灯籠の夜

みなそこ

 少年は疾走した。


 先ほど、人の波の中に、銀色に光る何かが視界を横切った。

 おつきの李媽リーマーがどこにいるかも考えず、はじかれたように駆け出していた。


 夜闇が地上にたぐまったあたりを、そこかしこに掛けられた人の手による灯りが、まるで昼間を作り出そうとするかのように、明るく照らしていた。だが上にいくほどに、光は淡く闇に溶けていく。ぼんやりとした不思議な光が、周囲を満たし、溢れていた。

 今日は元宵の日だった。正月十五日の満月の夜だ。

 新年最初の満月が、皎々と濃紺の帷にかかっていた。

 その下には、薄絹にさまざまな絵を描き、色とりどりの房をつけた灯籠が、まち中の至る所に掛けられていた。

 広場ではいろいろな演し物が繰り広げられていた。

 少年は、光り蠢く大きな竜が光の球を追いかけて、上へ下へ、左右へ身体をくねらせる姿を目を丸くして見つめた。今年の竜燈は特別みごとだなあ、と誰かが頭の上で言った。いいぞいいぞと周囲が声をあげ、盛んに拍手喝采を送った。

 あれは張り子で、たくさんの人の手によって操られているとは知ってはいても、まるで生きているようだった。少年も一生懸命拍手をした。

 そうした賑やかしを眺め、それに身を浸していると、最近のくさくさとした気分が少し晴れた。


 母親が、せっかく灯市灯籠祭りがあるのだから楽しんでいらっしゃいと、数少ない使用人をおつきに割いて送り出してくれたのだ。

 確かに母親が送り出してはくれたのだが、元々この満月の夜には出かけるつもりだった。もし許しがもらえなければ、目を盗んで外に出てやろうと思っていた。

 絶対にやりたいことがあった。

 おつきの李媽リーマーに無理を言って、見どころとして知られているところ、もしくはみんなが誰にも知られないようにしているけれど、実は密かに楽しみにしている場所も、あらかじめ聞き耳をたてて押さえておいた、そういうところを見回り、演し物も有名どころは全部見た。

 だが、目当てのものは見つけられなかった。彼らだって、もしかしたらそういうものを見たがるかもしれないと思ったのに。


 ――神仙さまは見かけようとすればするほど見かけられなくなるものだ。無欲でなければ会えないのよ。


 誰かに聞いた話が、耳の奥でこだました。胸がさっと冷えてぎゅっと締めつけられる。嫌な予感がした。少年はそれでも諦めなかった。だが、李媽はやがて疲れて、もうお帰りの時間ですよ、と言った。

 その時、視界の片隅を、夜闇に銀の光が舞ったような気がしたのだ。


 ――神仙さまはお二人でいらっしゃる。お一人は星の光を集めたような美しい銀色に光る髪の毛をしておいでよ。


 そう言ったのは誰だったか。

 次の瞬間、少年は、人の波に紛れていた。

 灯籠の夜に現れるという、神仙の二人をどうしても見つけなければならないのだ。

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