ツェンレイの皇子様


「うへえ…まさかの陛下か。参ったねこりゃ」


 とか言いながら、顔は全然困っていない。扉の前に立つ騎士は、内心「なんだコイツ?」である。


 約1年前…王妹であるレイリアに、随分と失礼な態度を取ってしまったのもあり。これでもニコラは若干の申し訳なさがあるのだが、仕方ない。早く済ませて早く帰ろう…とため息をついた。


「ニコラっ!」

「あ、ロット…卿」


 つい、いつもの癖でタメ口を使いそうになるが。ここでは貴族と平民…危ない危ない。ロットは廊下の反対側からやって来た。


「ロット卿も呼ばれたんですね」

「ああ、関係者としてな」


 少し心細かったので、ほっと胸を撫で下ろす。

 明らかに安堵した様子に…ロットもじんわり嬉しくなる。



「どうぞ、お入りください」


 2人揃って、すぐに…扉が開かれて。

 覚悟を決めて足を踏み入れた。



 部屋は小さめの玉座の間といった風に…騎士やお偉いさんが両側にいる道を、少し歩いた先に段差があり。豪奢な椅子に男性が腰掛けている。

 なるべく前を見ないように注意しつつ歩き、部屋の中央辺りで足を止めた。ロットについて行くとラクだ〜、とニコラは思っている。

 ロットが片膝を突いて、右手を胸の前に置いて頭を下げる。ニコラも帽子を脱いで倣った。


「顔を上げなさい」


 国王と思われる男性の声に、そっと立ち上がり顔を上げて前を見ると。

 なるほど…妹のレイリアとよく似た顔立ちで、これまでの苦労が垣間見えるような目の下の隈が特徴的な青年だ。

 その隣にはレイリアが立っていて、ニコラと目が合うと気まずそうに目を伏せた。



「今回は2人でユニコーンのツノを取ってきたと聞く。あれは本当に貴重な上、中々遭遇できるものではない…よくやった」

「ありがたきお言葉に存じます」

「光栄です」


 わざわざ、それを言うためだけに呼んだの?ユニコーンのツノってそんなにレア…?と内心首を捻る。

 だがそんなことはない。ロットも同じように訝しんでいるから。


 ただまあ、150万ウルを貰えると聞き、内心フィーバーした。



 その後も国王はいくつか言葉を放ち…こほんと咳払い。


「して、そちらの兵士に…会いたいという客人がいる」


 え。と声が出そうになった。

 どうやらツノはニコラを呼び出す口実で、こっちが本命らしい。

 誰だろう…後ろで扉の開く音がする。振り向くと、そこには。



 腰まである赤い髪を靡かせ、長い睫毛に縁取られた青い瞳。整った顔立ちに、細身の若い男性だ。ニコラとそう変わらない年だろう。


「(……?なんだろうこの感じ。わたしはあの人を、知っている…?)」

『やあ。きみがニコラだね?』


 男性は微笑み、ツェンレイ語でそう言った。


『は…はい…っ!?』


 あなたは誰ですか、と訊ねる前に。

 男性の胸元に…黄金の刺繍が施されているのが目に入った。



 ツェンレイにおいて、金は王の色。故に衣服等、日常的に金色を使っていいのは…


『皇子殿下にご挨拶申し上げます!わたしは下賎な身なれば。高貴なお方と言葉を交わす栄光に与り、恐悦至極に存じます』


 滞在しているという皇子で間違いないだろう。ニコラは慌てて帽子をかぶり、両膝を突いて両手を胸の前で組んで頭を下げた。

 よく見れば皇子の後ろに、ダスティン達ツェンレイの騎士数人がいる。


『…ん?』

『あっ』


 皇子はニコラの礼を見て微妙に目を丸くした。

 ニコラのそれは、ツェンレイにて女性がする最敬礼だったのだ。カンリルも同じ礼なので、反射でやってしまった。


 片膝を突く形に変えて、胸の前で左手を握り、それを右手で包んで『失礼致しました!』と仕切り直す。

 隣に立つロットは何事かと思いながらも、ニコラに倣って頭を下げてみる。


 他のウルシーラ人は、無学な平民であるニコラが流暢に外国語を操り、綺麗な礼を見せたことに驚いていた。



『いいよいいよ、さあ立って』


 皇子は朗らかに笑いながら近寄ってきた。ロットと共に立ち上がると…皇子がニコラの顔を覗き込む。近い…だが逃げるのは不敬…。ロットは戸惑い半分、不愉快半分。


『今回は僕がきみに会いたくて、無理を言って呼んでもらったんだ。

 きみは博識で、更に歌がとても上手だと…ダスティンに聞いたよ』

『お褒めいただき光栄です』


 それだけで呼んだの?この人暇なの?と言いたい。

 その間も…皇子はじりじりと距離を詰める。ニコラは笑顔だが、徐々に後ろに下がっている。なのでロットがゆっく〜…り遠ざかる。



『……ニコラ。実は僕ね…初恋の女の子も、ニコラという名前だったんだ』

『(!?いや、いやいやいや?)そうなのですね…偶然、ですね』

『更にきみと同じ髪の色をしていた…儚げに笑い、控えめで…とても美しい女の子だった』


 皇子はニコラの、短いオレンジの髪を撫でた。

 だらだらと、汗が背中を流れる。

 ニコラはカンリルでは、とても大人しくて静かな娘だった。今はっちゃけているのは、本来そういう性格だから。


 だがニコラは、この皇子を知らない。はず…

 だというのに…心臓がばくばくと音を立てている。


 この人は、危険だ。わたしの日常を脅かす…!そう確信する。



 どうにか逃げないと。彼の関心を逸らさないと。どうすればいいか、頭をフル回転して答えを探す。


 だが…髪を撫でる手が、いつの間にか頬に移動していて。

 触れられた部分がぞわぞわする。ロットの手は心地良かったのに、全然違う。

 やめてください!とその手を振り払うこともできず、されるがまま。その時…おもむろに顔が近付いてきた。



 うわ…やっぱ睫毛長い。わたしよりよっぽど美人だな…なんて現実逃避していたら。

 頬に何か、触れているような?何が…?



 ざわっ… とどよめきが。



 なんと皇子が…ウルシーラの重鎮や騎士達が見ている中。

 堂々とニコラにキスをしていた。

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