君想う『夢』

ぬヌ

第1話

未だに君を忘れられない。


あの声も、その笑顔も、繋いだ手の温もりも。


忘れたことなんて1度もない。


それは、『友達』から始まり、僕らは共に時間を過ごし、そしていつしか僕が彼女に抱く感情は『好き』になったのだ。


それは至極当然のことだろう。


男女が共に過ごしていると、いつか互いに抱く想いは自然と形を変えていく。


よくある話で、それはきっと何ら不自然なことでは無いはずだ。


……でもそれを、彼女に伝えることはなかったけど。


いつか共に過ごした日々は、今や文字通り過去のものとなり、その思い出達は、全てため息へと変わり果てる。


何故、彼女に自分の想いを伝えなかったのか、何故、彼女に打ち明けなかったのか、何故、何故、何故……


きっと、恥じらいや不安が先行し、関係が変わっていくのを恐れたのだ。


僕からすれば、君はたった1人の『好き』な人であったが、君からすれば、僕は多数大勢の『友達』の1人にしか過ぎなかった。


僕は怖かったのだ。


もしも想いを打ち明けたりなんてしたら、現実を突き付けられるってことが。


だから僕は『友達』のままを選んだ。


いつまでも、密かに想いをひた隠し、君との時間は流れていく。


一緒に居られるのなら、ずっと『友達』のままでも良いや。


僕は自分にそう言い聞かせ、抱く想いから逃げていた。


……けれど、時間は無情にも、常に進み続けるもの。


ずっと一緒、なんてものはどこにも存在しない。


あれだけ仲の良かった君とも、いつしか話しもしなくなり、やがて、彼女は僕の視界に映る場所から消えてしまった。


そして僕は後悔したのだ。


こんな感情を抱くのなら、自分の想いを彼女に伝えておけば良かった、と。


君のことを思い出す度、その後悔も胸の中で渦巻き、いつも心を掻き乱す。


君に、もう一度だけでも会いたい。夜の空に願った言葉も、星の海に呑み込まれ、それが叶うこともなかった。


しかし、だからだろうか、僕はいつしか君の夢を見るようになった。


初めてその夢を見た時、僕は歓喜に打ち震えた。


たとえそれが夢であったとしても、君の声、君の形をしていれば、他でもない君なのだ。


僕は、夢の続きが気になって、どうにか同じ夢を見れないか、その方法を模索した。


結論から言うと、そんな方法は存在せず、結局は落胆ものだったが。


それでも、夢の中に稀に君が現れては、世界は僕と君だけになる。


それまでが、どんな夢の世界だったかなんて、関係ない。


空を飛んでいても、ゾンビパニックの最中でも、君がひとたび現れるだけで、世界は、僕と君との独壇場へとなるのだ。


そして、君が夢に現れる度、僕は決まって告白をする。


それが、どんな台詞かは曖昧だし、どんな状況かもうる覚えだけれど。


今日見た夢は確か、謎にチョコを頬張りながら告白してたっけな。


流石にあれは、夢の中でもムードが無さすぎて、やらかした感を感じていたが。


けれど君は、いつもそれを受け入れてくれる。


その瞬間がたまらなく嬉しくて、僕は決まってキスをするのだ。


夢であることを忘れてしまうくらいの幸福に身を包まれながら、僕は君との時間を過ごす。


2人共に笑い合いながら、いつかの思い出のように僕らは語らう。


僕が「愛してる。」と言えば、「私も。」と、とびきりの笑顔で返してくれる君。


……もういっそ、このまま夢が覚めなければいいのに。


夢が深まるに連れ、僕はいつも、そんな淡い馬鹿な願いに溺れていた。




























































……けれど、これは所詮『夢』である。


「〜〜〜!……!」


僕は今日も『夢』から目覚め、意識の混濁から抜け出して、目を開ける。


「……ほんま、あいつありえへんわー。『〇〇僕の名前』モーニングでも食いにいこう!」


横を見ると、僕の横たわるベッドの傍に母の姿がある。


「……なんで?」


僕は、目覚めと共に目に映ったその姿に、やや困惑し、純粋な疑問を口に出す。


「いや、聞いてや!今日の朝4時くらいにあいつに起こされて……」


こんな調子で、また今日が始まる。


……そうだ、これを文章に書き起こしてみるのも案外楽しいかもしれない。


結局、店には行かず、家にある食パンを朝食として齧りながら、僕はふと、そんなことを考える。


今もまだ、あの子が夢に出てくる度に後悔の念は消えないが、少なくとも、『思い出』として語れるくらいにはなっている。


……また何処かで会いたいな。


夢の中で会う君と、今の君は、容姿が大分違っていたりするのかもしれないけど、まだ『好き』だという気持ちが消えることはないから。


……未だに君を忘れられないのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君想う『夢』 ぬヌ @bain657

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ