第9話 勇者は戦いを喜び、勇者は救援に感謝する(2)

 その戦いに、試合開始を告げるゴングは必要なかった。


 三代目勇者にして四天王の1人たる、ドロミオーネは自らの身体に神聖術を用いて、殴り掛かる。

 一方で、セラトリアも、それを真似して、自らの身体に神聖術を付与して、防ぐ。


「へぇ、流石は勇者。この私の真似が出来るとは、恐れ入った」

「褒めても、何も出ませんよっ!!」


 セラトリアはそう言って、神聖術を付与しておいた聖剣で斬りかかる。

 それをドロミオーネは、ステップを踏んで、かわす。


「ならば、"付与を・・・増やす・・・"」


 ---ぶぅんんっ!!


 ドロミオーネの身体の光が、輝きがさらに増したかと思うと、速度が格段に上がっていた。

 1.5倍や2倍といっためちゃくちゃ分かりやすいほど速さがあがった訳ではないが、それでもドロミオーネの拳はさっきよりも格段に速くなっていた。

 ----と、同時に、重くもなっていた。


「重っ……?!」

「付与を増やしたからね。単純に速度を上げたのではなく、力も強くして速度も上げた。つまり、先程よりも、私は強いっ!!」


 ドロミオーネは、宣言通り、先程よりも強くなっていた。

 攻撃力、速度----目に見えて分かるのはそのくらいだが確実に強くなったのは言うまでもない。


「----っ!!」


 対して、勇者であるセラトリアの動きは、徐々に悪くなっていた。

 その理由は、彼女の、心の迷いにあった。


「(さっき、私は仲間に攻撃してしまった。あれは洗脳、そしてかけたのはこのドロミオーネである事は分かってるんだけど……)」


 自分の意思とは反する、仲間への攻撃。

 あれはドロミオーネが自分になんらかの催眠を使ってやらせたのは、セラトリアには分かっていた。

 ----分かっていたのだが、問題はそれがまだ残っているのかだ。


 催眠にいつかけられたのかも、分からない。

 そんな催眠がまだ残っている可能性があるかもと心の隅で考えているために、セラトリアは本気を出せずにいた。


 ----そんな迷いを持つ勇者は、ドロミオーネに殴り飛ばされる。


「ぐっ……!?」

「弱いなぁ、今代の勇者は。歴史的文書にも、こう書かれる事でしょう。

 ----"勇者セラトリア・ガルガンディア。歴代の中でも最強と言われ調子に乗っていた勇者様は、魔王に辿り着く事もなく、四天王ドロミオーネの手によって、哀れにも死んでしまいましたとさ"とね!」


 ドロミオーネは勝利を確信した笑みと共に殴り掛かり、セラトリアは本能的に聖剣で防ごうと身体の前に出して----



 ドロミオーネの腕は、吹っ飛ばされていた。



「はっ……?」


 ドロミオーネは、どうして吹っ飛ばされたのかは分かっていた。

 聖剣にぶつかった瞬間、聖剣が一人でに動いて、ドロミオーネの腕を斬り落として吹っ飛ばす。


 確かにそういう行動を取れれば、ドロミオーネの腕を吹っ飛ばすことも可能である。

 可能ではあるが、勇者セラトリアにそんな考えを巡らせる余裕はなかったと、ドロミオーネはそう考えていた。


 ----バンッ!!


 そんなドロミオーネの心臓に、アルテが放った弓矢が突き刺さったのであった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「……大丈夫、かよ、セラトリア」

「----アルテっ!」


 ふらふらと起き上がった俺を、慌ててセラトリアが支えていた。


「アルテ、お前、無事だったのか?! 私の攻撃、まともにうけたはずだろ?!」

「痛かった、が……死んだフリもできる、からな」


 俺は、勇者パーティーの中では一番弱い、おっさんだからな。

 狩ろうとしていた獲物に逆に襲われて、崖から落とされた事なんて、二度や三度の話ではない。

 そういう時のために、受け身とかの技術はしっかり学んでおいたのだ。


「あの宿屋の娘、思い返してみれば不気味だったからな」

「不気味……?」


 そりゃあ、不気味だろう。




 宿屋で、あの娘----四天王ドロミオーネ----は怯えたように装いながら、特定の言葉を刷り込むように、勇者であるセラトリアに伝えていた。


『"したっ"、下でお仲間さん達が待っておられますよっ!』

『"がっ"、頑張ってくださいね!』

『"えっ"、えっと、頑張って……』


 言葉を繋げると、『"したっ"、"がっ"、"えっ"』である。

 そして、勇者であるセラトリアは宿屋の娘さんを安心させるために、こう答えたのだ。


『"あぁ、勇者に任せたまえ"』




「つまり、あのドロミオーネは"言葉"を用いて、人に洗脳した、と?

 ……なるほど、流石はアルテ! やはり一緒に、2人で冒険の旅に行くために、賢者と聖女から追放されよう!」

「いや、意味が分からんが?!」



「三文芝居は、もう良いか?」



 むくりっ。


 心臓を矢で貫かれたはずのドロミオーネは、アルテとセラトリアを見ながら、そう言った。

 神聖術に長けたドロミオーネにとっては、弓矢で刺されるくらいなら、どうってことはないみたいである。


「----えぇ、ドロミオーネ。あなたが洗脳した方法が分かれば、この勇者の身体は普通に対応できる」

「あぁ、勇者とはそういう生き物であると、私も理解してるよ。だから、全力で殺させてもらおうじゃないですか」


 そういうドロミオーネの身体が、光り輝く。

 すると、彼女の身体が異形の身体へと、変貌していく。


 腕は今にも噛みついてきそうな鮫の顔、頭の髪は毒を持ってそうな大蛇。

 そして足は速く動けるためにか、馬の脚になっていた。


「あぁ、そちらも覚悟するが良い。

 ----我が勇者パーティー最強の、【狩人】アルテが持つ特殊能力『人智英雄』を」

「なんで、お前が言うんだよ。セラトリア」

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