第58話 励ましと困惑
夕食が終わり部屋に奏汰を置いた後、静華さんは清水さんを部屋まで送っていた。
「ジャンケンしよ」
「いきなり何?」
「いいから!」
そう言って静華さんは握りこぶしを清水さんの方へ突き出し、ジャンケンの合図を声に出す。
「最初はグー、ジャンケンほい!」
「あー負けちゃった」
なんか勝った、てか何でいきなりジャンケン?
「千鶴ちゃんの勝ちだよ、何でも言う事聞いてあげる」
「そういうこと? でも今は特に何も......」
「奏汰くんの誕生日」
北条さんがそう呟いた時、私は反射的に北条さんに顔を向けてしまっていた。
「私は奏汰くんの年齢、身長、体重、誕生日、好きなフルーツ、なんでも知ってるよ、どう聞きたい?」
「あー......」
本人は気づいてないと思うけど奏汰くんには感謝してるし、誕生日ぐらい祝ってもいいかなぁ......
「じゃあ──」
......ってなんだその顔! 北条さんってそんな顔するんだ!?
「やっぱり今はいい」
「えー本当にいいの?」
「えーって、北条さんが変な顔するから」
「私そんな変な顔してた!? ......それとも元々が変な顔ってこと?」
「普通に変な顔してた、ニヤニヤとこっち見てた」
ニヤニヤって......無意識に顔が動いたってこと?確かに表情はいつもより明るくしてあるけど、仕事中はなるべくそういうことを考えないようにしてるし......表情筋が発達しすぎたのかな?
「まっ......まあ気にしないで、それで本当に何も無くていいの?」
「うん、また必要になったら言うよ」
「分かった」
それからはただひたすらに歩いた。相手は患者だということを静華さんは忘れ、ただの友達として話題を振り、他の人迷惑にならない範囲で楽しく清水さんと喋っていた。
「そういえばさ、千鶴ちゃんって奏汰くんと偶然トイレ前で出会ったことあったじゃん?」
「うん」
「それで私と会って奏汰くんと私に助けられたわけじゃん?」
助けられたけど......ちょっとは救われて本当の友達というものを知ったけど──
「それって奏汰くんに偶然会わなかったら千鶴ちゃんを助けられてないから、ほぼ奏汰くんのおかげだよね」
「うんそうだけど、全然話が見えない......」
「じゃあシンプルに、千鶴ちゃん奏汰くんのこと好きでしょ?」
「......ん?」
何この人......急に何? ......でも正直気になってはいる、だけどそれもまた合ってるのが怖い......
「私はともかく奏汰くんまで変な空気にならないよう配慮してくれたことに惚れちゃった?」
「いやまあ......優しい人だと
でもまさかそこまで優しいとは思わなかったんじゃないかな? 千鶴ちゃんの性格上相手をまず疑って、観察してその子と関わっている人にどんな人か聞いてから話しかけに行くと思うし。みんなに向けられる一般的な優しさと、千鶴ちゃんに必要な優しさはちょっと違うから奏汰くんは一般的な優しさだと思ってたんだと私は思うなぁ。
「奏汰くんが千鶴ちゃんの求める優しさで良かったね」
「うん......あんな人現実にいるんだって思った」
「人への気遣いがないと務まらないからね、私もファインプレーだったでしょ? 危なかったよー」
「本当にありがとう」
「いいのいいの、それが仕事だから」
よし、上手い具合に話を逸らせた。これでもう大丈夫だ。
「あともうちょっとで着くねー......あそこだよね?」
そう言いながら不安そうに部屋を指す静華さん。
「そこだよ、合ってる」
「ごめんねー部屋のネームプレート見ないと分からなくて」
「人間らしくて安心した」
「なにそれ」
静華さんは少し嬉しそうな表情をしながら高らかに笑い、そう言った。
「奏汰くんとるなちゃんの部屋なら覚えてるんだけどねぇー」
「角部屋だからじゃない?」
「そうかも!」
そんな話をしていたら、いつも間にか私の部屋に着いていた。北条さん話上手すぎ。
「あっ、さっきの話で思い出したんだけど!」
「......なに?」
嫌な予感がする。
「結局、奏汰くん好きなの?」
「戻ってきちゃったかー」
「上手い具合に話題変えられちゃってたよー!」
それよりどうしよ......今のところいい子だし無しではないけど、年齢があまりにも違う気が......
「まだ悩み中?」
「いい子だけどもう少し様子見......かな」
「じゃあまだライバルじゃないね」
「......え......っ?」
「それじゃあまたねー千鶴ちゃん!」
そう言い残して静華さんは手を振りながら踵を返し、部屋から離れるため軽く走った後、ゆっくりと奏汰の部屋へ向かって歩き出した。
「最後のあれ何......? からかってる?」
本気だったら私と奏汰くんの年齢差の事なんかほぼ無いに等しいじゃん。
こうして清水さんは無事? 部屋に着いた。
「おまたせー」
「おかえりです、様子はどうでした?」
「気づいてたんだ、千鶴ちゃんのこと」
「なんとなくですけどね」
そう言いながら奏汰は安堵した様子を見せ、ペットボトルに入った水を1口飲んだ。
「私も喉乾いたなぁ......それ飲んでもいい?」
静華さんが指を指した先には、僕の飲みかけのペットボトルがあった。
「そこの冷蔵庫にあると思いますよ」
「あっ、そう? 見てみるね」
冷蔵庫に歩み寄る静華さんの顔は、何かを企んでいる様子。この表情に気づかないほど僕の目は悪くないぞ。
「あれ、無いなー」
「そんなことは......本当に無い......」
晩ご飯前まではあったんだけどなぁ、どこいっちゃったんだろ。
「1口だけだから、そのお水くれない?」
「1口でいいんですか? 紙コップとかママが持ってきてくれたので、僕に気を遣わずに飲めますよ?」
......用意周到な奏汰くんのお母さんめ......
「それじゃあ貰おうかな」
「どうぞー」
そう言って水の入った紙コップを机の上でスライドさせ、静華さんの前まで持っていく。
「ありがとー」
早速その水を口に運んで、喉に潤いを与えた静華さん。水を飲む時ですら笑顔を絶やさず、まるで好きなものを食べているかのようにただの水を飲んでいた。
「んっ、ついちゃった」
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもないよ」
2人で水を飲みながらまったりしていると、病院内に消灯のアナウンスが流れた。
「あっもうこんな時間」
「消灯時間ですね」
「はい、ベッド乗るよ」
静華さんは手に持っていた紙コップを置き、奏汰の車椅子をベッドまで移動させた。
「せーの でゆっくり立つからね」
「分かりました」
「いくよ、せーのっ!」
「よいしょっと......うん、大丈夫そう」
奏汰はゆっくりと横になりながら、頭の辺りにある枕を取ろうとした。
「
と、言いつつも静華さんは奏汰に覆いかぶさりながら頭の中心に枕をセットしてくれる。
「ありがとうございます」
「それじゃあまた明日ね! おやすみ」
「おやすみなさい」
明日はもうハロウィンパーティーかぁー......ハロウィンといえばカボチャだな、料理がカボチャづくしになってそう。
仮装とかも色んなものが見られるんだろうなぁー......ってそうじゃん! 仮装、何も言ってなかったけどどうするんだろ......
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