キャンプサイトに行きたい

「マッシュ、止まるな。まだ先は長いぞ」

 三人の私物が入ったカバンを持って一番前を行くタクシーが振り返りながらそう言った。彼の視線はマッシュに注がれており、当のマッシュは地面と見つめっているところである。


 現在はタクシー、ポピコ、マッシュの順で狭い道を歩いており、タクシーは置いてかれ気味のマッシュに気が付いたのだ。


「そうはいってもね、辛いから……」

 疲労をにじませた表情でタクシーを見るマッシュ。先ほどまでの勝手に散策に行くような元気さはなく、ただただ弱弱しい。


 マッシュは三人の中で一番体力がない。中高の時もマッシュだけは文化部であり、今も然り。ソロキャンにハマったのはゆるキャン△の影響であり、今もバリバリのインドア派だ。


 そんなマッシュは大小さまざまの荷物が乗った手押し車を押している。


 それもこれもこのキャンプ場、キャンプサイトが受付の反対側――つまり、四尾連湖を半周しないといけない場所にある。


 しかも、湖に沿った道はとても狭く、数々の人で踏み固められて作られたもの。すれ違うには上下にある森の素肌に通行人のどちらかが足を踏み入れなければならないし、道だって綺麗に平らとは言い難い。

 

 ゆえにオートキャンプができるスペースはなく、車を入れることもかなわない。荷物を運ぶにはキャンプ場が所有する手押し車を借り、自力で行う必要があった。 


 それに悪い足元がネックだ。手押し車のバランスが取りづらく、進みにくい。


 今回は大学生三人組のキャンプ。テントはファミリー用だし、タープも然り。それに加えて大量の食品と飲み物。飲食物に関しては並みのファミリーよりも多いだろう。


 それらは貸出の手押し車一つでどうにかなるものではなく、しかし二つ目を借りるくらいのものでもなく、限界ギリギリかそれ以上を手押し車に押し込み、後はタクシーとポピコで運んでいるのだった。


「てかなんで俺が手押し車なの。体力も筋力もないの知ってるでしょぉ」

 手の甲で額の汗をぬぐいながらマッシュが文句をこぼす。それに対してタクシーがすぐさま反応した。


「お前が勝手に抜けて散策をしていたからだ。お前が遊んでいる最中、俺とポピコは受付と説明を受けていたんだぞ。それくらいやってもらわんと気が済まん」


「確かに」

 短くポピコが同意する。ちなみに彼は大量の飲食物が入ったクーラーボックスを持っていた。


「だけどさ……」

 マッシュは不満げに口をとがらせながら、ポケットからスマホを取り出す。ホームボタンを押すと二人に見えるようにして掲げた。さらに、続けて口を開く。


「あっちから歩いてきてもう五分は経ってる。それなのに半分も進んでない。これは僕が遅いからじゃないかな」


「それは自慢げに言うことか? もっと申し訳なさげにしてくれ」

 ポピコの鋭い指摘が飛ぶ。しかしマッシュはそれを無視した。


「向こうに着いたらテントとタープの設営もしなきゃいけない。そのあとは意外とすぐにご飯の準備をしないといけなくなるよ。その間に遊びたいでしょ?」


 マッシュの言うことはあながち間違いではない。キャンプは準備の手間が多く、ミスやトラブルもあったりする。思ったより時間を使うのは確かだった。


 ファミキャンの経験が多いタクシーもそれは知っていること。間髪入れずに言葉を返す。


「つまり、何が言いたい?」


「力のあるタクシーが荷物を代わってくれたら、早く着ける」

 したり顔が交じった、にこやかな笑顔でそう言うマッシュ。


「……さっさとよこせ」

 タクシーはわざとらしく大きなため息をつくと、カバンを地面に置いた。


「そう来なくっちゃ」

 マッシュが喜び勇んで前まで来て三つのカバンを手に取る。一つはリュックだったので背負う。


「出発だ!」

 マッシュは声を弾ませながら歩を進める。マッシュ、ポピコ、タクシーの順で並ぶ形。


「タクシーはお人好しだな」


「……お前が押すか?」


「それはごめん被る」

 タクシーの低い声に対し、ポピコは明るく努めて返した。

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