些細な変化


 ニコラが兵士に就職して、半年が経った。その間よく食べて動いて勉強して…健康的な生活を送っていたら。


「きつ。胸って意外と出るもんだね…」


 この頃には年相応に胸も成長し、サラシが必要になってしまった。

 仕事柄鍛錬も欠かさず。毎朝走り込みをしたり、剣を振ったりしているので適度に筋肉も付いて。程よく締まった理想的なスタイルになった。



 今日は非番なので、一通り運動した後。濡れタオルで汗を拭き、タンクトップに短パンという薄着でリビングをうろついていたら…後からやって来たアールは慌てて顔を逸らした。


「ん?な〜に、アール。照れちゃってー」

「!!ち、違うもん!てかにーちゃん、下着は!?」

「パンツは穿いてる」

「ぶ、ぶ、ぶらじゃーも着けてっ!」

「は〜い」


 思春期に突入した少年は、綺麗なお姉さんのニコラを完全に意識している。実はこっそり、ニコラの着替えなんかを覗いていたりする。

 それでも正面から見てしまったら、こうして動揺を隠せない。ニコラは多分、アールに全裸を見られてもなんとも思わないけど。全く男扱いされていない、哀れな少年である。




 ニコラは勉強の甲斐あって、言葉も流暢になり読み書きもマスターした。

 一人称は「ボク」になり(普段はわたし)、ユニセックスな話し方をする。これはロットの努力の結果だ。

 兵士達が平民のスラングを面白がって教えてたりするが。


「ねえねえ、ロットとハントって「チェリー」なの?」

「「何それ?」」

「(知らないんだ…ほーん?)まあ流石にないか。騎士だし」

「「???」」


 門まで遊びに来た双子は、チェリーの意味を知らず首を傾げた。兵士達は双子が騎士だと知り、最初はびくびくしていたが。ニコラへの態度を見て、「いい人」と判断した。

 今は「お前チェリーなの?」「チェリーって果物だろ?」「あ、双子って意味か!?」「今更じゃ…?」と大真面目に話し合う姿に、全員肩を震わせている。


 双子は非番の度にニコラに会いに来る。ロットは女の子のニコラが心配で、ハントは可愛い弟分と仲良くなりたくて。アールも次第に、ハントを許した。

 レイリアも1度、お忍びで様子を見に来たが…ニコラの笑顔に、安心して帰って行った。



 余談だが、双子はチェリーが童貞を指すと後に知って。憤慨しながら、大笑いするニコラを追いかけ回したとかなんとか。



「で、チェリーなの?」

「「ノーコメントだっ!!!」」

「「「(図星か…)」」」



 兵士達の双子を見る目が、なんだか温かくなった。




 そんなある日。1台の馬車がニコラのいる北西の門を通る予定だ。それは国賓…他国の王族か、その代理人を乗せた馬車。


「ん…?ツェンレイ国から皇子が…?」


 この時ばかりは王宮から騎士がやって来て出迎える。兵士は後ろのほうで、ちょこっと立って頭を下げるのだ。

 出迎えは若くて見目麗しい人物のほうがいい。ニコラはなるべく前に立たされる。



 ツェンレイとは。ニコラの祖国、カンリルの隣国。なんだか懐かしいな…とニコラは資料を読みながら目を細めた。まあ自分には関係ないけど。

 王宮の騎士か、ハロット兄弟(※ロットとハント)かな?と期待したが。実際来たのは、全然知らない人ばかりだった。

 つまらん、と興味はさっさと失せて。自分の持ち場についたら。



「………………」

「ん?」


 騎士の1人が…ものっすごいニコラを見ている。じーーー…と、遠慮なく。大らかなニコラでも若干の気まずさを覚え、そっと顔を逸らした。

 騎士は金髪に整った顔立ちで、あまり恋愛沙汰に興味のないニコラも「おお、イケメンだ」と感想を抱いたほど。爽やかなお兄さんといった感じか。何故か周囲に常に風が吹いていて、髪や衣服をさらっている。



 数分後。まだ視線が…チラッと顔を向ければ、目が合った。すると…

 バチコーン☆ とウインクされた。女の子だったらきゃーきゃーと喜んでしまいそう、なのだが。ニコラは一瞬で全身に悪寒が走り、思いっきり顔を顰めさせる。


「……へえ?」


 ミスった。と気付いた時には手遅れ。ここは適当に頬を染めて、恥じらうべきだったかもしれない。ああいうナルシストっぽいタイプは、自分に対する無関心や嫌悪に敏感に反応するのだ。

 つまり「この俺に靡かないなんて、おもしれー女」である。


「ねえ、そこのキミ…」

「お見えになりました!」


 間一髪、ガイルの声で全員背筋を伸ばした。




 馬車が門を通過し、全員頭を下げる。兵士は帽子を脱いで、胸の前に当てて…あら?ニコラは、帽子を被ったまま頭を下げている。

 これには隣に立つクランスもびっくり。注意しようにも手遅れ、せめて見つかりませんように…!!と天に祈った。



 馬車は無事…騎士達先導のもと…遠ざかる。兵士達は一斉に息を吐き、ニコラに詰め寄った。


「あっっっぶなかったじゃないかっ!!」

「何しとんじゃ坊主!!」

「帽子は取らなきゃ失礼なんだよ〜!!」


 今回は運良く、騎士や客人にはバレずに済んだが。一歩間違えれば不敬だ!そいつを牢に入れろ!!もあり得るのだ。たった今九死に一生を得たニコラ、頭に疑問符を浮かべて唸った。


「ん〜〜〜?ツェンレイでは、脱帽こそ失礼だよ?」

「「「えっ?」」」

「帽子を取る=寛ぐ・自然体を見せる。つまり、相手を対等以下だと示している。なので目上の方相手には、どんな時もきっちり正装をお見せしないとダメ」

「「「……………」」」


 それはウルシーラとは…全然違うマナーで。兵士はポカンとするしかない。


「……や、でも。何も指示されなかったんだが…」

「上層部も知らないんじゃ?ツェンレイ皇室特有の文化だから、別に他国で脱帽されても怒らないだろうし。国民がやったら不敬だけど」



 それが嘘かどうか、誰にも分からない。

 一応…ガイルがその旨、王室に報告。それも一笑に付されたのだが…近いうちに、真実だと痛感することとなる。

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