飛べない鳥

多田いづみ

飛べない鳥

 鳥が暴れている。

 どうやら、棒のようなものが口に挟まって取れないらしい。首を振ったり後ずさったりしているが、そんなことではとうてい取れそうにないくらい、がっちりと挟まっているようだった。


 そこは町の中心部にある大きな広場で、市民のいこいの場として、いつもたくさんの人でにぎわっている。今日はとくに天気がよく、いちだんと人出が多かった。


 広場を訪れる人びとを目当てに、たくさんの屋台が出ている。屋台はそこかしこでいい匂いを立ちのぼらせ、そのおこぼれを目当てに、たくさんのハトやスズメが集まる。が、暴れている鳥は、ここいらで見かけたことがなかった。


 けっこう大きな鳥で、ハトの倍ほどもあり、スズメの何倍も重そうだった。

 鳥の体は真っ白な羽根に覆われ、大きなくちばしは淡いさくら色にかがやいている。どこからみても美しい鳥だったけれど、どことなく存在が希薄な感じがした。鳥のまわりに見えない薄い膜があって、それが広場にただよう汚れや喧騒やそうした猥雑なものを寄せつけないように見えた。


 鳥はしきりに羽根をばたつかせていたが、どうしても飛べないようだった。かといって翼が傷ついている様子はない。

 飛べないのは、口に挟まった棒がじゃまで、くちばしを閉じられないせいだった。鳥は口を開けたままでは飛ぶことができないのだ。


 その飛べない鳥が必死にもがくのを、人びとは遠巻きにとり囲んで、笑ったりはやしたてたりした。なかには鳥のしぐさを面白おかしく真似るものがいて、集まった見物人たちの気分をさらに高揚させた。


 人びとがそんなことで喜んでいるのは、わからないでもなかった。

 というのも、広場には大きな噴水があって、暑くなると子どもたちはそこで水浴びをして遊ぶのだが、気温はまだ低くその時期ではなかったし、またいつもなら、幾人もの大道芸人が通りゆく人たちの目を楽しませてくれるのに、今日にかぎってはひとりも姿が見えなかった。

 つまり彼らは、水浴びやら大道芸やらを楽しむかわりに、こっけいな鳥の姿でも見ておおいに笑ってやろうという魂胆なのだ。


 わたしもはじめはその人山に混じって鳥の暴れるさまを眺めていたが、しだいに鳥がかわいそうになり、口に挟まった棒を取ってあげようとした。


 しかし、ご存じのように鳥は視野が恐ろしく広いので、うしろからそっと近づいてもすぐ逃げられてしまう。飛ぶことはできないまでも羽ばたくくらいはできるから、わたしの手など容易にすり抜けられるのだ。

 わたしが必死に鳥を追い立てるのを見て、人びとはまた、わっと大きく盛り上がった。こっけいなドラマに新たな展開が加わったとでも思ったのだろう。


 その勘違いは、わたしにとってはむしろ都合がよかった。とり囲んだ人びとが壁となって、鳥が逃げるのを阻んだのだ。

 そうした意図せぬ協力もあって、わたしはなんとかその鳥を捕えることができた。口に手を突っ込んで、挟まっている棒を抜いてやった。

 それはクギだとかハリガネだとかそんな硬いものではなく、ただの黒っぽい木の枝だった。枝は口に刺さってはおらず、なにかの拍子につっかえ棒のように挟まっただけだった。


 そのまま放してやろうとしたのだが、そのとき、不思議なことがおきた。

 鳥の羽根が、わたしの腕のなかでみるみる黒くなっていったのだ。さくら貝のようだったくちばしも、どんどん色が沈んで真っ黒になった。

 鳥は一瞬にして、どこもかしこも黒い奇妙な生き物に変わってしまった。とても少し前までの鳥と同じには見えなかった。


 さっきとは違い、鳥は見違えるようにずっしりした存在感を携えていた。それは単に羽根の色が変わったというだけではないような気がした。

 鳥は、わたしたちにむけて警告のような鳴き声を一度、発した。その声は消防車のサイレンの音に似ていた。

 鳥をからかっていた人びとと、助けようとしたわたしを一緒くたにされたようで不満だったが、鳥からすればそんなものはどっちでも同じだったに違いない。


 そしてわたしたちが驚きで声も出せないでいるなか、鳥はふわりと浮かんでどこかへ飛んでいった。

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飛べない鳥 多田いづみ @tadaidumi

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