積小為大・金次郎さんの「分度」

 さて金次郎さんが総本家の再興のため、善種金をふやされたことをみました。


 自分が論じたのとは別に、加藤仁平先生の論文では文政五年(1822年)の善種金は金百八両となっています。はじめの一両から百八両へとふえたのです。


 総本家の復興については別の史料による分析では文政十二年(1829年)に総本家の復興が実現したとされています。そのために資金が三百両貸しつけられた。そして総本家を継がれたご子孫も現存しておられたとのこと。これは加藤仁平先生の論文からです。


 植えられた種はふえます。一粒の種が、何百、何千、何万になります。種はほんの小さなものです。でもやり方によって自然や社会の力でふえる。小さな種が大きな影響力をあたえる。社会に貢献し、大きな力になる。


 わずかなものでも積みあげることで大きなものになる、善種金はその証拠の事績です。心にとどめたいものです。


 先に『二宮翁夜話』の「積小為大」の訓話を一つ引きました。ただこれに関する訓話はもう一つあります。ここに引いておきます。


 『二宮翁夜話』巻四、全体の第百六十三「小を積んで大を爲すの說 竝びに 米粒に木の實の譬」です、意訳します。


 翁(二宮尊徳翁、金次郎さん)がおっしゃった。


「世の中では(数は)大へも小へも限りはない、浦賀港にては米を数えるのに大船にて一そう、二艘といい、蔵前にては三くら、四蔵というのである。まことに俵での米は数をなさないようである。そうではあるけれども、その米が大粒であるわけではない、通常の米である。


 その粒を数えれば一枡には粒が六、七萬あるはずである。そうであるならば一握りの米も、その数は数えきれないといって可である。ましてその米穀の功や徳についてはどれくらい(の数がある)だろうか。


 春に種を下してから稲が生じ、風雨寒暑をしのいで花が咲き、みのってまたこきおろしてきあげ、白米となすまでのこの丹精は容易なことではない。まことに粒々りゅうりゅう辛苦である。


 その粒々辛苦の米粒を日々無量(数えきれないほど)に食して命をつなぐその功と徳とは、また無量(数えきれないほど)でないだろうか。よく思うべきである。


 だから人は小さな小さな行いを積むことをとうとむのである。私の日課である縄索なわないの方法のごときは人々は疑わずして勤めるようになる。これは小を積んで大を為すことである。一房の繩であっても、一錢の金であっても、乞食に施すたぐいのものではない。まことに平等な利益の正業であって、国家の興復の手本である。


 大なる事は人の身を驚かすだけであって、人々は「及ばない」として退くので詮がないものである。たとえ退かないとしても、成功はとげにくいものである。今ここに数萬金をもつ富者があるといっても、必ずその祖やその先のものが一鍬の功から小を積んで富をきずいたにちがいない。


 大船の帆柱、永代の橋杭はしくいなどのような木は、大木であるといっても、一粒の木の実より生じ、幾百年の星霜をへて寒暑風雨の艱難をしのぎ、日々夜々に精気をはこんで長育したものである。だから昔の木の実のみが長育するのではない、今の木の実であるといってもまた大木となれることは疑いはない。


 昔の木の実が今の大木で、今の木の実も後世の大木であることをよくよくわきまえて、大をうらやまず、小を恥じず、すみやかならんことをほっせず、日夜怠らないで勤めることを肝要かんようとするのだ。


「むかし蒔く木の實 大木と成りにけり

 今蒔く木の實 後の大木ぞ」と」


 金次郎さんはそうおっしゃっています。小さなことをゆるがせにしない。難しいことですね。


 さていよいよ服部家の立て直しの話になります。


 ここに金次郎さんの「分度」について掘りさげて説明をします。この「分度」というものは、金次郎さんが家や国などを建て直すときの重要な概念になったものです。


 二宮家の総本家の立て直しでみられた金次郎さんの「善種金」の考えや実践はのちの多くの事業で応用されます。服部家での金次郎さんの立て直しの方法も、各地での多くの事業において基礎となりました。


 ですからここで金次郎さんが服部家の立て直しでおこなった、特に「分度」という考え方を詳細に分析する。それがどのようなものであったのか確認する。そうするとのちの金次郎さんの事業の展開が理解しやすいのではないでしょうか。


 そのため金次郎さんの「分度」の理念をみます。


 「分度」とは「予算を決め、その支出の総額を制限するものである」とされます。ですがこの「分度」には金次郎さんのいろいろな考えが含まれています。


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