リリィ

りび

第1話

 ぱらぱらと、まるで空がこちらに傘を差すか差さないかの駆け引きを持ちかける様に雨粒を振りまく。

 今朝の天気は晴れと予報されていた気がする。しかし、この空模様では家を出る時、無意識に傘を手に取ったのもおかしなことではないだろう。

 まあ、そんな安い心理的挑発に乗るものかと、それを手に下げたまましばらく歩いていた。だが、隣の彼女に風邪を引かせては責任問題が発生する。「しにかる」をふっと吐いてから、彼女の為に傘を差した。


 「綺麗だね」


 言葉とはウラハラ、哀愁と共にそう呟いた彼女。

 はて、何のことか。

 ポーカーフェイスを極めて曇天と張り合っていた故、僕は土手の桜並木にすら気が付かなかったらしい。「ふうりゅう」の無さに少しの自己嫌悪をしつつ、その呟きに共感する返事をした。


 だが、本当に共感してよかったのだろうか。


 「まるで、私みたい」


 そう言うのを聞いて、今更ながらこの可憐な少女が酷く落ち込んでいることを察した。


 「どうして?」

 「こんなに満開で見頃なのに、雨が降ってしまうだなんて」


 「どうして?」とは、我ながら最悪な返しに思えたが、案外そんなことはなかったようで、彼女は続けた。


 「誰も観にきてくれない。こんな目一杯にこちらを向いて努力してるというのに」


 怒りを潜めた声色だ。

 だが、怒りとは期待に結果が伴わなかった時に生じる悲しみの裏返しだ。彼女は何かを期待していたのだろうか。何を悲しんでいるのだろうか。

 そんなことが頭の中を一周した時、ふふっと__理由はわからないがとてもおかしくて__吹き出してしまった。

 当然ながら彼女は何故自分が笑われたのかと驚きや怪訝な表情をした後、少々の怒りが唇をつんと尖らせていた。

 __そんな顔を見て合点がいった。


 「ずいぶんと大きく出たものだ」


 拍子抜けな声を漏らす彼女。

 そこで僕は付け加えてやった。


 「あの桜と君が似たもの同士だって?」


 頬を薄く赤み掛かけたその色合い。確かにそれはよく似ている。そんな対比がとても滑稽だったのだ。

 ひとしきり恥じらった後、彼女も付け加えた。


 「名前が花の名前と同じだから、よく自分を花と例えちゃうの」


 ああ、とても愛おしい。

 そう思って口をついて出たのは、こんな言葉だった。


 「そんな君の感性が好きだよ」


 それは、今まで一度も言ったことが無い言葉だったもので、なんだか少しはにかんでしまった。

 「しにかる」も「ふうりゅう」も肩を組んで笑っている気がした。

 彼女もまた、微笑んでいる。


 そこで一句浮かんだ。


 その影で、雫が落ちるは、花弁かな。

 

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リリィ りび @livilivi_answer

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