第13話 宣戦布告

「なに、今の……幽霊? 怪物? のうめき声……」


 桃が怯えながら、左手でハヤトの腕を掴みながらそう言った。


「いや……確かに、不気味な響きではあったが、少なくとも、今のが船を壊したのではあるまい。あれは明らかに人の手によるものだ」


 竜之進が冷静に言葉にしたが、やや表情が強ばっていた。


「人だからこそ、厄介なんだろうが……幽霊なら船を壊したりしないし、怪物だったとしても、逃げるか斬るかすればいい。俺達に悪意を持つ『人』だからこそ厄介なんだ……多分、俺達が剣を持っていることを知って、こんな嫌がらせみたいな回りくどい真似をしてきたのだろう。いや、これは嫌がらせなんて幼稚なもんじゃないな……宣戦布告だ」


「……宣戦布告……そんな……」


 舞は怯え、震えながらそう口に出した。


「……確かにな……俺達を追い出すのが目的ならば、船を壊す必要はなかった。何者かは分からないが……俺達を殺すつもりだと考えろ……まあ、こちらにはこれだけ手練れが揃っている。だからこそ、いきなり仕掛けてきたりはしないのだろうがな」


 竜之進の強気な発言だったが、やや声が上ずっているのが分かる。

 舞とそれほど年が変わらぬ若武者だ。命懸けの実戦など経験したことがあるはずもない。

 その緊張は、舞や桃はもちろん、ハヤトにも伝わっていた。

 幾分、この手の修羅場に慣れていそうなのは、年長の虎次郎だけのようだったが……。


「……いや、どうだかな……ひょっとしたら、俺達は陽動に乗ってしまったのかもしれねえ……あれだけ派手な音を立てて船を壊して、俺達をおびき出して、さらにどこかから隠れて様子を見ている……その間に、何らかの手段で仲間を集めているとしたら……」


「だとしたら……警戒しすぎるあまり、この場に留まり続けている俺達は、まんまと奴等の術中に嵌っているってことになるな……いそいでこの場を離れよう」


 竜之進がそう言って、壊れた船の近くから移動しようとしたとき、周囲の空気が変わったように、舞には感じられた。


「……虎次郎、こんな状況だ、呪縛を解放して本気で行くぞ」


「馬鹿なことを言うな、こんな状況だからこそ、おまえは今のままでいろ。おまえが冷静に統率しなけりゃどうする。こんな時こそ、俺やハヤトを盾にしてでも、おまえだけは生き延びることを考えろ……どのみち、おまえに何かあったら、俺達は切腹ものだ」


「切腹……そんな……」


 二人が何の話をしているのか、舞には理解できなかったが、『竜之進になにかあったなら、護衛をしていた者が切腹』になるという事だけは理解でき、そして彼女は青ざめた。


「……そうか……そうだな。だったら、今の状況を考えるなら……まず、何者かに見られていることは明らかだ。どこからかは分からぬが……皆、気配や視線、そして殺気を感じるだろう?」


 竜之進の言葉に、全員が頷く。

 舞にしても、これほどの悪意、殺意を持った嫌な気配を感じるのは初めてだった。

 

 桃と舞の前方に抜刀した竜之進、さらにその斜め前に、盾になるように虎次郎も抜刀して構える。

 後方は、ハヤトが短刀を抜いて身構えていた。

 青年三人の気迫は、感じる殺気を打ち消すほどのものであり、それぞれが卓越した戦闘能力を持つことを示していた。

 

 そこからしばらく、膠着状態に陥る。

 相手も、こちらが想像以上に手練れであることを感じ取ったのだろう。

 しかし、忍のハヤトの勘を持ってしても、相手が何人で、どこから見ているのか把握ができないようだった。

 

「……優、あれ使えないか? 子供を探したときの奴だ」

「……うん、私もそれを考えてた。ドローンね……ちょっと準備に時間がかかるけど……お願い」

「分かった。俺が守る、いそいで準備してくれ」


 舞は、三人、いや、桃も短刀を構えているので彼女も入れて四人が守る中心で、荷物の中からスクロール状のタブレット端末を取り出し、即座に組み立てた。


 さらに小型ドローンとコントローラーを取り出して、すぐに上空へと飛ばす。

 その間、僅か十秒。そしてその五秒後には、


「見つけました! そのままの体勢で聞いてください……竜様の右斜め前、三十間 (約五十五メートル)ほど離れた場所の深い草むらの中から、二人の人が身を潜めています!」


 仲間に聞こえるように小声でそう話す。


 それを聞いて、青年三人が、周囲を見渡すふりをして指摘された草むらをちらりと確認する。

 巧みにに隠れているためかその姿は見えないが、天女が仙術を用いて見つけたのだ、間違いないだろう。


「……ハヤト、なんとかできるか?」


 虎次郎が問う。


「……いまから、煙玉をそこに投げつけます。そいつは吸い込むと凄くむせますから、息を止めて攻撃すればこっちが有利になります」


「なるほど、便利な道具だな……相手は二人だ、そいつを使って、俺とお前で突入するぞ……ただし、できる限り相手は殺すな。いろいろ吐かせたいことがあるからな」


「はい、分かりました……煙が出る瞬間に投げつけます。三、二、一の合図でその草むらに向かいます」


 彼はそう言うと、懐から小さな黒い球を捕りだし、その紐の先端を引き抜いた。

 自動的に点火され、火縄が短くなっていく。


「三、二、一っ!」


 ハヤトが絶妙のコントロールで目標の草むらに投げつける。

 空中で煙が噴出を初めて、それが見事目標地点に着弾した。

 自分たちの居場所がばれたと知った二人が逃げだそうとしたが、その煙を吸い込んでしまい、強烈に咳き込む。

 そこにハヤトと虎次郎が飛び込み、戦闘どころでなくなった二人の男を、あっさりと打ちのめした。

 ただ、虎次郎もわずかながら煙を吸い込み、かなりむせてしまっていた。

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