はじめまして。

@EIrI779

第1話 ユキとの別れ

3年前、俺はこの島にやってきた。都会の騒音と日々の不満から職場を退職、俺はこの島での移住を決めた。今はフリーライターとして生活している。そんな俺にも彼女がいた。半年前、この島に彼女は現れた。第一声は、

「久しぶりだね、元気そうで良かった」

衝撃的な一言だった。俺は彼女の顔も知らなければ、名前も知らない。そんな見ず知らずの女性にこんなセリフを言われる覚えはなかった。

「どっかで会った?」

そう返した。

彼女は

「いえ、会ってないですよ」

と微笑みながら答えた。

彼女の名前は、ユキというらしい。

ユキとはその後に何度か話す機会があり、

出会いから半年、今では恋人同士だ。

そんなある日、島で事件が起きた。

病棟にいたはずの患者達が居なくなってしまったのだ。病棟にいた患者とは、井田精神病院に入院している患者達のことである。

彼らは半年前、

俺たちの暮らす芳壁島に漂流してきた。

容貌はモンゴロイドで、言語は不明、精神的に不安定という理由から島の医師達は彼らを隔離していた。結局、10日間に渡り捜索活動が行われたが、

彼らは見つからなかった。これは、とてもおかしな話で、この島の面積はおよそ20㎢、鹿児島県国頭郡に属す小さな離島である。島から出るには船を使うしかないが、船は1隻しかなく、その船は現在、島の警察が鹿児島本土への交信に行ったきりで、まだ帰っていない。捜索は、漂流民の彼らが居なくなっただけだということで、すぐに打ち切られた。そもそも彼らの存在を認知していたのは、井田精神病院の医師達、島の警察署の一部の職員に限られたいたために、島の住民おろか、政府の認知もなく、大きな問題にはならなかったのだ。

その晩、0時頃だったろうか、俺が仕事終わりに入浴をしていた時、

「バタン」

玄関のドアが閉まる音が聞こえた。

ユキが帰ってきたんだなと思い、風呂を上がる。

ユキは離島を転々と看護師をしている。この島では井田精神病院の隔離施設で看護師として働いている。最近になって患者達の失踪もあってか、深夜遅くまで働いている。玄関に向かうとユキが居た。

「お疲れ、今日も遅かったな」

そう俺はユキに声をかけた。

「実はさ、、」

ユキがこちらを見る。

「ん?」

「明日、自衛隊が来るらしくて、全員、鹿児島本土に避難するようにって」

「え、なんで急に?」

「失踪した患者達がいたじゃん、、

実は見つかったんだよね」

「ごめん、これ以上は言えないや、とりあえず明日朝6時には迎えの船が来るから、よろしくね、とにかく絶対島から離れてよ」

ユキは深刻そうな表情でそう話した。

「いや、急に言われてもさ、、せめて理由くらいは聞かせてよ」

俺がそう話すと、ユキが顔をしかめる。

「てかさ、出会った時からそうだけど、時々おかしいよね、今回のこともそうでさ、」

そう俺が話を続けようとした瞬間、

「もう!しつこいなぁ!言わないって言ってるじゃん、明日早いんだよ、今からお風呂入って私も寝るから、とにかく絶対6時に港に居てよね」

そう、怒りながら俺を横目に睨めつけて行った。

本当に意味不明な奴だな、そう思いながらもソファに横たわると、いつの間にか眠りについていた。



翌朝、いつもの騒音が聞こえない。

俺はいつもアラームをセットしているが、ユキの立てる生活音という名の騒音により目が覚める、だが、今日はアラームで目覚めたのだ。

ユキがいない。そのまま玄関へ向かうと、昨晩にはあったはずの、ユキの靴がなくなっていた。その時、ふと思った。昨夜ユキのペースに乗せられたまま話が終わってしまったが、ユキはどうするのか、肝心な所を聞きそびれた、そんなことに今さら気がついた。ユキの携帯に電話をしてみたが繋がらない、とりあえず港に向かうことにした。




港には夥しい数の人達が待機していた。ユキのやつ、こんな人の数、合流できるわけねぇだろ、俺は腹を立てながら、それらしい人影を探していた。

「ユキ?!」

俺は女性に声をかけた。

「はい?」

人違いか、、、

「すいません」

そうこうしていると、船がやって来た。

船の中から数名、迷彩服の男性が降りてきた。

「点呼をとります!皆さんこちらに整列して下さい!」

自衛隊だろうか、

「はい、ミシマカナコさん、ミシマヒロシくん、

タナカヨシエさん、タナカカズヒロくん」

次々と点呼が取られていく。

とりあえず俺も並ぶことにした。

「お名前をお伺い出来ますか?」

「八木新一です」

俺はそう答えた。

「ヤギ、シンイチさんですね、はい、確認しました」

「あのすいません、片瀬ユキって来てますか?」

「確認しますね」

数分後、、、

「片瀬ユキという人は来てないですね、これが島の住民籍ならびに入島者なんですが、ここにある方のお名前で全員分になるので、片瀬ユキという名前の人はいないですね」

「そんなはずないですよ、貸してもらえますか」

と、俺はその自衛隊員の手から名前の書かれた紙を取ると、

「カ、カ、カイトウ、カサイ、カワカミ、カワムラ、カンダ、」

確かにない、、、そうして目線をさらに下したが、そこにも名前はなかった。この島は小さな離島ということや特殊な風習も相まって、たとえ観光客であっても入島する者にはその都度署名や身分確認がある。だからこそ、住民籍が仮になくとも、入島記録すらないことは不自然だった。

俺には信じられなかった。


ユキだけならば離島を転々としている医師のために、今この島に住民籍がなくても不思議ではなかったが、一度俺はユキの両親、弟に会ったことがある。元々、ユキ本人も家族たちも長年この島に定住していて、ましてや両親の住民籍がないはずもなく、戻ってきた自衛隊員の話では過去の住民記録にも、カタセという苗字の戸籍自体、この島になかったという。

じっとしたまま、状況を飲み込めるはずもなく、

「すいません、まだ時間ありますか?」

「今そうですね、、6時30分頃には船を出さないといけないので、あまり時間はないですね」

と自衛隊員が答えた。

「彼女が居ないんです!」

「一緒に探してもらえませんか?」

俺は必死の表情で自衛隊員に協力を求めた。

「分かりました、時間の許す限りではありますが、探しましょう」

「ありがとうございます」

俺は礼を言い、自衛隊員10名がユキの捜索活動にあたったが、結局ユキは見つからなかった。

時刻が6時30分に差し掛かった頃、

1人の自衛隊が俺の元へ走って来た。

「ヤギシンイチさんですね?」

「あ、はい」

「カタセユキさん、、見つかりましたよ、なんで、、早く船へ乗って下さい」

「本当ですか!ありがとうございます!」

一安心だった。俺も船に乗り込んだ。


船が出航した。

しばらくして、

「それで、ユキはどこですか?」

俺は先程の自衛隊員に問いかけた。

「ヤギさん、落ちついて聞いて下さいね」

「はい」

「カタセユキさんは船には乗っていません」

体が固まった。

「え?どうゆうことですか?乗ったって言ってましたよね?」

自衛隊員は深刻そうな顔でうなづいた。

「というより、乗れなかったんです、なぜなら

カタセユキさんは容疑者だったんですよ、殺人のね、それに彼女、先程心臓発作でなくなりました」

「殺人?で、亡くなったって、、何かと間違いですよね、適当なこと、言わないで下さいよ!」

声を荒げながらに、俺が自衛隊員に掴みかかったその時、

「シンイチくん」

聞き覚えのある声がした。

そこに居たのは、井田先生だった。

「井田先生」

井田先生は井田精神病院の院長でユキを通じて知り合った。

「シンイチくん、その彼の言った話に間違いはない、彼女は私に隠して、漂流してきた人達に安楽死剤を投与していたんだ、その後、遺体を埋めて遺棄した、遺体は既に確認済みだ」

あまりの困惑に頭が追いつかなかった。

「シンイチくん、気持ちはわかるが、これは事実だ、それに、彼女には最初から不可解な点が多すぎた、それは君もよく知っているだろう」

「はい、知ってますよ、でもだからって、それとこれとは関係なくないですか?!」

「いきなり、ユキが殺人犯だ、死んだだ、信じろって無理があるでしょ、それに女性一人の力で出来る内容じゃない、もういいから早くユキ出して下さいよ!」

そう感情的になる俺に、井田先生は話した。

「いいか、もう漂流民の件も本土の警察、政府関係者と公になってしまったんだ、彼女は半年前この島に来た、しかし、どの港からも彼女の渡航記録はない、ましてや、片瀬ユキという人物自体、この国に戸籍がないそうだ、だから今、報道規制もされている、どちらにせよ、彼女の存在は確認出来ない、彼女が誰で、どこから来たのか、それは誰にも分からない、ただ今わかっていることは、彼女が安楽死剤を投与して漂流民達を全員殺害した、その事実だけだ、気持ちはわかるが、諦めなさい」


俺は、何も言い返さなかった、、、なんとなく腑に落ちてしまったのか、いや、そんなはずはなく、ただただ、ユキとの何気ない日々を回想し、無の感情のままに目を閉じていた。

気づくと、船は鹿児島本土の港に着いていた。

船を降りる前に、俺は自衛隊員に尋ねた。

「ユキが犯人で漂流民を殺害したのはわかりました、でもなんで、俺たちは避難する必要があったんですか?ユキが犯人で亡くなったのなら、避難する意味がわからない、それにユキの遺体はどうするんですか?」

そう話した。

すると、

「ヤギさん、カタセユキさん、今や殺人犯片瀬ユキは、

この国に戸籍、その他生存の記録が何もない、実際、彼女の存在を認知しているのは君と井田先生くらいのものだ、この世に存在しない人間が殺人犯、こんなことを世に公表出来ると思いますか?」

「はい、そうです、皆さんに避難して頂いたのは、片瀬ユキの遺体を極秘で処分するためです、避難理由については、住民の皆さんには別の内容で報告済みです」

と自衛隊員が話す。

俺は事の次第に頭が追いついていなかった。

「実は片瀬ユキが犯人であるとわかったのは直前で、当初は井田精神病棟の隔離施設で化学事故があった、という報告を受け、緊急避難、ということになったんですよ」

「まあそれは、片瀬ユキからの虚偽の報告だったんですけどね」

沈黙が続く。

俺は立ち去ろうとする自衛隊員を呼び止めた。

「すいません、俺、島に戻ります」

自衛隊員は答えた。

「処理が終わるまでは本土で待機して下さい、あと数日はかかるかと、それと、さっき話した内容、片瀬ユキのことですが、貴方には致し方なく知られてしまいましたが、ここにいる自衛隊員、井田先生、その他一部政府関係者人達以外は知りません、くれぐれも情報漏洩には最新の注意を払って下さいね国家機密なので」




1週間後、俺は、船で島へ戻った。島はひどく霧かかっていた。

もうどうでもよかった、ユキが何を考えていたか、なぜそんなことをしたか、そんなことは。

ただただ、ユキに会いたかった。

首元にあるブレスレットを握りしめながら、家へと帰る道を歩いていた。

このブレスレットは、ユキが俺の誕生日にくれたものだ。見たこともないようなエキセントリックな型のブレスレットだったが、なんだか妙に気に入っていた。

しばらく歩いた時、いつもの道ではないことに気づいた。目の前に祠がある、祠の向こうには見たこともない長さの階段が下っていて、下の方はよく見えずにいた。こんな祠は見たことがない。

ただただ夢中で、引き寄せられるように

この祠に着いたのだろうか。道筋さえも記憶にない。次の瞬間、、笑い声がした。祠の中からだ。

ユキの声に間違いない、そう確信した時、、

「ズタタタタタタタ」

俺は祠の前の階段を転がり落ちていた。

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