今週末のご予定は

CHOPI

今週末のご予定は

 ガタンッ、ゴトンッ、ガタンッ、ゴトンッ……――


 いつもの朝、いつもの通勤電車に揺られ、今日も一日が始まる。ほとんど脳死状態で(考えるほどに朝がつらくなるからだ)いつものように電車に揺られていると、駅に着くたびに奥へ奥へと身体を押される。そうして今日も、自分が下りる駅までドア位置から遠めの座席シートの真ん前に立つ。


 ふと、目の前に座っている人の小説本に目が行った。理由は簡単だ。自分が大好きな作家の一人が書いている本の表紙だったから、すぐにそれだとわかったんだ。目の前の全然知らない女子学生の目が、一生懸命その小説の文章を追っている。『あぁ、それ面白いよね』と心の中で話しかけて、『私は、特にその中の、この話がお気に入り』と勝手に結論付ける。短編が集められたその本は、一駅区間で丁度良く一話読めるくらいの分量で、私も学生の頃とても気に入っていて、よく通学中にお世話になっていたことを思い出す。


 最近、本を読まなくなってしまった。学生の頃のように、まとまった時間が簡単には取れないこと。読みだすとその世界に引き込まれて、なかなか帰ってこられないこと。読み終わった後の余韻に浸る時間の確保もしがたいこと。そういう小さなものが積み重なって読まなくなってしまったけれど、あの頃一生懸命に読んだ文章たちは鮮明に思い出せるし、その鮮やかさは全然色あせることを知らない。


 そういえば、あの作者はあれ以降、何冊の本を世に送り出したんだろう。あの作者のあの作品、あの実写映画化はどんな映画になったんだろう。たった一冊の本を目にしただけで、久しぶりに本へ意識が向いていく。時間が取れず読むことを諦めてしまっていたけれど、根底は変わらず、自分は本が好きなんだと、嫌でも再認識させられる。ふと頭に浮かんだ、家にある積読本のタイトルも、暗唱できるままだった。


 ……久しぶりに気合い入れて読もうかな


 今週末。生憎、まだ予定は立てていなかった。吊革につかまったまま、片手でスマホを取り出して天気予報のアプリを立ち上げる。週末の天気を確認すると、5日間ほど晴れマークが続いている。降水確率も10%とほとんど無い。今週からいよいよ本気で咲き始めた桜も、気が付けばちょうどいい見頃の時期だ、早ければ週末は散り始めかもしれない。桜が散るその下で、のんびり日向ぼっこを兼ねて読書、なんて。想像しただけで。


 あぁ、とても贅沢な時間になりそうだ。


 いつもなら脳死のまま会社に向かう電車の中。たった一冊の本が、久しぶりに私の脳を元気にさせた。

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