第16話 企み

「これはさっきの『どろーん』と違って、本当は屋敷の天井裏や床下に潜入させて、その建物の造りを調べたり、住人の会話をこっそり聞いたり、様子を覗いたりするものです……もちろん、悪用は厳禁ですが、今は子供が攫われているという非常時ですし、相手は盗賊ですから、使ったとしても父も許してくれるでしょう」 


「舞……その方は、なぜそんなに便利な仙界の道具を、次々と取り出せるのだ……まさか、この状況を予測……いや、予知していたのか……」


 竜之進が呆れたように問う。


「いえ……ただ、父は以前から、ずっと悪人と対峙することが多かったと聞いています。真面目に暮らしている住人が、一部の悪行を行う者によって虐げられる世の中をなんとか正しい方向に導きたい……しかし、父にはその身分も武力もあるわけではありませんでした。今から三百年後……『仙界』と皆が呼ぶ世界から様々な道具を持ち込むうちに、自然と役に立つ道具が何なのか、絞られてきたと言います。先ほどの島全体が見渡せる『ドローン』も、豊富な知恵を与えてくれる巻物の精である『式部』も、そしてこの小さな『どろーん』も……多くの悪人と対峙する、その準備段階において役に立ってくれたと聞いています……あ、でも、誤解しないでください。今回、悪人がいると分かっていたわけではありません。万が一の備えの一つだったというだけです。実際に、大きい方の『どろーん』は、本来上空から人や物を探したり、地形を調べたりするためのものですし、『式部』も知恵を与えてくれるだけのものなのですから」


「なるほどな、仙界の道具の中でも選りすぐりのものを持ち込んでいたから、いろいろと応用が利くということか。では、早速使ってみせてくれないか?」


「はい……でも、洞窟の中は電波……つまり、念力のようなものがあまり届かないかも……」


 舞はそう言いながら、虫にしか見えない超小型ドローンを操作する。

 見張りの男は、一応警戒しているようだが、暇そうだ。


 集中力もそれほどではないようで、しかも上空十メートルほどから洞窟に近寄り、見張りの背後に回り込むようにしたので、無事入り口に潜入することに成功した。

 スクロール型タブレットに表示されたその内部は、ほぼ手つかずの洞窟で、広さは五メートルほどあり、奥は一見するとどこまで続いているか見えなかったが、舞がドローンに内蔵されているカメラの感度を調整すると、それが三十メートルほど先で折れ曲がっている事が分かった。


 さらにその先、ほぼUターンした奥に、行灯の光が見えた。

 数人の男たちの話し声が、スピーカーから漏れてくる。


 舞たちが居る場所と見張りとは二百メートルほどの距離が離れているが、念のためそのボリュームは小さめにしている。


 舞はドローンをさらに操作し、AIの『式部』がその軌跡と映像を元に、三次元のマップを作成する。

 そこでようやく、洞窟の全景が見えてきた。


 アルファベットのJのように折れ曲がった先に、半径二十メートルほどの天然の大広間が存在している。

 ドローンは、行灯あんどんの灯りに照らされ、見つかることを警戒しながら、最奥部を目指した。


 その中心からやや奥側に、行灯を中心として五人の男たちが輪になって座っており、さらに奥に、粗末な服の上から縄で縛られ、猿ぐつわを噛まされて、ぐったりと横たわっている子供の姿が映し出された。

 その異様な光景に、舞は思わず声を上げそうになり、桃は息を飲んだ。


「なんてひどい……」


 舞が声を震わせながらそう呟いた。


「……お願い、生きていて……」


 桃が小声でそう祈る。

 それが通じたのか、その男の子は目を開けて、そしてドローンのカメラと目が合った。


 その様子に全員、ほっとする。

 生きてはいる……だが、その目はどんよりとしており、とても元気な状態だとは言いがたい。


 子供の方も、超小型ドローンを迷い込んだ虫ぐらいにしか思っていないだろう。

 言葉をかけられるなら、そうしてあげたい……実際、小型ドローンには小さなスピーカーも内蔵されているのだが、今はそれを使う状況ではない。


 舞は、ドローンを男たちの視線から逃れるように、それでいてその会話を聞き取れるギリギリの位置に着地させた。

 タブレットから話し声が聞こえてくる。


「……新三郎と平助、遅いな……」


「確か、船に乗っていたのは五人で、そのうち二人は女のようだって話だったよな……なにかの神事でこの島に来たのかと思ったが、それとも俺たちのことを嗅ぎつけた役人だったか?」


「まさか……ならば、なぜ女が乗っている?」


「……ひょっとして、俺たちと同じように人攫いか?」


「ははっ、そりゃあいい……女を二人も連れてきてくれたなら、仲間にしてやろうぜ」


「まあ、男は要らねえがな」


 そんな下品な会話がしばらく続いた。


「……しかし、茂平の奴、上手くやるかな……あいつには度胸が足りねえ」


「ガキの命がかかってるんだ、寺の味噌に眠り薬を混ぜるぐらいやるだろう」


「それが毒だと勘違いしねえか?」


「いや……心配なら犬、猫に食わせてみろと言ってある。そのぐらいは試すだろう。俺たちとしても、住職に本当に死なれちゃ困る。金を払う者が居なくなるからな」


「……いっそ、金を盗んだ方が早くねえか?」


「馬鹿、本尊をこっちが持ってりゃあ、何回でも金をせびれるだろう?」


「そりゃ分かってるがな……だが、茂平はそのことは知らないんだったよな?」


「ああ、『坊主どもが寝ている間に賽銭を盗む』と言ってある」


「賽銭を盗む手助けをするのと、子供の命じゃあ、まあ、普通の親は子供を助けようとするよな……」


 その後の男たちの会話で、盗賊たちの悪巧みの全容が分かってきた。


 住職に信用されている茂平と言う物売りに、寺の厨房に大根などを納めさせる時、味噌か醤油に眠り薬を混ぜさせる。

 坊主たちを深く眠らせて、その隙に盗賊たちが本堂の本尊を盗む。

 それで住職を脅して、金を要求する。

 父親である茂平は、子供が攫われて脅されている以上、男たちの要求に従わざるをえない……。


 卑劣なやり口、そして子供を巻き込んだことに、竜之進たちは全員、怒りを覚えた。

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