権力争いに俺を巻き込むな 後編
第17話 新生活応援キャンペーン
1週間前の騒動を経て、サークルは大きく弱体化した。というのも、少々の違反行動は摘発されたが、大それた越権行為や違法行為が判明したというわけでもない。ただ単に、『立ち入り調査が行われた』という事実自体が、サークルにとって大打撃であったのだ。
生徒会議席の一般生徒枠確保を目標に掲げる当該サークルにとって、一般生徒からの支持は必要不可欠だ。故にこの一件は、人権団体として受け入れられていた集団が、実はカルト集団であったと世間に印象付けられたような形となった。無害で、『あってもなくても変わらない』と受け入れられていただけの団体が、有害であり『無い方が良い』と排斥される対象となったのだ。
リアルで石を投げつけられる姿を見かけた時は、俺も物珍しさに思わずカメラを構えた。
そういうわけで、現在では校門前での活動も見られなくなり、赤い腕章をつけた生徒も消えた。
犬飼の退学は回避。腹立たしい連中に対して復讐っぽいものをすることができた。
大団円である。
「空調はそのタッチパネルで操作して、ほしいものがあるときは内線番号8423にかけること。購買に行きたいのなら、宿直室に問い合わせれば送迎がつく。掃除とベッドメイキングの時間帯は基本的に俺たちが学校にいる時間帯だが、希望があればこれも宿直室に言っておくと良い」
業務的な説明にひと段落。銀縁眼鏡のブリッジを押し上げて、鷲尾先輩は、「ここまでで何か質問は」とこちらを振り返った。
「…………大団円ではねぇな……」
「何?」
神経質そうな相貌を歪める先輩。咄嗟に口を塞いで、チラと室内へと視線をやった。
男10人が手を広げて横並びになっても余裕があるほどに広い部屋。柔らかな絨毯の敷き詰められた床に、ロココとバロックの入り混じったような西洋かぶれな内装。ベッドとテーブル、ソファがポツンと置かれた部屋は、昔泊まったホテルの一室を想起させる。
寒々しい印象を受けるここが、当面の俺の住処だった。
学園への寄付金が一定額以上を超えていること……すなわちこの青龍寮の寮生である事は、生徒会選抜要件の一つであるからして。
「ええと……」
「質問がないのなら、契約書諸々の書類を渡して僕は失礼する」
「待って!待ってください、待って」
「なんだ、僕は忙しい。あと君は明日から中央校舎に通うのだから、そのような品の無い言葉遣いはやめた方が良い」
「ご忠告ありがとうございます、でも待って!」
こんな冷たい部屋にひとりぼっちなんて嫌だ!その一心で、どうにか先輩を引き留める。すごく嫌そうな顔をする先輩を見つめて、「あの」と上擦った声を漏らした。
「鷲尾先輩。あれ、風紀委員長になったんですね?」
「ああ」
「確か任命式前は会計じゃありませんでした?」
「僕は寮生活のことについて質問を受け付けたはずだが」
それはそう。典型的なミスコミュニケーションに泣きたくなってくる。
「それはあの、ほら。これから活動する組織の人事体系は知っておきたいと言いますか」
苦し紛れに答えると、先輩は不本意そうにこちらへと向き直る。どうやら対応する気にはなったらしい。真面目な人である。あの兄の下では、まず間違いなく苦労する質だと思った。
「今年から風紀委員長の役職を仰せつかったよ」
硬い陶器のような声で答える。
「評価期間は終わったらしい」
「な、なんですか、それは。評価期間?」
「ああ、俺は2年からの中途入会だからな。その分評価期間もずれ込んだ」
聞きたいのはそういうことじゃ無い……。パクパクと口を開閉させる。先輩の切長の目が、一瞬愉快そうに細められた気がした。意趣返しかと平生なら身構えるところだが、この男の垣間見せた茶目っ気にこちらは気が気では無い。
「君の兄は干物のようなナリをしていながら、重度の人間不審でな」
「ひ、干物……」
「曰く『人を測るなら、財布を握らせるのが手っ取り早い』と、役員に登用される予定の者は、皆会計委員会に回されるようになっている」
その言葉に、あれらしいと納得する。会計の業務は、生徒会予算を管理、帳簿付け、報告書作成などだ。会計監査機関というものが公には存在しないこの学園において、会計委員会とはまさしく『財布を握っている』と形容するに相応しい。
横領や改竄は論外、そんな逸材でなくとも、どのように金を管理し、配分するのかはその人材の能力を測る尺度となり得る。大方そのあたりだろうか。
本来なら信用のおける人間が就くべき役職なのだろうが、それを生徒会長は人材評価に使うと言う。
自然と自らの相貌が歪んでいくのを感じる。これから当分はあの性悪の下で働かなければならないと思うと、気が滅入る。
「あれ、」
そこまで考えて、はたと気付く。
「待って、今兄って」
「ああ、聞いたよ。孝臣本人から」
絶句する。兄は双頭の負の側面を煮詰めたような男だ。
狡猾で、冷血で、埃臭い一族の矜持なんてものを必要以上に重んじる。
その男が、他人にあっさりと俺の存在を明かすことが驚きだった。『一般クラスなどに甘んじている恥晒しと血が繋がっている』などと他人に明かすくらいなら、あの兄は俺という存在を消そうとするだろう。
何より俺と兄の関係を知られるということは、興優太郎の異例の生徒会入会が、紛れもない『コネ入会』である事が露呈する事。
どうにしろこの先輩は、俺の入会に良い肯定的ではないだろう。
「君の役員登用に思うところが無いわけではない」
俺の心中を察したのか、先輩はおもむろに口を開いた。
「だが、あれは──君の兄は、親族だからというだけで無能を下に置くような生優しい人間ではない」
「体の良い手駒が欲しかっただけでしょう」
「さあ、真意までは俺の知るところではないがな」
飄々とした受け答えは、彼に対する俺のイメージとは乖離したものだった。何というか、彼はこう言った不正を許せない質だろうと思っていたから。そしてギャップに戸惑う俺を他所に、先輩は「それに」と続ける。
「俺個人としては、君を買っている」
「初対面の時は、俺を除け者にしようとしましたよね?」
「非礼を詫びよう。俺に見る目が無かったのか、君の間抜けのフリが上手かったのか。どちらかはわからないが、どうにしろ評価を改める必要がある」
「…………」
「執念深い人間は嫌いでは無い」
精悍な顔に、佩くような笑みが浮かぶ。警戒心を滲ませて唇を引き結んだ時には、そんな笑みも消え失せていて。元の朴念仁である。食えない人だと思った。
「兄があなたを側に置く理由が、なんとなくわかった気がします」
類は友を呼ぶ、なんて慣用句が脳裏を過ぎる。不服なのか、鷲尾先輩はあからさまに嫌そうな顔をした。
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