四尾連湖のキャンプ場に行った話

桃波灯紫

出発したい

「キャンプ場までよろしく。クレジットカードは使える?」

 黒髪をマッシュのツーブロックにした男は、おどけた調子でそう言うと助手席で足を組んだ。以後、こいつのことをマッシュと呼ぶ。


「うるせぇ、お前だけ置いていくぞ」

 それに応えたのはハンドルを握る長身で坊主の男。彼はマッシュには目も合わせずにスマホを弄っていた。以後、こいつのことをタクシーと呼ぶ。


「そうだ、曲流そう。俺のスマホ、ブルートゥースでつないでいい?」

 後ろの席に座っていた大柄な男がスマホを片手に身を乗り出してきた。ポプ子とピピ美がプリントされたTシャツを着ている。以後、こいつのことをポピコと呼ぶ。


 タクシーは煩わしそうに息を漏らすと、弄っていたスマホを手放した。


「ブルートゥースは俺のスマホをつないだ。この中から流したい曲を選べ」


 手放されたスマホはマッシュが拾うが、ポピコの「見せてよ」という言葉に従った。スマホを手渡されたポピコはしばらく画面を睨んでいたが、顔をあげてルームミラー越しにタクシーを見る。


「ほとんど東方の曲しかないじゃん。星野源とかプレイリスト入れてないの?」

 そうぼやくポピコは不満げだ。マッシュもそれに追随する。


「もちろん、東方には神曲しかない。だがプレイリストが東方のみは面白みに欠けるな」


 この三人は小学校一年生の頃からの付き合いだ。四年生になった頃、タクシーが兄の影響で東方にハマり、三人やその他周りの奴らに広まった。


 もちろん、全員今も東方の曲を聴いてはいるが、タクシーが一番いまだにハマっている。ちなみに、同時期に流行っていたのはポピコが広めた『男子高校生の日常』

だ。


「文句があるなら車を降りろ。もしくはお前らが運転しろ」

 その言葉にマッシュとポピコが口をつぐむ。


 今回のキャンプ、こう言われると二人は弱い。なぜなら、キャンプ道具を載せられるような大きな車を持っているのがタクシーだけだからだ。


 マッシュは前後左右の四つ角に傷をつけたアクアに、ポピコは最近話題のビッグモーターで買ったプリウスに乗っているのである。


 そんな事情もあり、大荷物を伴うイベントではタクシーが足になるのが常だった。


「――ちっ、返せ」

 沈黙のままの二人に焦れたタクシーがスマホをひったくるように奪い返すと、すぐに音楽が流れ出した。風神録から、4面テーマの『フォールオブフォール~ 秋めく滝』だ。


「これでいいか?」

 タクシーの問いかけに対し、


「いいです」

 とマッシュ。


「運転お願いします」

 とポピコ。


「よし、出発だ」

 タクシーは不愛想でありながら満足そうにうなづくと、車を発進させた。

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