嵐が近付いてまいりました


 手紙が届き始めたのは、ニコラが眠って1ヶ月が過ぎた頃。

 ニコラ…ではなく、王室宛てのものだった。挨拶を省略すると…



『彼女のことはダスティンからの手紙で知りました。まずは保護していただき、ありがとうございます。

 私はニコラの婚約者、ツェンレイのトルネリ州侯ルーファスと申します。すぐにでも迎えに行きたいのですが、少々領地内で争いが起きており、鎮圧するまで時間が掛かります。

 それまでどうか、彼女をよろしくお願い致します。必ずお礼はさせていただきます』



 …ということが、とても丁寧なウルシーラ語で書かれていた。


「……まだ…わたしは婚約者なのか…」


 嬉しいような…苦しいような。前の家から運ばれた、婚約のペンダントを撫でる。

 ニコラはこの国で、居場所を見つけてしまった。彼らから…離れたくない。けれど…


「……………………」


 ニコラは切ない表情で、胸の辺りをぎゅっと握り締める。

 ドキドキしているのは、何故だろう。再会への喜びか…それとも。

 初恋の人への想いが、まだ残っているのだろうか。



 もうちょっとだけ、誰かを信じてみない?



 アールに言われたこの言葉が、ニコラの心にずっと引っかかっていた。


「(男性は…父親みたいなクズばかりじゃない。大人は、わたしや母様を貶んだ奴ばかりじゃない。

 …ルーファス様は絶対。わたしを守ってくれる…愛してくれる)」


 そう、分かってはいた。信じるのが怖かったけど…


「(わたしが望めばきっと、ルーファス様はアール達も迎えてくれる。教育を受けて、仕事をして、何不自由ない生活を送れる)」


 それならば、5人でツェンレイに行くのも悪くないかもしれない。

 必死にお金を稼がなくても、州侯夫人になれば問題ない。



 けど…



「(どうしてかな。そんな未来を想い描く度に…ロットやハント、ゼラくんが出てくる)」


 本当に、小さな引っ掛かりだけど。彼らと過ごした日々が…忘れられない。

 このままツェンレイに行ったら、後悔する…気がする。


 手紙はもう1枚あり、そっちに目を通す。それはいずれ目覚めるニコラへ向けたもの。



『ニコラ、久しぶりです。貴女がいなくなってから、随分と探しました。

 母君のことは残念でした。貴女が追い出されたという日…側に居られなかったことが悔やまれます。

 貴女が船を降りてからの足取りが全く掴めず…それでも生きていると信じて、探し続けていました。まさかウルシーラにいるとは…更に男性として生活していたとは、貴女はいつも私の予想を上回りますね。

 貴女の父親及び浮気相手、並びに関係者のは終了しております。なので、気兼ねなく帰ってきてください』


「…処罰って…何したんだろ…」


 ルーファスは基本穏やかで善人だが…時には情け容赦も慈悲もない。多分、何人か死んでるな…とニコラは身震いした。

 で、続きだけど。



『ダスティンが手紙を送ってくれて、貴女の近況を知りました。凶悪な事件に巻き込まれ意識不明だと。ですが貴女は必ず目覚めると信じています。


 また、ステラン殿下の行いも聞きました。彼には私がしっかりとしますのでご安心を。もう2度と、貴女を悲しませることにはならないでしょう』


「…………………」


 ステランざまあ。と同時に、死ぬなよ…と祈った。


『そして今、貴女には…恋人がいらっしゃるそうですね。魅力的な貴女のこと、男を惹きつけてしまうのは仕方ないでしょう。

 ですが。私は婚約者として、貴女を幼少期より知る兄として。簡単にその男を認める訳にはいきません。

 なのでウルシーラに赴いた際には、その彼との対話を望みます』


「…対話で済めばいいけど…」


 このままでは、ロットの尊い命が失われてしまう。やはり今すぐ、契約は破棄してただの友人に戻らねば。





「嫌だ、断る」

「なんで!?」


 その日の夕飯、3騎士は普通にニコラ邸で食べていた。寮はどうした…と言いたいけれどグッと堪える。

 それで食後、ロットを部屋に呼び恋人関係を解消しよう、と申し出たのだが。上記のようにきっぱり跳ね除けられてしまった。


「話聞いてた!?ルーファス様ってすっごく強くて厳しい人なんだよ!」

「(ふん…向こうから来てくれるんなら、調べる手間が省けた。ルーファスとやらを認めさせれば、正式に僕が彼氏なんだよな?)聞くけど。きみはルーファス殿と一緒に帰るつもりなんだな?」

「……わかんない」


 目を伏せるニコラは、本当に迷っているようだった。ロットはまだ勝機はある!とこっそり拳を握る。


「なんでロットはそこまで…」

「…………だから…」もにょり

「へ?」

「……なんでも…」


 ここで「きみのことが好きだから。本当の彼氏になりたいから」と言えない辺り、どうしようもない奴だ。


「(僕だって腕には覚えがある。もうキスだってしてる!)」


 キスを絶対的アドバンテージだと、本気で信じているようだ。ハントやステランの存在を忘れているんじゃないだろうか。


「とにかく!きみの彼氏は僕だ、だって婚約は解消したつもりなんだろう!?」

「まあ…そうだけど…」

「ならいい!!」


 ロットは「じゃあおやすみ!」と言って部屋を飛び出す。廊下には気が気じゃないハントとゼラが待機していたが、ロットを追って一緒に帰る。




「つまり!ルーファス殿に勝った男が、ニコラに求婚する資格がある!」

「なんだと…!?っしゃあ、絶対勝つ!!」

「いいや僕だ!!」


 騒ぎながら双子はずんずん歩く。その後ろをゼラは、険しい顔で歩いていた。

 彼はニコラが目覚めてから、ずっとぎこちない。何故ならば。



「(……お付き合いって…どう申し込めばいいんだ?どうすれば、俺のことを好きになってもらえるんだ…?)」


 と、悩んでいたのだ。


 彼は多くの女性と関係を持ってきたが…その実、本気の恋愛となるとこんなものだ。

 ナンパやベッドへのお誘いはお手のものだが、純粋な男女交際を彼は知らない。


 散々ハロット兄弟にチェリーボーイだの言って煽ってきたゼラだが。恐らくこの中で1番、恋愛偏差値は低いのである。


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