第6話 発見

 舞とハヤトが移動する間も男の子はしばらく泣いていたようで、『指向性マイク』で場所の特定ができた。


 それを、上空から撮影していた写真データ (舞の父親が撮影していたもの)と重ね合わせて、一軒の民家を特定し、そこに辿り着くまでの最短の道を、広げられた巻物のようなものは『映像』として表示していた。


 ちなみにこの巻物、『式部しきぶ』という名前がついており、驚くことに、舞はこれと会話することで操作していた。


「式部、その民家に住んでいる人の情報は入っている?」


「二年前の情報ではミネという名前の女性が住んでいます。歳は五十歳、一人暮らしのようです」


 女の子のような声で、巻物からそう答えが返ってきた。


「五十歳……一人暮らしのはずなのに子供の声が聞こえるっていうの、やっぱりおかしいよね?」


 舞はハヤトに同意を求めたが、


「今、おまえが巻物と話している事の方がよっぽど奇妙だよ……」


 と、彼は呆れて答えた。


「そっか、ハヤトは式部のこと、知らなかったんだよね……式部は巻物じゃなくて、人工知能……えっと、何て例えればいいのかな……妖精? みたいな物で、この『時空の腕輪』にも移動とか分身可能で……」


「……もういい。ようするに、仙界のモノノケみたいなものだな」


「モノノケって、化け物みたいに言わないでよ、すっごく役立ってくれているんだから」


 と、不満そうに語った。

 しかし、ハヤトからすれば、舞が仙界のモノノケを巻物に閉じ込めて、自在に操っている、と強引に考えるしかなかった。


 半刻 (一時間)ほど歩き、目的の民家が近づいたところで、舞は再び大木の影で巫女装束に着替えた。

 旅装束から巫女装束、およびその反対の着替えは、基本的には下に着込んでいる襦袢はそのままなので、さほど時間は掛からない。


 それでも、襦袢は下着なので、異性であるハヤトからは見えない位置で着替えていた。


 ずっと川沿いに歩いてきたが、そこからその民家までは、急な坂道を二百メートルほど登らなければならない。

 舞の息が少し切れかけてきたときに、その家――実際には、小屋に近い――が見えてきた。


 粗末な作りで、のきが一部、壊れている。

 しかし、そこから川に伸びる小道には、真新しい足跡がついている。

 その中には、小さな子供の物と思われる裸足の跡もあり、舞とハヤトは顔を見合わせて頷いた。


 もう、男の子の声は聞こえてこない。

 しかし、この家に子供が出入りしていることは間違いなさそうだった。


「こんにちは……どなたかいらっしゃいませんか?」


 玄関先で、舞が声をかけた。


 返事がない。

 しかし、それであきらめる訳にはいかず、何度が声かけを続けていると、ほんのわずか、子供の声が聞こえた。


 舞と拓也はもう一度顔を見合わせ、さらに声かけを続ける。

 するとようやく、


「……誰ですか? 物売りなら、なにか買う金などないから帰ってください」


 と、奥から、嫌々ながら、という感じの返事が聞こえて来た。


「私は、水龍神社の巫女で、舞という者です。桑野川の上流で三歳の男の子が行方不明になっており、その捜索に来ています」


 彼女は、正直にそう用件を告げた。


 ……しばらく沈黙が続いた。

 そしてまた、子供の声が聞こえて、その直後、初老の女性が玄関の雨戸を開けた。


 その表情は、打ちひしがれた者のそれだった。

 そして彼女は、しばらく一言も発しなかった。


「……ミネさん、ですね。ずっと前から、一人でこの家に住んでいるんですよね」


「……」


「今、子供の声が聞こえましたが……ひょっとして、貴方が上流で行方不明になっている子供を保護してくれているのではありませんか? だとすれば、お礼を申し上げなければならないのですが……」


 ハヤトは、舞のこの問いに、彼女の優しさを強く感じた。

 遠回しに、


「貴方が罪に問われることはありませんよ、だから安心して正直に話してください」


 と導いているのだ。

 自分だったら、


「なんであんたの家に子供がいるんだ?」


 と単刀直入に聞いてしまうところだ。


「……今会ったばかりの、自分で巫女と言っているだけのあんたに、どうして話す必要があるんですか?」


 女は、消え入りそうな声で話しかけてくる。

 と、そこに男の子が、家の奥から駆け出してきた。


「ばあば、だれー?」


 ちょうど、数え年で三歳ぐらいの男の子だ。


「……この子は、わたしの、孫みたいなもんです……」


 女は男の子を抱き締め、涙声でそう言った。


「……では、こちらを見てもらっていいですか? 式部、今日の朝録画した映像を映して」


「了解しました」


 その声が終わった途端、広げた巻物には、行方不明の男の子の母親が、必死に舞に向かって捜索の依頼をしている様子が映し出された。


 目を見開き、驚愕の表情を浮かべる初老の女。


「……おかあっ!」


 映像を見て、大きな声を上げる男の子。

 この一言で、この子が行方不明になっていた子供だと、舞もハヤトも確信した。


「……あ、あんた……こんな御業みわざを使うとは……まさか、噂の天女様……仙人様の娘……」


 その女、ミネは、震えながらそう話した。


「……確かに、私は『時空の仙人』と呼ばれる者の娘です。そして、母より、男の子の捜索の使命を受け、ここにやってきたのです」


 ミネにとっては、目の前でこれだけの奇跡を見せつけられれば、舞のことを天女と認めざるを得ない。

 男の子も、動く絵の中の女性を母親と言っている。


 そしてその初老の女性は、その場に泣き崩れた――。


―――――――――― 


「――あの二人、どうやら行方知れずの子供を見つけたようだぞ」


 二本の刀を腰に挿した、大柄で無骨な若者が、遠眼鏡とおめがねを覗きながらそう言った。


「ふむ、なかなかの手際だな……さすがは『時空の仙人』の娘、といったところか」


 同じく二本挿しの侍らしき十代半ばの青年が、感心するようにそう呟いた。


「……俺はその護衛をしている男の方が気になるがな……『烈風のサブ』の息子か……一度、遊んでみるか?」


「やめておけ、相手もそれなりの腕のはずだ、お互いに怪我だけではすまなくなるかもしれないぞ」


「この俺が負けるというのか?」


「道場ならともかく、屋外では忍は無類の強さを発揮するぞ……いや、止めても無駄か……」


「さすが相棒、よく分かっている……」


 不気味な笑みを浮かべるその若者に対し、もう一人の青年はため息をついた。


「……刀は使うなよ。後で面倒な事になる。あくまで腕試し、だ」


「もちろん……で、巫女の方はどうする? お前のものにするのか?」


「……それは、どういう意味でだ?」


 青年のその答えに、無骨な若者はさらに笑みを大きくした。


「言葉の通りだよ……絶好の機会じゃないか」

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