第2話 変な美形その2に絡まれました
私立帝修高校。
我が校は、俗に言う名門校である。華族や士族などを多く受け入れ、実に230年の歴史の中で、多くの政治家や研究者、経営者などを輩出してきた。故に今でも財閥や政治家、旧家の御子息が入学してくることも多く、『坊ちゃん校』と揶揄される事もしばしばある。
だが当然、皆が皆そんなvipというわけではない。俺たちのように、自宅や学力の都合でこの学校を選ぶ一般生徒も居る。そう言った大多数は、『玄武』、『朱雀』、『白虎』の寮に入る。
反対に、選りすぐられた────ぶっちゃけ、寄付金が一定以上の額を超えた生徒が使う寮が、東端の『青龍寮』。この寮生であることは生徒会選抜要件の一つであり、かつ入場は、寮生若しくは寮生から招待を受けた人間にしか許可されていない。
そして俺は、そんな全校生徒の羨望と期待を一身に集める青龍……の、前の公園に居る。もっと言えば公園のベンチに腰掛けて、聳立する青龍寮をぼうっと見上げている。
現在の時刻は17時20分。
ほんの数十分前の回想をしよう。
「心当たりはない。あの先輩とも初対面だ」
「普通の生徒は何らかの部活に入るものだと聞いた。だから……生徒会は普通の部活ではない?困った」
「一緒に断ってくれ。こう、失礼がないように」
お迎えの車内で、そんな眠くなるような会話を繰り広げるうちに青龍寮へと到着。
こまめに改装しているのか、青龍寮は200年前の建造物とは思えないほどに真新しく、綻び一つない。寮というよりかは、欧州の城のようだ。
許可証を見せれば、警備員らしき人が刺々しい門を開けてくれる。
「……お連れ様の入館はご遠慮ください」
「へ?」
反論する間も無く、門の前から弾き出される俺。
同時に悟る。
鷲尾先輩は、最初から俺をこの中に入れるつもりは無かったのだ。あの場では、ただ犬飼を納得させるために適当なことを言っただけで。
「そ、そこまでするぅ?」
「優太郎」
犬飼に手を掴まれるも、警備員3人がかりで取り抑えられる。そしてそのまま、不審者を拘束するように地面に転がされ、関節を固められた。なぜか俺が。
そのあと何やかんや一悶着あって、「もう、もういいから行ってこいよ犬飼」と言う俺の一言によって、事態は収束を迎える。
いつもは燻んだ目が、「俺を捨てるのか」と必死に訴えてくるので、胸がギュッと締め付けられるようだったのを覚えている。
回想終わり。
そんなこんなで、俺は今犬飼の帰りを待っている。このまま徒歩で帰っても良いが、車で来た山道を制服で何時間も歩く気にはならなかった。添え物でも、帰りくらいは車に乗せてもらえるだろう。座席の余りはいっぱいあるのだから。
とは言え暇なので、立ち上がって公園の芝を観察する。
この公園は公園と銘打たれてはいるが、実の所庭園と呼ばれても遜色無い物だった。丁寧に手入れされた花々(名前は知らない)があちこちに植えられ、中央には噴水、離れた場所には温室まで備え付けられている。
こいつらは、煮て食べたらフローラルな風味がしたりするのだろうか。
目の前をてくてく歩くイナゴを捕まえながら、そんなことを考える。心なしか、肉付きが良いような。
「え、何してるの」
相貌を擡げる。丁度西日に重なって、眩しさに目を細める。
「考えてました、夕飯の事を……」
目を細めたまま言えば、その影は、はは、と声を上げて笑った。
「昆虫見ながら?」
「はぁ。ルームメイトがそう言うのに詳しくて」
「へー、コンチューショクってやつかぁ。おいしいの?」
「いや、うーん。食べれないほどでもないかなと」
「へぇ」
青年が隣にしゃがみ込むと、ムスクの香りが鼻腔を撫でる。
「俺も食ってみたいかも」
「え」
まるまるしたイナゴが奪われたかと思えば、ゴリグシャ!と言う不快な音が響く。
「え、え、え、え、」
「えー、ひゃんはひゅっぱいはもぉ」
「酸っぱいかもぉ、じゃない!ぺってしなさい、ぺって!」
青年の背中を叩きながら、口に手を突っ込む。なんで俺は、昼夜ヤロウの口に手を突っ込まなければならない。成人目前にした男たちが誤飲とかするなよ、マジで。
「い、痛!?」
そして指に走った鋭い痛みに、思わず手を引っ込める。見れば、人差し指に真っ赤な歯形が付いていた。
「噛ん……噛……?」
「…………」
「こ、怖ァ……」
口をモゴモゴさせたかと思えば、青年はカチカチと歯を鳴らして見せる。赤銅色の瞳が、じいと俺の指先を見ていた。
「………きみ、名前は」
「え?」
「学年は、クラスは」
ほぼ唇を動かさずに吐かれた声は、冬の木枯らしのように掠れている。けれど不思議と冷たさはかんじさせない。むしろ、鼻を抜けるような甘さは、耳に馴染む物だった。
「…………興優太郎」
「何年生?」
「1年です」
「へー、同い年だ」
目を輝かせた青年に、思わず仰反る。
先刻は出合頭に色々ありすぎて気付かなかったが、この青年、びびるほどのイケメンである。
鼻筋の通ったEラインに、濡れた赤銅色の瞳。ぱっちりとした目は二重幅が広く、涙袋が存在を主張する。引き締まった眉と少しだけ垂れた目元が、絶妙なバランスで、柔らかそうな茶髪によく嵌っている。シャープなフェイスラインなのに、顔は女性的なたおやかさと甘さを孕んでいた。
しっかりした肩幅も相まって、隣にいるだけで存在感に押しつぶされそうになる。
「…………本当に?」
こいつが同級とか絶対嘘だ。
だってあれ、こんな帝王みたいな奴いたら絶対入学式から話題になってる。
「あー、絡み無かったもんね。クラス離れてるからかな」
俺の疑念に気付いたのか、何処か気まずげに頬を掻く。その所作は、見目の威圧感とは裏腹に素朴で好感が持てる。
「だから、ね。おきくんも敬語は使っちゃだめだよ!俺のこときょーくんって呼んで!」
「きょう?」
「そー。苗字好きじゃないからさ。名前呼びの方が親しいかんじするよね!」
とろんと目元をたわませて。
小首を傾げれば、キョウくんに耳と尻尾が見えて思わず目を擦る。帝王とか言ったが、今はなんと言うか大型犬みたいだと思った。
「て言うか、めっちゃ飛んでたよね」
間延びした声で零された言葉は、他愛もない世間話の延長。俺がこうなった経緯を話した末の物だった。
「見てたの?」と尋ねれば、「実はね」と悪戯っぽく歯を見せて笑う。
「あの……お友達?」
「ルームメイトだよ」
「そう、ルームメイトくん。何者?明らかに有段者だったよね?」
「うーん、俺にもまだよく分からないんだよね」
そう、先程俺が締め出されるまでのゴタゴタを『一悶着』と表現したが、その内容が中々に強烈だったのだ。
地面に押さえつけられ、関節を固められた俺。
次の瞬間、眼前を警備員が吹っ飛んで行った。
一部始終を見ていたわけではないが、ほかの警備員の警戒から、犬飼が何かをやらかしたことは分かる。
そして何をやらかしたかはすぐにわかった。
犬飼に脳天チョップを食らった警備員が、地面に首までめり込んだからだ。
「ヒィ」
掠れた声は、多分俺の口から出た物だ。こんな声初めて出した。
ゲストに負体を働くのを躊躇っていた彼らも、その一撃で嫌でも悟らされたのだろう。
手加減できる相手ではない。
一斉に飛びかかる警備員たち。
犬飼は、背後から振り下ろされた警棒を右手で叩き落としながら、左手で軽く胸を突く。すると胸を突かれた警備員は、そのままくの字で背後に吹っ飛び、屋敷の中へと消えていく。ドンガラガッシャンガンシャンなんて破砕音と、俄に騒がしくなる青龍寮。
犬飼の目は真っ直ぐに俺だけを見つめていて、そしてそこには何の色もない。
無感情に人を傷つけ、片手間に誰かを蹴散らすその姿は、酷く危うく見えた。
「もう、もういいから行ってこいよ犬飼」
上擦った声で言えば、犬飼は眉間に眉を寄せて警備員の胸ぐらを離す。
「頼むから」
一押し懇願して、そしてやっとあいつは大人しく寮へと消えていったのだった。
「で、おきくんは彼が心配でここで待ってるんだ?」
「いや、一緒に車で送ってもらおうと思ってただけ」
「素直じゃないねぇ」
カラカラ快活に笑いながら、キョウくんは芝を掻き分ける。まだイナゴを探しているのだろうか。ああ言うのは、あまり生で食べない方が良いと思うのだが。
「意外と無関心なんだね、おきくんって」
「そう?」
「おれだったら、そんな面白いルームメイト放っておけないもの。根掘り葉掘り聴いちゃう」
「いや、俺もすごい気になるけどね。あいつの素性」
……じゃあなぜ暴かないのか。
赤銅色の目が、そう訴えかけてくる。そんなに不思議な事だろうか。好奇心とは、人の心よりも優先される物ではないと思うけれど。
「話したくなったら勝手に話すでしょ」
「あんまり仲良ししたいとは思わないんだ?」
「なんでそうなるのぉ?」
「だって、仲良くなるには相手のことちゃんと知らないとでしょ?」
「あー、そう言う。……でも、俺は良いんだよこれで」
「へー」
聞いといて随分な返事だ。
肩をすくめ溜息を吐くと、ぐ、と腕を引かれる。「は、」と声を漏らす間も無く、俺はなんとキョウくんの腕の中に抱き寄せられていて。
「おれと真逆だね」
「……真逆」
「うん。おきくんの事はたくさん知りたいし、こんくらいの距離でお話ししたい。おれはおきくんと仲良くなりたいから」
「へー……」
頬を擦り寄せてくる所作は、本当に犬みたいだ。首筋を撫でる茶髪が擽ったくて、やんわりとハグを拒否しようとするも許されない。逞しい腕と胸板に、ギュウギュウにホールドされて動けなかった。
諦めて抵抗を止めれば、くんくんと肩口あたりの匂いを嗅がれる。
俺は無心だった。俺は針葉樹林にひっそりと佇むマツであると、己に言い聞かせる。
「あ」
意外と良い体格をしてるな……着痩せするタイプなのかなとか考えてた時である。くぅ、と鳴った己の腹に、キョウくんは素っ頓狂な声を上げる。耳が赤く染まっているあたり、恥ずかしがっているのだろう。俺にはこの距離感が平気で、腹の虫を恥じる意味がわからないが。
「腹減ってるの?」
「……うん」
身を捩った瞬間にまたありえない剛腕に締め付けられるが、ペシペシと叩けば悄然と離れていく。身を乗り出し学生鞄を引き寄せ、中を漁った。
「あった」
チロルチョコを施してやる。イチゴ味だ。
目の前で虫をバクバク食い始めたりされたら溜まった物じゃないからな。
「…………くれるの?」
「あげる」
「えー!やったぁー!」
ちっこいチョコを大きな両手で包み込む様は、中々に愉快だ。バンザイして喜ぶキョウくんは、どうやら随分とチョコレートが好きなようだった。
「ありがとう、おきくん!おきくん大好き!」
「あっ、背骨がミシ、ミシッ……」
「ごめんつい抱きついちゃった」
「いや、喜んで貰えて嬉しいよ……」
ドシャッと地面に崩れ落ちながら、「銀紙ごと食うなよ」と伝えると、「えー!そんな事しないよぉ」「おきくん、冗談のセンスは無いんだね」と笑い声が降ってくる。そうだよな、普通銀紙ごと食う人間なんていないもんな。でも俺は大マジメに物を言ってるんだよ。
薄ら笑いをすると、チョコをモゴモゴと食べながらキョウくんが首を傾げた。
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