恋なんて、しない


「…………う…」


 わたしを嗤う声がする。


 お前の母親は悪女だ!愛し合う2人を引き裂く悪魔だ!そんな女の娘であるお前も、悪い奴に違いない!


 子供は指差し罵って、石を投げてくる。わたしは怖くて、蹲ってひたすら耐えた。頭から血を流しても、母様以外は「当然だ」という態度だった。

 大人はわたしには、直接何かをしないけど。クスクス笑って、無視をして。母様には…酷いことを言っていた、気がする。



 母様を蔑ろにする父様なんて嫌い。その恋人も、わたしのドレスを汚したり、母様の嘘の話を広めたりする。それを信じるみんなも…嫌い。嫌い。大嫌い。



 恋って醜いものなのね。わたしは絶対、あんな大人にならないわ。

 誰かを好きになんてならない。もう、あんな思いをするのはイヤ。


 男性の振りをするのは、好都合かもしれないわね。ウルシーラ語の口調が男の子っぽいと気付いた時、無理に直そうとしなくてよかった。

 わたし…ボクは男だから、男性とは恋をしない。けど心は女だから、女性を好きになることもないもの。



 そう…それでいい……




「……にーちゃん?にーちゃん」

「ふぁ…?」


 ニコラが目を覚ますと…マチカが不安そうに、顔を覗き込んでいた。


「どこかいたいの?」

「痛い…?」


 ニコラは自分で気付いていないが、涙を流している。

 まだまだ外は暗く、時計を見れば日付が変わったばかり。マチカに大丈夫だよ、と笑顔を見せて、寝かしつける。


 部屋はニコラ、アールが1人部屋。マチカ、スピカ、エリカは3人部屋。でも夜は、女の子4人でニコラの部屋で寝る。そのためにダブルのベッドにしたんだが…



「……ふふっ」


 アールもしょっ中、潜り込んでくる。まだ1人で寝るのは寂しいんだな〜、とニコラはほっこり。


 ニコラを真ん中に。右側にスピカとアール。マチカとエリカがいてくれる。

 なんだか嫌な夢を見た気がするが…この子達がいるから、頑張れる。ニコラも再び目を閉じた。






 その日、兵士の隊舎に緊急通報が入った。どうやら昼間っから、食堂で酒に酔って暴れている男がいると。

 丁度手の空いていたニコラは、ガイルと共に向かった。門番以外の仕事は初めてである。



 ガシャアンッ!!


「だあらあっ!もっと酒もってこい!」

「飲み過ぎだよお前さん!」


 2人が到着すると、ひっくり返ったテーブルに椅子。食器や料理が散乱して、床は悲惨なことになっていた。

 ニコラが現状を見て真っ先に思ったのは…「食べ物粗末にしやがって!もったいない!」だった。


「ひっく。うぃ〜…?だれだあ、通報しやあったんはっ!!」

「こりゃ話通じないな。ニコラ、客の避難させてくれ」

「了解!」


 男は制服姿のニコラ達の見て、更に声を荒げた。相手は凶悪犯ではない。なるべく、怪我をさせないように制圧しないと。

 呂律の回らないほど酔っている男など、長年街を守っているガイルの敵ではない。酒瓶を手に殴りかかってくる酔っ払い、勝手に足をもつれさせて転び…即座に取り押さえた。



「「「おおお〜〜〜!!」」」

「さっすが隊長!」


 恐々と様子を見ていた客や従業員も、拍手喝采で立ち上がる。ガイルは軽く右手を挙げて歓声に応えながら、男を縛り上げた。


「こいつは俺が連行しとく。お前は目撃者の話聞いといてくれ」

「了解」


 ずるずると、酔っ払いは引き摺られていった。さて…ニコラも気合を入れてお仕事である。まず、従業員から事情聴取。



「いやー、店に入った時からほろ酔いだったよ。それからビールやウイスキー、色々飲んでねえ…」

「何度も同じ女の名前呟いてたね。俺を裏切りやがって〜…ビッチが〜…とか」

「クソ騎士…ぶっ殺す…って言っててね」



 つまり。恋人を騎士に奪われた男が、ヤケ酒をしていた可能性が高い。


「…………ありがとう…」



 やっぱ恋愛ってクソだわ。ニコラは益々恋に嫌悪感を抱いてしまった。



「は〜あ…その騎士っての、心当たりあります?」


 最近、お仕事中は敬語を使えるようになったニコラ。ウエイトレスさん達に「お仕事してるの可愛い〜」と頭を撫でられながら、真面目に働く。



 騎士は通常、平民を相手にしない。だが…平民出身の騎士や。貴族令嬢は迂闊に食いものにできない、女遊びの激しい騎士。プロの娼婦ではなく、素人の街娘が好みという騎士もいるわけで。


「うーん…この辺で言えば。ゼラ卿は、結構遊んでるわよね」

「ゼラ…?」


 メモメモ。ゼラとは愛称で、本名は長過ぎて本人すらもうろ覚えという噂があるほどだ。

 特徴は…金髪で背が高く、筋肉が素敵で微笑みを絶やさない。爽やかなお兄さん……ん?


「それって…ナルシストっぽくて、バチーンとウインク決める人ですか?」

「あ、そうそう。気に入った女の子には、そうやって合図するのよ」

「………………うへぇ」


 ニコラは遠い目をした。あの男…少年もイケるのか…とある意味感心。


 ゼラは遊び人だが、一応相手は選んでる。夫や彼氏がいる女性、自分に本気になってしまう純真無垢な女の子には決して手を出さない。

 あくまでも割り切った、大人の関係を維持できる相手のみ付き合う。今回は、女性がフリーと偽っていた可能性が高そうだ。



 だが…相手は准貴族以上の地位にいる訳で。これ以上捜査は不要、暴れた男は厳重注意と弁償で事件は終わった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る