何でも屋 ※リュドミラ視点

 特別な依頼を受け取るときは、遠回しに貰うのが常だ。

 束になった業務用の書類に、一枚だけ依頼の紙が挟まっていたり、本部から別の人がきたり、その時の状況によって変わっている。


 普段は、何でも屋をやっているので、普通の仕事が9割。

 これは事務所から直接電話を貰って、仕事に掛かる。


 仕事内容は、『修復作業』や『害虫駆除』、『浮気調査』。

 私の場合、その補佐をしている。


 それなりに体を鍛えている男の人が、東北支部の拠点に15人ほど待機していて、それぞれの技術が必要な時に出て行く形だ。

 軍を退役した人は半数を超えるけど、誤解しないでほしいのは、『殺す事にはかなり抵抗がある』人がほとんど。


 私の場合は、仕事は仕事として割り切っているので、慣れてしまった。


 なので、普通の仕事以外の、残り一割が私の担当である。


 *


 滅多に顔を見せない上司ボスが、直々に店舗へ来訪したとあって、従業員は肝が冷えた。


 指名された従業員以外は帰らされ、他は残業として別室に呼ばれる。

 そこで話されたのは、裏方の仕事。

 普通はボスが直々に話す事はないから、皆は緊張していた。


 声のボリュームを落として話された内容は、一言で表すのなら無茶苦茶だった。


「――法律が絡むから、危険な橋を渡ることになる」


 坊主頭でガッチリとした体型の男。――ドナートがサングラスを指で持ち上げ、私の目を真っ直ぐに見てくる。


「半分は受け取った。残りは、仕事が片付いてから渡すことで、契約は成立だ」

「あの、ボス。いいすか?」

「なんだ?」


 他の仲間が手を挙げる。


「始末するだけの仕事ならともかく。この手の面倒な依頼はお断りしてませんでした?」


 お国の事情があるため、国際的な法律が絡む仕事は精査し、少しでも無理がある場合はお断りしている。


「うん。まあ、なんだ」


 皆が上司の顔を覗き込む。


「妻の、……兄が。親族からの頼みなんだ」


 意外かもしれないが、裏の仕事をしている人間ほど、家族は命と同様に大事な存在であると、徹底的に叩き込まれるのだ。


 それが仇になることは、しばしばある。


「あー、……そりゃ」


 質問した仲間が口を噤む。


「てことは、その男の子は甥か何かか?」

「いいや。赤の他人だ」

「赤の他人のために、住宅街行って、首輪外せってか? ……マジかよ」


 バレたら国際法違反の重罪で、他の仲間もろとも全員が祖国へ強制送還及び刑務所行き。刑務所では、特別棟に通されるとのことで、ただでは済まない。


 弱者救済プログラムは、今までに特別な法律である。


 祖国の事だから、たぶん受け入れはしないと思うけど。

 日本は気の毒でしかない。


「いくら貰える?」

「100万ドル(1億4千万相当)だ。半分は貰ってる」

「足りねえなぁ。ちっくしょ」


 仲間は乗り気ではなかった。

 このままでは話が進まないので、私は言った。


「ようは、その子の首輪を外して、日本村に帰せばいいんですよね?」

「そうだ」

「でも、馬鹿正直に首輪を外して送ったとして。たぶん、殺されますよ。テロを企んでいるって言いがかり付けて、銃殺すれば証言する人いなくなりますからね。危険物は後からでも置いて、写真撮ればニュースで流せる」


 ニュースは誰に見せるものか。

 これが分かっている人間は騙されない。


 上司は額に脂汗を浮かべて、難しい顔をした。


「難しい、……よな」

「ええ。でも一つ方法があります」


 上司が顔を上げる。


「北海道に身一つで流せばいいんですよ。あそこは、私たちの祖国が管理している。祖国の手続きは、私たちが便宜を図れますよ」


 簡単じゃないけどね。

 時間は掛かる。

 その間、どこに身を潜めるかが重要だ。


「とりあえず、半端な話になりますけど。やれるだけの事はやります。でも、無理ならその子を殺して、私は逃げます。それでいいですか?」


 仕事の内容は、難しいのでハッキリとした事が言えない。

 こんなの他のプロだってお断り案件だ。

 でも、私の要求はしっかりと伝える。


「分かった。先方には、伝えておくよ。……ところで」

「はい」

「なぜ、クマのぬいぐるみを持ってるんだ?」


 私は両手に持ったぬいぐるみをふにふにと押して遊んでいた。


「……可愛いからです」


 何とも言えない表情で、上司はサングラスを指で持ち上げた。

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