第9話「宿なし、服なし、問題あり」

 教室に戻ると、腕組み仁王立におうだちで壱夜いよが待っていた。

 彼女は僕に詰め寄って、腰に手を当てグイッと身を乗り出してくる。

 僕は思わずのけぞり、視線をそらした。

 周囲は、摩耶まやもそうだがみんな『あーあ、またやってるよ』って顔してる。夫婦喧嘩ふうふげんかだなんだと言われる時だけ、陰キャな僕の存在感が倍増してしまうのだ。


「ちょっと隆良たからっ! どうして先に行っちゃうのよ! 迎えに行ったのに!」

「い、いや、そもそもなんで毎日一緒に登校なのかなって」

「はぁ? アンタねえ……ばか。心配だからに決まってるじゃない」

「まあ、どうも」

「ほらっ、お弁当!」


 僕はいつも通り、壱夜のお手製弁当を受け取る。

 あっ、これってリア充なのか?

 だが、物心付いた時から壱夜がそばにいるのが当たり前過ぎて、いまいちピンとこない。かといって、失ってから気付くありがたさも知りたくないし、彼女には感謝している。

 だが、いつもの強い口調で壱夜はグイグイと迫ってくる。


「そもそも、なに? ……昨日の夜、なにがあったのよ。なんでアタシ、気付いたら家に」

「うん、そのことなんだけどな。まず、夜中の走り込み、あれやめよっか?」

「ほへ? どして?」

「女の子のひとり歩きって、どう考えても物騒で危ないと思うんだよな」

「……心配して、くれるんだ。アタシのこと」


 千夜壱夜せんやいよ、チョロくてわかりやすい女。

 キュン、て音が聴こえてきそうな程に顔を赤らめ、伏せ目がちにうつむき出したぞ。すぐ顔に出るんだよな。って、そういうリアクションなの?

 でも、彼女はまだまだ納得出来ないようでブツブツとつぶやく。

 そんな時、追求される僕に救いの手が差し伸べられた。


「千夜壱夜、私から説明しよう。昨夜、アクシデントが発生した」


 花未はなみだ。

 彼女はツカツカと僕たちの間に歩み寄ると、いつもの真顔で喋り出した。

 正直、助かった。

 そう思った瞬間、教室が戦慄せんりつに凍りつく。


「昨夜、一ノ瀬隆良いちのせたからは私と一緒だった」

「……へ?」

「路上で接触し、その後に倒れているお前を保護したのだ」

「ちょっと待って、一緒だったって……」

「偶然だが、幸運だったな。一ノ瀬隆良の部屋までは私たちが運んだ」

「そ、そう……え、えっと、ありがとう?」

「礼は不要だ、千夜壱夜。お陰で私はまた一つ、特異点の捜索が進んだ気がするからな」


 静寂が去って、ざわめきが広がった。

 あっという間にささやきが伝搬でんぱんしていって、僕へのヘイトが向けられる。

 こいつ、壱夜さんだけじゃなく転校生の花未さんまで……!

 なお、僕が想像する周囲の心の声は、語尾に必ず『陰キャのくせに』がつく。

 さてさてどうしたものかと固まっていると、


「そっか、ありがとっ! 花未さん、やっぱり今度なにかお礼させてよっ」


 壱夜はとびきりの笑顔で花未の手を握った。

 そしてさらに手を重ね、何度もウンウンと頷く。

 花未は全く動じていないが、フムとうなって考える仕草を見せた。


「そうか。いて言えば……」

「うんうんっ、なになに?」

「現在、この時代での拠点を探している。十分な休息の取れる安全な場所が欲しい」

「えっと、家を探してるってこと? なら、アタシに任せてっ!」


 壱夜は笑顔でスマホを取り出しつつ、そっと僕に耳打ちする。


「……あとで説明してよね? 昨夜のこと」

「は、はいぃ!」

「それと! ……アンタも、ありがと。助けてくれたみたいだし」


 それだけ言って、壱夜は家へと電話をかけ始めた。

 茶番は終わったようで、周囲もそれぞれの朝へと戻ってゆく。もうすぐ予鈴よれいの鐘が鳴って、ホームルームが始まる筈だ。

 そして、ニシシと笑いながら摩耶が近付いてくる。


「やっほー、昨晩はお楽しみでしたね?」

「違う、違うからな! 僕はなにもしていない! なにも、できなかった」

「なんだよ、甲斐性ないな。もしかして、童貞どうていかよー」

「ああそうだよ、お前と同じ童貞だよ!」


 そう、女子より女子らしくスカートが似合っているが、纏摩耶まといまやは男だ。今年から急に女子の制服を着用することになったが、れっきとした少年、それも美少年である。

 唯一僕が心を許せる親友……悪友? そんな感じだ。

 だが、そんな摩耶にも真実は話せない。

 巻き込みたくないし、言っても信じてもらえないだろうし。

 ……いや、摩耶は信じる、そういう奴なのだ。

 だからこそ、尚更なおさら言えない。


「もしもし? お母さん? うん、アタシ。ねね、うちのアパートって部屋、空いてるよね?」


 壱夜はちらりと花未を見ながら電話している。

 相変わらず無表情で、ともすれば無機質にさえ見える美貌。そんな花未に、摩耶は気さくに話しかけていた。

 花未は真剣な顔で、昨夜の缶ジュース暴飲事件ぼういんじけんを語り、コーラなるものが美味おいしかったと語る。摩耶はなんていうか、コミュ力のかたまりみたいな人間なので、すぐに花未と打ち解けてしまった。勿論もちろん、花未自身からはそういう雰囲気は微塵も感じないのだが。


「えーっ、花未さん、これしか服持ってないの?」

「問題ない」

「大問題だって、四六時中セーラー服でいる訳にもいかないでしょ」

「……ふむ。確かにこの服装はやや目立つらしい。この世界の標準的な女学生の装備と聞いていたが」


 おいおい、どこの国の人だよお前さん。

 ていうか、着替え持ってないの?

 今日もじゃあ、くまさんパンツなのか? 二日目なのか? 今どき、男子でも下着は毎日変えるぞ……ちょっとそれどうなの? 私、気になります!

 っていうか、女子として是非ぜひ気にしてくれ……花未よ。

 そうこうしていると、電話を終えた壱夜が話に加わる。


「花未さんっ! アタシの家に来なよ。落ち着くまで、うちのアパートに住むの。どう?」

「どう、と言われても……迷惑ではないだろうか」

「いーの、いーの! もともと空いてる部屋だしね」


 女が三人寄ればkしましい。

 そう、強姦や姦淫のあの字は『かしましい』と読むんだ。

 因みに編集担当の木崎こざきさんからは、とよく言われている。

 仏頂面ぶっちょうづらの花未と女装男子の摩耶でも、加わる壱夜がやかましいから華やいで見えた。


「えっ、花未さん……着替え、持ってないの?」

「うむ。問題ないと思ったが、そうでもないらしい」

「大問題よ! よしっ、放課後一緒に買物いこ?」

「……了解した」


 摩耶も、いいお店がアレコレあるとか言い出した。それに、化粧品やスキンケアの話まで出てきて、いよいよ僕は門外漢もんがいかんになってしまう。

 でも、よかった。

 ちょっと……いや、かなりおかしいが、花未も普通の高校生なのだ。

 どこの国から来たかは知らないが、今後は日本の女子高生生活をエンジョイして欲しい。

 そう思って見守っていると、セーラー服姿もいいもんだな……なんて。銀髪にオッドアイも目立つし、この教室で三人のいる場所だけが輝いて見えた。

 うんうん、三者三様、みんなかわいい。

 壱夜だって、黙ってれはなかなかかわいいじゃないか。


「と、いう訳でっ! 隆良、放課後買い物に行くから」

「あ、ああ、壱夜。気をつけてな」

「なに言ってるの? アンタも来るのよ。荷物持ちね?」

何故なぜそうなる……」

「か弱い女子にアレコレ持たせようって訳?」


 そうだよーと笑ってるが、摩耶……お前は男だろう。

 それに、荷物持ちが必要ってどんだけ服を買う気だよ。

 でもまあ、ちょっと気になるし付き合ってやることにした。花未はどうやら、しばらくうちのアパートに住むことになるらしいしな。

 下心などないが、外国人には親切にしてあげたくなる。

 そう思っていると、担任の教師が気だるそうにやってきた。


「よほほーい、ホームルームはじめるよんー? さあ、席に座った座った」


 相変わらずやる気/ZEROスラッシュゼロだ。

 こっちの気力までゼロディバイドしそうである。

 それで僕たちも解散になった。

 席が隣同士なので、花未と一緒に窓際に向かう。

 その花未だが、例のゴツめな腕時計を見詰めて溜息を一つ。


「ん、どした?」

「いや……特異点反応が全くない。昨夜は近付いたと思ったのだが」

「なんかよくわからないけど、気をつけろよ? 秘密だからな」

「わかっている。だが、特異点を適切に処理できねば……」


 そう、その時はこの世の終わりだ。

 そういうことになっているらしい。

 もう、昨夜の牛鬼ぎゅうき騒ぎで僕のリアリティは刷新さっしんされてしまったのだ。だから驚かないが、同時に思う……花未が言う特異点って、なんだ?

 昨夜の牛鬼は、特異点じゃないらしい。

 しかし、確かに特異点の反応は増大していると言っていた。

 今日から一つ屋根の下だし、軽くあとで聞いておくか……どうしても僕はラノベ作家の一面があって、好奇心と探究心だけは人一倍なのだった。

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