか搾りだしているのは、探していたイヴだった。


 知らない男だが、きっとこの街の男だろう。


 おじさんと言っているのだから、イヴの顔見知りか。


 「おい!なんで子供にまで手ぇ出してんだよ!」


 思わず叫ぶと、信と和樹も亜緋人の見ている方へと顔を向けた。


 そこには、まだ小さな身体のイヴが、大きなお腹の出ている男の下敷きになっていた。


 この角度からでは、イヴの足しか見えなく、洋服を着ているのかも分からない。


 「子供でも子を孕むことは出来る。あの歳まで待ってやっておるのじゃ。イヴだけではなく、他の者も、ここへ連れて来なければな」


 「いやーーーー!!!!」


 助けに行きたいが、こうも人数で大きく差が出てしまうと、そう簡単にはいかない。


 ガンッ、と一発の銃声が鳴るまでは。


 誰かを撃ったわけではなく、単なる威嚇射撃なのだが、それでも効き目は充分だった。


 男たちは和樹たちから離れ、亜緋人はせっせと中途半端に下げられたズボンをあげた。


 「あー、恥ずかしい」


 「ホントにな。まさか水玉模様だなんて」


 「いいだろ別に!気に入ってるよ!」


 そんなやりとりをしている三人だが、イヴを襲っている男には、何も聞こえていないようで、まだイヴに乗っている。


 早くどかせようとしたが、男はもう獣のように、息を荒げる。


 「くそっ!」


 手を伸ばしたその時、男の身体がぐらっと揺れた。


 巨体はそのままイヴに向かって倒れそうになり、イヴは必死に避けた。


 一瞬、何が起こったのか、その場にいた誰もがわからなかった。


 「あ、アダム?」


 はあ、はあ、と大きく息をしながら、アダムが男の背に立っていた。


 そして、その手には、民家から持ってきたのだろうか、包丁が握られていた。


 「あ・・ああああ・・・ああああああああああああ!!!!!!!」


 発狂したように、アダムは包丁を振り乱し、すでに倒れている男の背に馬乗りになって、さらに刺していく。


 だが、子供の力だからか、それほど深くは刺さっていないようだが、何度も何度も、アダムは男を刺した。


 その間に、亜緋人がイヴを助けるが、アダムは止めない。


 「アダム!止めるのじゃ!」


 「やめなさい!」


 「きゃーーー!」


 「おい、お前等止めろよ!」


 「お前こそ・・・!」


 呆然としていた男たちは、数人でアダムを止めようとした。


 だがその前に、アダムの動きが止まった。


 「・・・・・・もう死んでる」


 和樹はアダムが振りかぶった包丁を強く握り、その手からは、同じように血が流れていた。


 「もう、その辺にしておけ」


 「うっ・・・ううっ!」


 和樹がアダムから包丁を奪うと、一斉に男たちはアダムを取り押さえようとした。


 スッ、と和樹は包丁を男たちに向けると、クルクル回してベッドの上に刺した。


 ベッドの縁に腰をかけ、今度は銃を向ける。


 アダムはその場にしゃがみ込み、嗚咽交じりに泣きだした。


 「お前ら、他所者の癖に、邪魔しやがって!」


 「早く双子を作らねえと!」


 「少しでも多く子を作っておかないと、私達、滅んでしまうのよ!」


 「無関係の奴らはさっさと出て行け!」


 一人の女性が、イヴのもとに来た。


 お腹の出ている女性は、きっと妊婦だろう。


 イヴの肩をそっと掴むと、柔らかく笑った女性は、泣いているイヴの目元を拭う。


 「イヴ、あなただって、わかってくれるでしょ?私たちが生き残るためには、どうしても双子が必要なの。だから、あなたも協力してくれるわよね?」


 「あなたは、もしかして・・・」


 「・・・この子の母親です」


 なんとなく、というか、似ている。


 目元も口も雰囲気も、イヴそのものだ。


 「母親が、そんなこと言うんですか。依存までさせて、街に縛りつけて、こんなことまでさせて!」


 「・・・きっとあなた方には、理解出来ないのかもしれません。けれど、私達にとっては、大事なことなんです」


 ぐすっと泣いているイヴは、カタカタと身体を震わせている。


 イヴの身体をぎゅっと抱きしめると、女性はイヴの耳元で、何か囁いた。


 余計に泣きそうになったイヴだが、女性に背中を摩られると、男の方へと歩んで行った。


 「何を言ったんです?」


 「・・・気にすることはないわ」


 「どいつもこいつも。じゃあ、街にいる子供たちは、この先、こっちに来て、同じようなことするってわけか」


 「そうよ。最初は、すんなりと受け入れられなかったわ。双子なんて、毎年毎年、こんな小さな限られた街で産まれない。そんなこと、わかってたの。でも、いつしかみんな、取り憑かれたようにここに来るようになったわ」


 女性はふう、と息を吐きながら立ち上がると、ベッドに腰掛けた。


 「どうか、荒波立てずに、立ち去ってくれませんか」


 「・・・・・・」


 寂しそうな顔をされ、信達はぐっと言葉を飲みこんでしまった。


 この街にはこの街の歴史や生き方があるのだろう。


 それを受け入れるべきなのか、それとも人道から外れていることだと、きちんと話し合うべきなのか。


 「結局、お前達の被害妄想と我儘だな」


 「なんだと!?」


 静まり返った部屋に響いた、棘のある言葉を言ったのは、和樹だ。


 「災害だの人災だの、生きてれば一度は必ず身に起こるものを、生贄のせいにして。ほとほと呆れるな」


 「子供が生まれたこなかったら、どうするんだ!」


 「・・・産まれていないのか?そんなわけないよな?」


 「・・・!」


 「滅ぶ時がきたら、滅ぶべきなんだよ。抗おうなんて考えるのが馬鹿なんだ」


 「な、なんだこいつ!!!」


 和樹に殴りかかろうとした男だったが、簡単に避けられてしまった。


 ひょいっとベッドから立ち上がると、和樹は階段側へと歩いていく。


 「イヴ!待ちなさい!」


 その時、声が聞こえた。


 小さな身体が二つ、男たちの隙間を通りぬけていく。


 部屋にある、唯一の大きな窓に、アダムとイヴが立っていた。


 互いに手をギュッと握っている。


 「イヴ、怖い?」


 「ううん。怖くないよ。アダムが一緒だもん」


 「二人とも、危ないから、ゆっくりこっちに来なさい。ね?」


 「大事な子種だ。早まるな」


 「イヴ、やめて。戻ってきなさい」


 子供のためとは思えない、大人の必死な言い分に、アダムとイヴは微動だにしない。


 「お母さん、ごめんなさい。でも私、こんなの嫌」


 「嫌なんて我儘言わないで」


 「私、お母さんにとって何なの?」


 「え?」


 まだ小さいイヴの声は、強く聞こえた。


 階段を下りようとしていた和樹も、身体の半分を壁に寄りかからせている。


 「お母さんとの思い出なんて何もない。大事にしてもらって記憶もない。私には、アダムとの思い出しかないの!」


 「それはあなたたちのために!」


 「そんなわけないじゃない!じゃあ、どうして私がおじさんに無理矢理襲われてても、助けてくれなかったのよ!そんなの親じゃないわ!」


 「イヴ、聞いてちょうだい」


 「もう、無理なの」


 「イヴ!」


 「私の身体は汚くなった。それでもアダムは、私の手を握ってくれる」


 「・・・・・・」


 「私には、アダムしかいないの・・・!」


 静寂がおとずれると、夜の森から、何かの動物の声が聞こえる。


 油断すれば、きっと二人は地上へと落ちて行ってしまうことだろう。


 そんな静寂を打ち破ったのは、イヴの母親の声だった。


 正確に言うと、泣き声だ。


 「どうして・・・こんなことに!」


 両手を顔にあて、泣き崩れてしまった女性は、決心したように、顔をあげる。


 「イヴ、落ち着いて聞いてね」


 「なによ」


 「あなたとアダムは、血を分けた兄妹、双子なの」








 「なんじゃと!?なぜ今まで言わなんだ!」


 「ごめんなさい!」


 それを聞いて、がたん、と立ち上がったのは、老婆だった。


 女性はその場で何度も頭を下げる。


 確かに、アダムとイヴは同じくらいの歳のようだが、正確な歳は聞いたことがないし、顔も双子と言われれば、そうかな、という具合だ。


 一卵性双生児ではなく、二卵性の可能性もあるのだが。


 ここで妊娠した場合、別の部屋で産むという規則になっているが、女性の場合、身体が弱かったため、別の街に行って産んだようだ。


 「病院で産まれたのが双子で、とても嬉しかったの。でも、このまま連れて帰っても、生贄にされてしまうだけ・・・。そんなの、嫌だった!・・・だから、病院に一人預け、五年ほど経ったら、この街に置いていってほしいと頼んだの」


 うち一人だけを連れて帰り、その子はイヴと名付けた。


 数年経って街に連れてこられたアダムは、一人で遊んでいた。


 双子だからなのか、二人は会った瞬間に通じ合い、それから同じ時間を過ごすようになった。


 「なら、今からでも遅くはない!アダムとイヴを生贄の祭壇に連れていくのじゃ!」


 「止めてください!お願いします!」


 誰を止めれば良いのか、いや、この際全員を止めなければいけないのだが。


 信たちは首を左右に振りながら、どうしようかと考えている。


 ガン!


 またしても、和樹が一発銃声を鳴らせた。


 「この街の事情は知ったこっちゃないが」


 その間に、信と亜緋人が、イヴとアダムと救出しようとする。


 だが、その伸ばした腕が届くことはなかった。


 「「さようなら」」


 そう言って、二人は落ちて行った。


 唖然とする信たちだが、先に口を開いたのは、老婆だった。


 「早く死体を拾うんじゃ!祭壇へ持って行け!祭壇でなければ意味がないのじゃ!」


 「まじかよ」


 老婆の一言で、幼い二人を死なせてしまったことの償いの言葉も、悼む言葉もない。


 男たちは裸のまま部屋を出て行き、女たちは、母親をベッドに縛り付けた。


 「罪深き女じゃ」


 「自分の子を守ろうとして、何が悪いのよ!」


 老婆は、その場を女性たちに任せ、階段を下りて行った。


 残された信たちも、男たちの後を追って行くと、そこにはもう二人の死体はなかった。


 すでに連れて行ったのかと思ったが、男たちも死体を探していたため、消えてしまったようだ。


 あの高さから落ちて、まさか生きてはいないだろうが。


 「くそ!探せ!」


 「きっと近くに落ちたんだ!探せ!」


 老婆は時計塔の入り口に腰を据え、ただじっと待っていた。


 「まだ何か用かな?」


 特に急いで下りてきた様子のない和樹は、今やっと下りてきた。


 顎の下あたりをかきながら、だるそうに歩いている。


 そのとき、ふっと、風を感じた。


 「そうだよ。放っておきなよ」


 「!?」


 ふわっと空から舞い降りてきたのは、天使ではない。


 「ほぅら、また会ったでしょ?」


 にっこりと笑いながら老婆に近づくと、老婆も驚いた表情を見せる。


 「な、なんじゃ貴様は」


 「街の風習だとか習わしだとか、そういうの全然興味ないんだよね。だけど、生贄なんて物騒じゃない?怖い怖い」


 「何も知らぬ他所者が」


 「そうだね。だから、君にもまったく興味がない」


 そう言うと、李は老婆の首に腕を突き刺した。


 あまりに突然の出来事で、老婆はもちろんのこと、信たちもしばらく動かなかった。


 「ぐおっ・・・!」


 「ごめんねー。ちょっと目障りかな、君」


 血を流しながら、老婆は力無く倒れていった。


 老婆の首から腕を引きぬくと、李は血で汚れてしまった自分の腕を眺めて、笑いながらブンブン振っていた。


 「あーあ。汚れちゃった。だから嫌なんだよねー、こんなことするの」


 「なんでこんなところにいる?」


 「つれないねー。拓巳、なんか拭くもの頂戴」


 ガサッと音がすると、そこから拓巳と死神が現れ、拓巳がタオルを差し出した。


 それを受け取ると、李は腕をごしごしする。


 「あちゃー。やっぱ洗い落さないとダメか。臭いもきついなー」


 タオルで拭いても、綺麗に拭いきれない血の汚れをクンクンと嗅ぎ、李は眉間にシワを寄せる。


 舌をちろっと出し、タオルを拓巳に投げると、信の方を見る。


 「少しは学習しなよ」


 「?」


 「関わらない方が良いことっていうのがあるんだよ、世の中にはね。それに一々首突っ込んで、君は馬鹿としか言いようがないね。呆れちゃうよ」


 「だからって、見て見ぬふりなんか出来ない」


 「どこからくる正義感か知らないけど、余計なお世話だし、君には向いてないと思うよ」


 「何がだ?」


 「・・・人助け?」


 てへ、と首を傾げてそう言う李に、きっと悪気はないのだろう。








 「あー、気持ち良い。冷たいけど」


 「そりゃそうです。川ですから」


 李は、汚れてしまった身体を洗う為、川で水浴びをしていた。


 必然的に付き合わされる拓巳と死神は、木陰で李の水浴びが終わるのを待っている。


 普段の李からは想像出来ないような、程良く引き締まった身体に、髪も濡れていてしっとりとしている。


 ばしゃ、と水から出てくる音が聞こえてくると、拓巳がタオルを差し出す。


 適当に拭いて服を着ると、またちょっと着崩す。


 「気に入ってますね」


 「なにがー?」


 「あの男のことです」


 「えー、何?嫉妬?」


 拓巳の言葉に、李はけらけら笑う。


 「・・・気色悪いので、そういうこと言わないでもらえますか」


 「お腹空いたねー。なんか食べたい」


 まったくマイペースな李に、二人は互いに顔を見合わせ、ふう、とため息を吐く。


 「邪魔だし、殺したいのは山々なんだけど、こわーい人が見張ってるからね」


 「?」


 少し大人しくなったかと思うと、李はまた歯を見せて笑う。








 「なあ信、良かったのか?あれで」


 「・・・・・・」


 「まあ、俺達がどう頑張ったって、あいつらは変わらねえし、子供は薬漬けにされてて、どうもこうもいかねぇし」


 「・・・・・・」


 「だからってさ、信が責任感じることじゃあねぇと思うんだよ。うん。だってそうだろ?もともと俺達は無関係だし、どっちかってーと、巻き込まれた立場だろ?」


 「・・・・・・」


 「お前のことだから、放っておけないとか、なんとかしてやりたいとか、そんなこと思ったのかもしれねえけど、所詮は無理だったんだよ。な?」


 「・・・・・・ああ」


 「人間には出来ることと出来ないことがある。向き不向きもある。得意不得意もある。ちなみに俺は梅干しが苦手だ。まあそれは良いか」


 「・・・・・・ああ」


 「アダムとイヴのことは、なんてーか、まあ、助けてやれなかったのは悔しいが、それはあいつらの決めた事だ。俺達には止められなかったんだよ。運命だのなんだの言う心算はねぇけど、ここに産まれてきちまったことは、どうしようもねぇだろ?」


 「・・・・・・ああ」


 「ダメだ、聞いてねぇ。和樹、俺、どうすればいい?」


 「口を閉じてろ」


 ずーん、と沈んでしまった亜緋人は、和樹に慰められようとしたが、呆気なくつき離されてしまった。


 街を離れた三人は、真っ暗な道をしばらく歩き、亜緋人が疲れたと言ったところで、休憩というか睡眠を取ることにした。


 本当なら、あの街の宿で寝るはずだったがそういうわけにもいかない。


 結局、アダムとイヴの遺体は見つかることなく、戻ってきた男たちは、死んでいる老婆を見て互いに頷いた。


 それからどうしたのか、信達は知らない。


 最後まで見届けることも出来ず、街を離れてきたのだ。


 焚火をして身体を暖めながらも、信はなかなか口を開かなかった。


 和樹はいつものことだが。


 だから、先程から亜緋人の独り言のようなものが空中を漂っている。


 足の開いた体育座りをしながら、膝の間に顔を埋めたまま。


 「・・・・・・」


 沈黙に耐えきれず、だが口を閉じろと言われたため、亜緋人は頬を膨らませて身体を左右に大きく揺さぶっている。


 浮き沈みが激しいわけではない信だが、なんというか、繊細なのだ。


 何十分も沈黙でいると、亜緋人は諦めたように目を閉じた。


 「信」


 そんな中、沈黙を破ったのは和樹だった。


 「別に俺はお前を責めも助けも同情もしない」


 「お、おい和樹」


 不穏な空気を感じた亜緋人が口を挟むと、和樹にぎろっと睨まれた。


 「塞ぎこむ暇があるなら、他にやることがあるだろ」


 「・・・るせぇよ」


 「喋った!」


 「お前は黙ってろ」


 「はい」


 また和樹に怒られ、亜緋人は背筋をピン、と張って正座した。


 「俺は面倒なことは御免だ」


 「!面倒なことってなんだ!」


 「怒った!すいません!」


 和樹に怒られる前に、亜緋人は自ら謝る。


 顔を下げていた信だが、がばっと勢いよく顔を上げると、和樹を睨みつける。


 眠そうな目のままの和樹だが、その目は確実に信を貫く。


 「そうやって感情任せになるのも、お前の悪いところだ」


 「お前は!なんで、そうやっていつも!他人事みてぇに出来るんだよ!」


 「他人事だ」


 「ならお前は!俺のことも、亜緋人のことも!他人だと思ってんのか!」


 「当然だ」


 「!!!」


 和樹の言葉に、信は思わず和樹の胸倉を掴みあげ、殴った。


 こんなこと、初めてだ。


 それを見ていた亜緋人は、口を大きく開け、そこに指を入れていた。


 殴られた和樹は、口の中が少し切れたのか、口をもごもごさせ、血を出した。


 「確かに!他人の俺達が出来ることには限界がある!けど・・・!もしかしたら、もっと何か出来たんじゃないかって、思うだろ!」


 「・・・・・・」


 「自分が甘いこと言ってるってのも分かってる!そんなの、現実では難しいってわかってる!それでも、助けたいって!」


 「・・・・・・」


 「世界が平等に平和だとか、みんな同じように幸せとか、夢物語だよ。でもそうなったらいいなって、小さい頃から思ってた。俺にはまだ力も脳もない。だからお前たちに助けてもらってる」


 「・・・助けてるつもりはない」


 「それでも、俺は助かってる」


 「・・・・・・はあ」


 胸倉を掴んでいた腕を下ろしながら、ぽつりぽつりと話す信に、和樹は肩を動かしてため息を吐く。


 二人の険悪なムードもすぐ収まり、一人のけものになっていた亜緋人も、ホッと一安心する。


 またお尻をつけて座ると、信は木に寄りかかって空を見る。


 「誰のものでもないんだよ。この世界は。なのに、奪い合って争って、それでしか解決策を見いだせないなんて、虚しいよ」


 和樹もまた座り直すと、また目を瞑り、口を開く。


 「武力は時に無力だ。どんなに強い武器を持っていても、どんなに沢山の兵士を連れていてもな。お前はそれだ」


 「え?どれ?」


 「和樹ってたまに難しいこと言うな」


 ようやく和やかになってきた空気に、亜緋人が言う。


 「亜緋人、今のわかった?」


 「俺わかんね。だって和樹怖いから」


 「なんか和樹殴ったらスッキリした」


 「おい」


 「てかさ、早く寝ない?もう真っ暗で、明日昼まで寝てんじゃねえの?」


 すっかり目が暗闇に慣れてしまっていたが、今は真夜中なのだ。


 だが、きっとこれから空は明るくなってくるのだろう。


 本当にスッキリしたようで、信はその後、数秒も待たずに寝てしまった。


 「なんだかなー」


 寝てしまった信を見て、亜緋人が笑う。


 「勝手に背負って、勝手に怒って、勝手に悟って、勝手に寝やがったよ」


 「・・・・・・ああ」


 和樹は腕を頭の後ろにもっていき、それから少しして夢の中へ行った。


 それを見て、亜緋人もやれやれと言った風に、身体を丸めて寝た。


 三人が起きたのは、やはり、翌日のお昼過ぎになってからだった。


 正確に言うと、和樹は一度、いつも通りの時間に起きたのだが、二人がぐーすか寝ていたため、また目を閉じた。


 そしてそれから少しして、今度は亜緋人が目を覚ましたが、やはり二人が寝ていたため、二度寝に入った。


 信はまったく起きず、お腹が鳴ったのが聞こえて、渋々起きたのだ。


 「まだ寝れる」


 「まだ寝てたら、昼夜逆転生活になっちまうだろうが。ほら起きろ」


 ごろごろしていたら、亜緋人に脇腹を蹴飛ばされ、亜緋人のズボンを強く掴み、ずり下ろそうとした。


 少し下がったところで、亜緋人にバレたため、大人しく起き上がった。


 昨日の喧嘩など嘘のように、信と和樹はいつものように話している。


 話しているとはいっても、全体的に信が話しているだけで、和樹は聞いているだけ。


 一時間ほど歩いたところにあった村で、三人はご飯を食べ、食料調達と寝袋を購入した。


 「やっぱ、小さいとこの方が高ぇな」


 「仕方ないだろ。でもこれで、多少は遭難しても生き延びられるな」


 「遭難する前提で食料買ってたっけ?」


 「万が一だろ」


 「万が一?こんな平坦な道が永遠と続くんじゃないかと思うほどの場所にいるのに、これから遭難する確率って、いかほど?」


 「・・・和樹」


 亜緋人の答えなくても良い、どうでもいい質問に、信は和樹の方を見る。


 「知るか」


 「だってさ」


 「だろ?そんなもんだって。そんな簡単に遭難出来るなら、俺は遭難して綺麗な姉ちゃんに助けてほしいもんだ」


 「お前は相変わらず、頭の中がピンクか」


 「見る?」


 「いや、いい」


 次の街はどんなところか。


 まともな街だと良いなー、という三人の思いは、いとも簡単に打ち砕かれることになるのだ。








 しゅぼっ、と蝋燭に火がつき、灯された。


 白くふわふわした場所には、男女がいる。


 長い黒髪の男は、女を後ろから抱きしめると、耳元で何か囁く。


 くすぐったそうに身をよじりながら、女は男の方に顔を向ける。


 「今日はロマンチックなのね」


 「あ?いつもだろ?」


 「あら、そうだったかしら?」


 顔が近づいた二人、唇が重なるかと思ったが、女が男の髪を強く引っ張った。


 「いて」


 「ダメよ」


 「なんで」


 「なんでじゃないわ。まだ任務は終わってないのよ?」


 「気晴らしって必要だと思うんだけど」


 「あら、私の相手するのは、気晴らしなの?」


 「ったく。女ってのは、どうしてこうかね」


 女が立ち上がると、何も身につけていなかったことがわかった。


 床に落ちた布を一枚手にすると、女は身体に巻きつける。


 女性らしいラインが余計に色っぽい。


 「いつ見ても良い女だな」


 「あら、そう?どこの女と比べてるのか知らないけど、ありがとう」


 「ひねくれてんなぁ」


 「お互い様ね」


 女が部屋から出て行くと、男は蝋燭の火を消した。







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