第21話 最終決戦

どこか退廃的な雰囲気の残る箱庭。ポツンと置かれた白亜の椅子に腰掛けて、少年は寒々しい木々を眺めていた。頭上を覆う枝の隙間から、木漏れ日が差し込む。少年に網目のような光で照らしながら、片目だけを日長石のように輝かせている。


「梟木くん」

「先輩!」


 梟木君は、振り返るなり表情を明るませる。俺が小走りで近付いて行くと、嬉しそうに傍に置かれた弁当箱を避けた。「待った?」と尋ねながら傍に座ると、「今来たところです!」と楽しげな返事が返ってくる。


「先輩、あの日以来てくださらなかったので、僕はてっきり忘れられていたのかと……」

「違うよう、色々忙しくて。ごめんね」

「うふふ、冗談です」


 ころころと笑う梟木君は、どこか上機嫌なようだった。お弁当箱をパカリと開け、銀色の物体を取り出す。あまりにも鋭角で攻撃的な外見をしていたので、刃物か何かかと思っていたらおにぎりだった。先端恐怖症の人間を確実に殺す逸品だ。


「ツナマヨです」

「めちゃくちゃ鋭角三角形……」

「ピクニックリベンジなので!」


 キラキラと目を輝かせてアルミホイルを開く。それを見送りながら、俺は自分の風呂敷包を開いた。


「……君が誘いに頷いてくれた事こそ、俺は驚きだけどね」

「………………」


 答えはない。口いっぱいにおにぎりを頬張りながら、梟木君は遠くを眺めていた。それはそうだ。サークルの弱体化に伴って、多くの人間は保身のために赤腕章を手放した。その間も熱心に活動を続けていた一部の──彼のような人間からすると、今になって平気で近寄ってくる人間を、手放しで歓迎することはできないだろう。


「僕は」

 おにぎり一つを食べ終えて、口を開く。

「僕は、先輩自身のことを好ましく思っています。サークルを抜けようと、あなたが好ましい事に変わりはない。……寂しくはありますが」

「優しいんだね、梟木くんは」

「そんな事はありませんよ。……ところで先輩は、お忙しいとのことでしたが、最近何をされていたのですか」


 眉根を寄せて笑う表情は、あからさまに場の空気に辟易しているようにも見えた。せっかくピクニックだ。俺だって、こんな湿っぽい空気の中で飯を食うのは嫌だ。


「俺は生徒会の下っ端」


 だから、早く用事を済ませてしまおうと思った。

風が止み、梟木くんの表情が笑みのまま凍りつく。時が止まったかのような一瞬だった。


「えっと──」

「査察の後から俺は会計の一員として働いてた。けど、今日は、サークルとの交渉役でここに来た。今続いてる、サークルから生徒会への攻撃を止めるようにね」


 相手が何かを言う前に、淡々と自分の立ち位置と目的を述べる。梟木くんは、もはや狼狽の色を隠しもしなかった。えっと、と。「…………聞きたい事は色々ありますが、」と、控えめに落とされた言葉に、俺は軽く眉を吊り上げる。


「──────何故それを僕に?」

「君がサークルの代表だからだ」


 間髪入れずに答える。一弾指の間に走った緊張感は、世界から音を消した。


「────幹部を束ねるサークルの長がいることは、まず想定できる事だった」


 永遠とも思えるような沈黙の後、俺は口を開く。手を組んで、親指をぐるぐると回しながら、その一点だけを見つめた。


「常識的に考えて、指示系統のある組織には長がいる。そして鷲崎先輩の言動の節々からも、先輩──幹部級の人間のさらに上に何者かの存在がある事は、度々示唆された」


……『我々は君に期待している』と彼は言った。

 まるで『自分』意外に、俺に期待する誰かがいるような口ぶりだった。

……『この状況は本意ではない』と、グルグル巻きにした俺の前髪をむしりながら言った。

誰かの指示に、渋々ながら従った結果である。自分の意思ではないとでも言いたげな物言いだった。

 その他にも彼がそう言った言動を見せる事はあったが、いくら調べようと、サークル幹部以上の立場の人間についての情報は得られなかった。


「正確には、長かどうかまではわからない。けれど、幹部以上の人間がいるのはほぼ確実だ」

「それが僕だと?」

「…………」


 視線を遣れば、梟木くんは笑っていた。当然、朗らかな笑みではない。頑是ない子供の我儘を、どう嗜めようか考えているような表情だ。

 侮ってくれる分には構わない。それはそれで好都合だとも思ったが、まずは交渉の席に着いてもらわない事には話にならない。


「そもそも、君は最初から隠す気はあまりなかっただろ?少なくとも、俺に対しては」

「?」

「きみは最初に出会った時、『他のサークル生に対しては〜』と獅子堂先輩に関して所見を述べた」


 蜂蜜色の目が、僅かに見開かれる。その表情からは、少なくとも子供をあしらうような不誠実さは消え失せていた。


「これはどう考えたっておかしい。獅子堂先輩含めた幹部の素性は、サークル内では一部の人間しか知らない。幹部生の名前だけでなく、『サークルの一員』としての普段の様子を知っているだなんて、同等か、それ以上の立場の人間であるとしか考えられない」

「……偶然、獅子堂先輩との面識があっただけなんです。彼よりも下の立ち位置だとしても、彼がサークル生で、かつ幹部であることを知っている人間はいるでしょう?」

「君は俺を一度獅子堂先輩から庇ってくれたよね。あの先輩が、格下の人間に御せる器だとは思えない」

「……………」

「と、今だからこそ言えるけど。当然、その可能性も考えた。と言うか、最近まではその可能性の方が高いと思ってた」


 事実、俺を捕縛し犬飼に転がされた連中のように、幹部には一定数直属の部下のような存在が居る。最近までは多少の疑念がありながらも、梟木君もその類だと思っていたのだ。獅子堂先輩の差金で、俺の動向を監視していたのだとすら思っていた。

 その認識が覆されたのは、ついこの前だ。


「この前、協力者と話す機会があった。その時に言われたんだ」


 俺の耳元に唇を寄せて、蛇穴は言った。

────「あの封筒、俺の前に誰かが開けていたよ」

 あの封筒と言うのは、無論俺が蛇穴に連絡のために用いた物だろう。そんな重大な事実は早く報告してくれという不満はともかくとして。


「あの内容を覗き見られていたのだとしたら、全ての辻褄が合うと思った」


 俺が調査を始めた時点で、サークル幹部の情報が出揃ってくる反面、会長のそれには全くと言って良いほどに近づけなかった事。まるで、「こちらの動きが先読みされている」かのような、周到さと言うだけでは表現しきれない気持ち悪さ。

 そして仮に第三者に『生徒会に協力する』という旨の手紙を見られたとして、何故幹部には通達が行かなかったのか。考えられるのは、覗き見たのが無関係の人間だった場合。そしてサークルの長に直通の人間だった場合と、サークルの長本人だった場合である。

後者2つのパターンならば、「なぜ長は幹部に対策を講じさせなかったのか」という疑問も残るが、今回は、そこに頭を悩ます必要は無かった。


「あの日あの時──つまり、俺が訪れてから蛇穴がメッセージを受け取るまでの時間。あの場所を訪れた人間は限られている。俺と蛇穴、そして──、」


 顔を上げる。梟木君の顔の上半分は、逆光で見えない。けれど、その唇は、どこか楽しげに弧を描いている。


「君だけだ、梟木くん」

「はは、」


 込み上げるような笑み。堪らずと言ったように腰を曲げた梟木君の笑み顔は、悪戯がバレた子供そのものだった。目に涙を溜めながら、ころころと楽しげに笑っている。大人びた言動に慣れていた分、こう言った年相応の反応は少し珍しい。


「それを証明するものは?」

「いくらでも。例えば、どうだろう。紙なんかに着いた指紋は、最低でも1年間は残るけど──」

「はい、大丈夫です。もう充分です」


 笑声が止まる。長く息を吐いて、梟木くんは顔を上げた。閉じられていた瞼が、ゆっくりと捲れていく。その下から現れたのは、無窮の叡智を閉じ込めたような金眼だった。


「僕が、反生徒会サークルの現会長。梟木瑠生(るい)です」

「…………」

「そんな怖い顔をしないでください。改めてよろしくお願いしますね、先輩」

 語尾にハートマークでも着きそうなほどに甘い声だった。弧を描いた瞳は、穏やかでありながらどこか挑戦的な色を孕んでいる。この不遜な側面こそが、彼の本質なのだと思った。

差し出された手を一瞥して、綺麗な笑み顔を見て。

白くて柔らかい手を取った俺に、梟木くんは満足げに笑う。


「まさかバレるとは思いませんでした」

「……よほどの間抜けじゃない限り、あれだけ明から様にボロを出されたら誰だって気づくでしょう」

「そうですか?僕にはそこそこ勝算があったんですよ。獅子堂先輩の方が、僕よりもずっとリーダーらしいもの」

「それだけはないよ」

「言い切るんですね」


 態とらしく目を見開く梟木君。俺はこの先を口に出すかどうかを考えて、目を伏せる。


「──あの人が……獅子堂先輩が、誰かの友人を人質に取るようなやり方を好んで選ぶとは思えなかった」


 誰も何も言わなかった。

 一瞬の沈黙の末、「はは」とどこか乾いた笑み声が上がる。俺は笑ってはいないので、声の主人は探すまでも無いのだけど。


「さすが先輩です!僕、感動しちゃいました!」


 梟木君は、目を見開いたまま態とらしく声を張り上げる。その双眸に一瞬だけ過った感情に首を傾げるも、取り逃がしてしまう。今となっては最早、こちらをおちょくっているようにしか見えなかった。常ならば「クソガキ!」と云う罵言と共に手が出ていたところだが、漸く勝負のテーブルに着いてくれたのだ。ここで不利になるような立ち回りは避けたい。


「そう言うわけで、俺は改めてサークルの長である君と交渉がしたい」

「ええ、お話だけなら伺いましょう」

「こちらの要求は、現状の生徒会への攻撃を止めること。停戦協定への合意だ」


 端正な相貌には、未だ貼り付けられたような笑みが浮かんでいる。こちらの条件次第という事だろう。徐々に空気が薄くなって行くような閉塞感に、訳もなく唾を嚥下した。


「……一般校舎の生徒に、役員の議席を用意する」

「へぇ」


 半笑いのまま、アンバーの瞳が見開かれる。初めて出会った珍味を口にしたような表情だった。


 ────「サークルを黙らせます」と。

 俺がそう言ったとき、兄もまた同じような表情をしていた。「そんな事が本当にできるのなら、お釣りがくる」言いながら、騒つく会議室を制する。「何か他に希望はあるかい」と穏やかに微笑みながら尋ねてくる兄に、少しだけ驚いたのも事実だった。

 俺の知る限り双頭孝臣とは、こう言った申し出を自分からする人間では無かったから。

 少し逡巡して、「役員の議席を一般生徒へ。議席が難しいなら、一般生徒が運営に関して意見できる場を」と言った俺に、また場が騒ついて。

 反対意見を吠える広報委員長。黙してはいるが、物言いたいげな庶務委員長、議長。猫屋敷に至っては、楽しくて仕方がないとでも言いたげな表情をしていた。


「君に何の得がある?」


 やや於いて口を開いた兄は、また試すようにこちらを見ていた。


「別に──」視線を伏せて、思考を巡らせる。脳裏を過ったのは、憎らしい七三分けだった。「保身ですよ。サークルに恩を売っておきたいだけです」


 再び視線を戻すと、兄は依然穏やかな笑みのままこちらを見ていた。身体髪膚。末端から髪の毛の先までを、余さず検分されているような居心地の悪さ。臓腑を逆撫でされているような不快感が湧き上がってくる。


「良いだろう」


 たっぷり2分後に落とされた言葉に、俺はその場に膝を着きそうになった。


「会長、どう言ったお考えで──!」

「サークルの活動は、過激性を増している。この勢いのままでは、近々君たちの身にも危険が及ぶ」


 その言葉に、広報委員長は口籠る。『君たちのため』と言われてなお噛みつく事はできないようだ。未だどよめく会場の中で、俺は握っていた拳を密かに開く。どれだけかは知らないが、暫く息を止めていたらしい。流石に2分間は無いと思ったけれど、息が苦しかった。

 兄とのこう言った駆け引きが、昔から嫌いだった。そうでなくとも、梟木くんとの交渉材料を考える必要がなくなった安堵に脱力感が押し寄せる。いつだって相手を陥れる時は、人として大事なものを削り取られるような錯覚に陥る。



「議席、議席か」


 そんな声に、苦い過去から意識を引き戻す。顎先に指先を添えて、梟木君は困ったように眉を寄せた。


「正直なところ、半月もすればそれは達成できる想定なんですよね。あなた方生徒会が思っているより、蓄積してきた不満は大きいんですよ?」

「交渉に乗らずとも、力尽くで議席を奪い取れる?」

「あはは、人聞きが悪いですねぇ」

「こちらの想定でも、反生徒会の波は現会計委員長の辞任を境に鎮静化する事になってる。短くはない期間と軽くはない損害が想定されるけど、それでも会長は沈黙を貫く積もりだ。少なくとも、言論で議席が勝ち取れないのは確実だ」


 梟木君は答えない。ただ、笑みを潜めてこちらを見据えるだけだった。感情の一切が排除された相貌。

それでもその双眸には、一種の確信のようなものが蹲っている。目的を達する事ができるという確信である。

 そうなれば、彼の沈黙の意味は嫌でも理解できた。


「…………きみは本当に暴力が好きだね」

「何のお話でしょう」

「世論と群衆を煽って?多少の暴力性を以って議席を奪い取る?良いと思うよ。矜持は人命より尊いと。生徒会に屈するくらいなら、多少の犠牲と血を以って目的を果たすと。それも組織のあり方の一つなんだろうしね」

「……………」

「ところでサークルメンバーには、勿論その思想は共有しているんだよね。きみが表に出る気がない限り、必ずその過程で隠れ蓑にされる誰かが居る」


 梟木君は、こちらの出方を伺うように沈黙を貫いている。当然だ。ここで『生徒会役員』である俺の前で頷けば、本当の意味で彼らはテロリストとなる。

 そろそろ頃合いだと思ったので、俺は風呂敷包みに覆い隠されていたスマートフォンを取り出した。


「……そこのところどうなんでしょう、獅子堂先輩」

「は?」 


 梟木君が目を剥く。その顔が見たかった!と指さして大喜びしたいところだが、すんでのところで押し留める。俺は鷲尾先輩に、品のない行いをするなと散々言い含められているので。

 『獅子堂先輩と通話状態』のスマートフォンに、「先輩?先輩!」と呼びかける。

 返答はない。

 仕方が無いので、一方的に演説を始める。ただし今の交渉相手はあくまでも目の前の彼なので、目線は梟木くんから逸らさないように気を付ける。


「『言論でこの学校を変えられるはずがない』と、獅子堂先輩は言った。挫折から来る諦めだ。けれど君のそれは違う。俺には、薄っぺらい大義名分にしか聞こえない」

「……僕は先輩に嫌われるような事をしましたか」

「ああ、したね。ただ、これはそれとは別件の説教だ」


 眦を吊り上げて言うが、梟木くんの表情は変わらない。ただ、先刻までの愉楽は最早見る影も無かった。


「…………何故この交渉を跳ね除け、剰え君の一存で揉み消そうとしたの?平和的な目的達成の手が眼前にあるのに。この条件で言うと、君たちの実害は一つもないはずだ。……ああいや、『矜持』やら『けじめ』なんて物が多少蔑ろにされるかもしれない。それでも、サークルから怪我人やら罰則者が出るよりはずっとマシだとは思わなかった?」

「……………」

「『暴力』その物を君は欲している。道楽のためか力の誇示のためか、はたまた別の目的のためか。知った事じゃないけど、君の本当の目的が議席を取ることじゃないのは確かだ」

「それは────」


 梟木君は、こちらに敵意を向けつつも口籠る。先刻までの言動とは異なる、慎重な反応だった。

 それはそうだ。この場に居るのが俺だけならばいざ知らず、幹部生がこの会話を聞いている以上下手なことは言えないだろう。ここでの内部分裂など、彼にとっては最も避けたい事態だ。


「なら聞くけど、俺の思惑を知りながら、なぜサークルを守ろうとしなかったの?」

「…………」

「メンバーのことを、自分の欲求を満たす駒としてしか考えていないから、平気でそう言う事ができる」


 梟木君の口が開く。何かを言いかけて、また閉じて。


『もう、結構ですよ』


 スマートフォンから、硬い声が聞こえてくる。獅子堂先輩の声だ。


『梟木君、彼の挑発には答えなくて良いです。君はいつだって、言葉ではなく行動で誠意を示してきた』


 強調された誠意という言葉に、梟木君は苦虫を噛み潰したような表情をする。再び落とされた『梟木君』という声は、得と言われぬ圧を伴っていた。


『俺は暴力が嫌いです』


 この人のこの言葉、普通のこと言ってるだけなのに何でこんなに怖いんだろう。出荷前の仔牛みたいに怯える俺の前髪を毟る時の、先輩の楽しそうな顔。フラッシュバックする光景に、目の焦点が合わなくなってきた。これもうPTSDだろ。

 過去の傷をギュッと抱きしめる俺の横で、梟木少年は何かを思案するように視線を彷徨わせていた。


「────約束を反故にしたときは」


 低い声に、どうにか焦点を梟木君へと合わせる。梟木君は眉間に皺を寄せたまま、「どこ見てるんですか」と不満を露わにしてくる。心外だ。


「わざとじゃない」

「そうですか。とにかく約束を反故にした時には、生徒会への攻撃が再開するのでそのつもりで」

「ええと。取り敢えず、交渉成立ってことで良いのかな?」

「…………」


 梟木くんは、むっつりとした表情でこちらを睨め付けてくるだけだ。諦めて肩をすくめると、『興くん』と、携帯電話が鳴いた。獅子堂先輩だ。


『俺は君に、謝罪と礼をしなければならない』

「礼?感謝されるような事はしていないはずですが」

『形はどうであれ、比較的平和的に第一目標を達することができたのはきみのおかげです』

「…………あなた達のためではありませんよ」

『そうかな?この条件で、君に何か得があるとも思えな』

「恩を売るためです、あなた達に。博愛の徒を自称するのなら、これ以上俺たちに関わらないでください」


 早口に言って、苛立ちのまま頭部を掻く。「それと」と付け加えると、電話口の向こうで身じろぐような音がした。


「……謝罪の方は、あとでちゃんと犬飼にも謝ってください。俺は許しませんが」

『ああ、それは勿論────』

「あっ……」


 通話が途切れる。端末を横から奪われたからだ。隣を見ると、心なしか不機嫌そうな表情で、梟木君が俺のスマートフォンを握っていた。


「僕は無視されるのが嫌いです」


 仏頂面のまま獅子堂先輩との通話をブツ切りして、ツンと唇を尖らせた。こうしてみると、初対面のときとは違う幼さがあるようで妙に安心する。年相応の反応ってかんじだ。

 ジットリとした半目で睨まれるのは、こう、親戚の幼子に詰められるような気分になってむず痒い。唸り声でもあげそうな気迫の梟木くんと、暫く睨み合って。


「…………ピクニックって最悪ですね」

 

 梟木くんはそう吐き捨てた。

 お弁当を片付けて、俺の手にスマホを握らせる。その勢いに戸惑っているうちに、梟木くんはズンズンと中等部の方へと歩いて行ってしまう。

 その背を見送って、安堵感に息を吐いて。


「………………なんで?」


 スマートフォンには、いつのまにか彼の連絡先が登録されていた。まさか今の一瞬で?油断も隙も無いな。削除しようと液晶を叩く俺を嘲笑うように、『消さないでくださいね』と言うメッセージが届いた。俺は縮み上がりながら周囲を見渡した。


 後日から、サークルの運動は沈静に向かった。

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