ノリは大事

 持ち物の交換をしたマッシュとタクシー、そしてポピコの三人は湖面に沿った道を進み、キャンプサイトに到達した。


 しかし、道は少しの間だけ湖面から外れて森の中にあったため、日が入りづらく地面がぬかるんでいた。


 おかげで手押し車を押すのに手こずったり、三人の靴が汚れたりしたのだが、おおむね問題はなく切り抜けることができたと言えるだろう。


「早速だが、どこに置く?」

 やはり最初の言葉はタクシーらしい。三人の中で率先して動く役割を担っている。


 ちなみに、ここでの置くとはテントとタープのことだ。


「悩むな……」

 そう言って辺りを見回すのはポピコ。


「……釣り人いる」

 マッシュは関係ないことを口走る。


「幸い、場所に困ることはないな」

 ポピコに続いて辺りを見回したタクシーが言った。それに対しポピコが首肯する。


「平日だしな。世の人たちはみんな働いている」


 三人がキャンプに来ているのは九月頭の平日。世の社会人はほとんどがお盆に休みを取る。小中高生の夏休みも八月の下旬ごろには終わっている。平日休みなのは夏休みが長い大学生だけだ。


 しかも、九月というこのタイミング。昨今秋が来ないとされる日本でも、山の中はいくらか涼しい。絶好のキャンプができる季節といえよう。


「ねえ、釣り人が――」


「分かったから、少し黙っていろ」

 ピシャリと音が聞こえてくるような遮りだった。タクシーにすげなくされたマッシュは気にするでもなく、しかし口は閉じた。


 タクシーはマッシュの言った方に視線をやる。確かに、釣り人が数人竿を投げているようだ。


 彼らがいるのはキャンプサイトに面した大きな湖岸。きれいな三日月型をしており、緩やかに行ったり来たりする波を迎え入れていた。


「どうする?」

 ポピコは言った。


 キャンプサイトは林間部、芝生or土の地面、そして再び細い道を通った先にある奥のスペースに分かれている。


 トイレがあるのは芝生or土の地面のサイトだ。そこと林間部の間に水道場がある。


 ……


 …………


 タクシーとポピコは何回か言葉を交わしたのち、場所を決定した。マッシュはその話に加わるつもりはなく、二人も加わらせる気がなかったようである。




「ここをキャンプ地とする」

 そう言ったのはポピコ。どうやらその言葉に憧れがあったらしい。余韻を楽しんだのち、再び口を開いた。


「これ、言ってみたかったんだ」


 にんまりと唇の端を上げるポピコに対し、タクシーは冷静だった。落ち着いた様子で言葉を返す。


「そういうノリ、寒くないか」


「そうは思わないけどね」

 黙ってしまったポピコに代わってそう言うのはマッシュだ。彼も元ネタの番組が大好きであり、よくポピコとその話で盛り上がっている。その時タクシーは黙ったままなのだ。


「大学生ノリみたいだろ。真似ただけで自分が面白くなったと勘違いしていちゃ、どうしようもない」

 タクシーは唾を吐きつけるかのような勢いだ。ほのかにイラつきをにじませたポピコが口をはさむ。


「タクシー……お前、水曜どうでしょうに親でも殺されたのか?」


「そんなことはない。だが嫌いなものは嫌いだ」


「いいじゃん、大学生ノリ。僕たちは今を時めく大学生だよ? らしいことをしたっていいじゃない、人間だもの」

 あいだみつををモジってマッシュが言う。続けて「ふひっ……」と漏らし笑い。


 これこそ今さっきタクシーが否定した学生ノリだ。マッシュに至ってはポピコよりも自分が面白いと思っている風に笑ってもいる。


「第一、面白いの感性なんて低くてすそ野が広いほどいいんだよ。頭からっぽで読める転生無双ハーレムラノベも、作り込まれた超重厚ファンタジーも、両方楽しめた方が楽しいよ?」

 マッシュはタクシーの肩を抱きながらそう言った。しかし、ふと思い直したように再び口を開く。


「楽しめた方が楽しい、はちょっと変だったかも。忘れてね。――ほら、時間なくなっちゃうから、早く設営しよう。釣りもしたいしボートにも乗りたいな」

 マッシュはパンッと手をたたくと、二人を急かすようにして荷物をあさりだす。すぐにテントを見つけて引っ張り出し、二人に見せびらかした。


「お前の負けだな」


「…………ああ」

 タクシーは短く返すと、そのテントを受け取った。

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